8月18日まであと1日という日、僕は今シーズンから始めたホームウェアのコーナーにいた。僕と田口の企画で立ち上がったコーナー。
左袖に店の名前のタグが縫いつけてあるだけのシンプルなTシャツは、売り上げがかなり好調だった。
僕は6歳だとサイズはどれくらいだろうとサイズ表を見上げていた。
「享、とうとうパパになっちゃった?」
先輩だった。
「違いますよ。今度、姪っ子たちに会うんでお土産をと思って」
別に隠す必要はなかったけれど、本当の事を説明するのが面倒で僕は適当な答えをしてしまった。
「ああ、明日から休みだったよな。子供は汗っかきだし、すぐ汚すからTシャツは何枚あってもいい。うちのチビ太なんて1日3,4回もお色直しだぜ。当然社割で結構ですから全部お買いあげくださいよ、高杉さん」
「全部なんていりませんよ。適当に3,4枚見繕って行きますから」
「まぁ、とにかく給料は店で使ってくれ。売り上げ向上の第一歩だからな」
そう言って先輩は僕の肩をポンポンと叩き、仕事へ戻って行った。
僕がもう一度サイズを確認し、色選びにかかった時、お客様が来た。
「まあちゃん、何色がいい?」
「赤とピンク!」
目がぱっちりしたかわいい女の子だった。
「いらっしゃいませ。赤とピンクがいいのかな?」
女の子は少しびっくりして、ママの後ろに隠れてしまった。
「まあちゃん、お兄さんはお店の人だから、自分の欲しい色をちゃんと言いなさい」
僕の顔をじっと見つめていた女の子は小さな声で、赤とピンクをくださいと言った。
「サイズはどうしましょうか?」
「すぐに着れなくなるから1サイズ大きいこれと、私と主人の・・・・」
僕は選ばれた家族分のTシャツを持った。
「こちらでよろしいですね?レジまでお持ちします」
「もう少しお店の中を見たいから、レジで預かってもらえます?」
かしこまりました、と僕が行こうとすると女の子のあっという声が聞こえた。
「お嬢様の分はお持ちになりますか?」
母親は仕方がないという笑顔で、そうしますと言った。
「はい、どうぞ」
どうもありがとう、と女の子はかわいらしい笑顔で応えてくれた。
レジに商品を預け、僕はまたホームウェアのコーナーに戻った。何枚あってもいい、1サイズ上。偶然のアドバイスを思い返しながら、色を選んでいた。侑羽の分を4枚と彼女の分を2枚。レジへもって行こうとした時、ふと黄緑色のTシャツに目が留まった。
黄緑と言っても所謂ビタミンカラーではなく、落ち着いた大人色の黄緑。夏だし、たまにはこんな色もいいだろうと侑羽の分にその色を加え、会計をしてプレゼントボックスに入れリボンを掛けた。
「お買いあげありがとうございます、副社長。もう少ししましたら、長袖も入荷しますので是非ともお買いあげくださいませ」
「わかってますよ、社長。あと2時間半、精一杯働かせて頂きます」
先輩とそんなやりとりをしていると、先程のあの親子がレジにやってきた。
これもまあちゃんのなの、と女の子はさっきのTシャツとパステルピンクの掛け時計をカウンターに置いた。
「ピンクが好きなんだね」
「うん、かわいいから好き。今日はね、まあのお誕生日なの」
「おめでとう」
僕と彼女の会話を聞いていた先輩が黙ってプレゼントボックスを出してきた。
「お箱代はおいくらですか?」
「いや、結構ですよ。ささやかですが、当店からお嬢様へのバースデイプレゼントです」
「本当にいいんですか?お箱は有料でしょ?」
「大丈夫です。社長は僕ですから」
これも一緒に、と先輩はピンクのクマのマスコットを箱に入れた。
「すみません。ありがとうございます。まあちゃん、お店の人がプレゼントしてくれるって。ちゃんとお礼を言って」
「どうもありがとう」
母親と手を繋いで店を出る時、女の子は振り返って僕たちに手を振ってくれた。
「太っ腹ですね、社長」
「いや、あの母親はまたうちで買い物してくれるはずだ。だから、あれくらいいいのさ」
「どうして、また来るって?」
「他でも買っただろうけど、子供の誕生日プレゼントをうちで選んでるし、Tシャツも自分の分だけじゃなく旦那の分も買ってるだろ?うちはお気に入りの店って事だ。だから、また来る」
「そうなのかな?」
「前向きに考えろ。その方が気分がいいだろ?それにささやかなプレゼントは父性本能のなせるワザだ」
「でも、よくそこまで頭が回りましたよね」
「仕事の成功は、気力・体力・心遣いさ。仕事に限らず、ふと目に留まった事は瞬きしてもう一度見直せ、がオレのポリシーだから」
ほお、と僕がうなづいていると、遠慮なく尊敬していいぞと先輩は仕入れ表に目を通しながら言った。
「それにしても、あの子かわいかったな」
「うん、タカの彼女にはああいうかわいい子がいいな」
「まだ1歳でしょ、気が早い」
「享こそ、衝動的にパパにならないように」
「なりませんよ。今の生活が気に入ってますし。当分、今のままでいたいですからね」
「オレも独り者に戻りたいね」
「何言ってるんですか?キレイな奥さんとかわいい子供。十分じゃないですか」
「まぁな。あの時和美と結婚してなかったら、今のタカはいない。そう思うとこれでよかったんだって思うけどさ。でも、家族との幸せと独り身の気楽さは比べ難いものがあるんだよ」
「うーん、やっぱりそう部分はあるでしょうね」
「そうさ。お前もそのうちわかるよ」
「結婚できれば、でしょ?」
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