天使がいた夏 9

 「早いけどあがっていいよ」
 「いいですよ。とりあえず、定時まではいますから」
 「いつも定時上がりなんてさせてやれないんだから、休みの前くらい早く帰ってもいいって。田口もいるし、何かあったら携帯に電話するから」
 「そうですか?じゃ、お言葉に甘えて。お疲れさまでした」
 「休み中、ハメを外さないように」
 「この年で外すハメなんてないですよ。それじゃ」
 「おぅ お疲れ」
 僕はプレゼントボックスをショップバッグに入れ、売り場にいる田口にあいさつをして帰路についた。途中、ファーストフードの看板が目に止まったのでそれが夕食になった。
 部屋に戻りシャワーを済ませ、日課の缶ビールを片手に彼女に電話をかけた。
 「明日は車で行こうと思ってるんだけど、平気かな?」
 「2台分のスペースがあるから平気だけど。でも、車はおいて行くから私のを使ってもらっていいけど?」
 「着替えなんかの荷物もあるし、ドライブがてら車で行くよ」
 「明日はあんまりお天気がよくないみたいね」
 「オープンカーじゃないから、平気だよ」
 彼女は声を出して笑っていた。
 「侑羽に代わってもらえるかな?」
 「うん、ちょっと待って。侑羽、享くんよ」
 「・・・・もしもし、とおるくん?」
 「そうだよ。元気だったか?」
 「うん、元気だよ」
 「明日、侑羽の所に行くよ」
 「うん、わかった」
 「楽しみにしてるよ」
 「うん、待ってるね」
 彼女と場所と時間を再確認し、電話を切った。そして、2本目のビールを開け、地図を開き待ち合わせの店の場所を確かめた。
 クローゼットからバッグを引っ張り出し着替えを詰めながら、遠足の前の日ってこんな感じだったよなと一人で笑っていた。用意が整い、パソコンで週間天気予報をチェックすると 明日は曇りのち雨だったが、侑羽といる間はまずまずの天気のようだった。
 侑羽はどんな顔で僕を迎えてくれるのだろうか?それに彼女が帰って来るまで、本当に2人でうまくやっていけるのだろうか?
 僕は今更になって、少しだけ不安になった。

 待ち合わせの店までもう少し、という所で携帯が鳴った。彼女たちはもう着いたので店の前で待っていると言う。
 正直、少しドキドキしていた。気を紛らわせるために、僕はタバコに火をつけた。
 店の駐車場に入ると、2人が立っているのが見えた。
 「迷わないで来れた?」
 「ああ、平気だったよ」
 「ナビがあれば楽よね」
 「いや、付けてないよ。地図を見ながらの方が面倒だけど楽しいからね。それに、ナビがあると道が覚えられないよ」
 「私はナビ無しでの遠出はごめんだわ」
 「侑羽、今日からよろしくな」
 「うん・・・・」
 侑羽は無表情というわけではなかったけれど、笑顔は見せてくれなかった。
 テーブルに着きオーダーをしていると、隣の席に親子連れが座った。
 テーブルの上のペーパーナプキンにいたずらする子供。それをたしなめる父親。侑羽は、黙ってそれを見ていた。
 彼女はそんな侑羽に気付いたらしく、そろそろ雨が降って来ちゃうかなと侑羽に声を掛けた。
 「そう言えば、仕事ってどこに行くんだっけ?」
 うふふ、と彼女はもったいぶった笑いをした。
 「石垣島だっけ?」
 「正解」
 「沖縄は行った事があるけど、そっちまでは足を延ばさなかったなぁ。いい所なんだろうね」
 「多分ね」
 彼女の嬉しそうな顔が少しだけシャクに触った。
 「じゃぁあ・・・・本が売れたら、今度の夏にブルーも連れてみんなで一緒に行こう。ね、侑羽そうしよう」
 彼女の言葉が終わるか終わらないかという所でオーダーした物が運ばれて来たので、侑羽は返事をしないままだった。
 彼女のお薦めのオムライスは本当においしかった。侑羽もお子さまメニューではないのにほとんど残さずに食べてしまった。
 しかし、時折隣のテーブルに視線をやる侑羽に気遣いながら食事をする彼女が少し可哀想だった。


 「お邪魔します」
 そうぞ、と彼女は僕の前にスリッパを並べた。
 リビングのソファの横に荷物を置き、僕はお土産の箱を2人に差し出した。
 「私にも?ありがとう。もうすぐ誕生日だから、そのプレゼントって事で頂いておくわ」
 「ごめん。そう言えばそうだったね」
 「あはは。忘れて当然よ。侑羽、開けてみよっか?」
 彼女は嬉しそうに2つの箱を開けた。
 「Tシャツだ。いいの?こんなにたくさん?」
 「社割りだから。腕に店の名前のタグが縫いつけてあるけどいいかな?」
 「無地だからワンポイントにいいんじゃない?『POSTMAN』って言うんだ?」
 「先輩の子供の頃の夢が、郵便屋さんになる事。それが由来だね」
 「ふーん。それにしても微妙な色合いでいいわ。気に入った。ね、侑羽?」
 侑羽も僕の顔を見てうなづいてくれた。
 「本当はおもちゃの方がいいかなと思ったけど、何が好きなのかしらなかったから。ごめんな、侑羽」
 「どうして謝るの?」
 「そうよね、侑羽。今、着てみる?」
 「これがいい」
 侑羽が選んだのは、僕が最後に選んだ黄緑色のTシャツだった。
 「大人っぽい黄緑ね。子供、子供してなくていいわ。あ、侑羽カッコイイ。こういう色の服って持ってなかったから、よかったね」
 「とおるくん、ありがとう」
 今日初めての、侑羽の笑顔だった。
 
 
 
 
 
                                 
 
 
 
 
 
 

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