天使がいた夏 10

 「ホント、ピンクもブルーも微妙な色加減ですっごく素敵。全部こんな感じなの?」
 「いや、普通の色もあるよ。全20色展開ですので、今後ともよろしく」
 「しっかりしてるわね。明日からの仕事に持っていく。侑羽、白はママとお揃いだね」
 「同じだね、ママと」
 「ごめん、白は僕も。今もバッグに入ってるし・・・・」
 「じゃあ、3人で・・・・なかよしクラブだ!ね、侑羽?あ、コーヒー入れるわね」
 彼女はキッチンでお湯を沸かし始めた。
 「侑羽のTシャツさ、サイズ表で見てワンサイズ大きいのを選んだつもりだったけど、そんなに大きくなかったな」
 「幼稚園じゃ大きい方なのよ。ね、侑羽」
 「うん、後ろから2番目」
 「侑羽、背が高いんだな」
 「パパが大きかったから」
 「そうなんだ?」
 「彼、183cmあったの。身長、いくつだっけ?」
 「177だよ。侑羽、後ろを向いてごらん」
 僕は侑羽を抱き上げ、背伸びをした。
 「どうだ、侑羽?いつもと違って見えるだろ?」
 「うん、高いね。天井が近い」
 侑羽のパパはこれくらい高かったんだよ、と言おうとしたが、侑羽の表情が何となく想像できてしまい声にはならなかった。
 「コーヒーどうぞ。侑羽はミルクココアね」
 アーモンドの香りが部屋中に広がっていた。テーブルに着くと彼女が、そうそう、と棚から白い紙を出してきた。
 「はい、ご近所マップ。手描きだから、アバウトでごめんね」
 その地図には、本屋やファーストフードやあのシロヤマパンが書き込まれていて数字が振ってあった。
 「この1や2は?」
 これ、と彼女はポラロイドの写真を差し出した。写真の下には、「1 朝日堂書店」と書き込んであった。
 「撮影は、相沢侑羽さんでーす」
 「よく撮れてるよ、侑羽。やっぱりママの子だな」
 「ママの言う通りにやっただけだよ」
 「カエルの子はカエルだね」
 「かえる?」
 コーヒーを飲み終え、彼女は家の中を案内してくれた。
 「洗濯機、使えるわよね?」
 「一人暮らしですから、生活に必要な最低限は大丈夫です」
 「失礼致しました」
 「で、僕はどこで寝ればいいの?」
 「一応、1階の和室にお布団は出してあるんだけど、どうしようか。侑羽の部屋にお布団を敷くスペースはあるんだけど。侑羽、享くんと寝る?」
 「どっちでもいいよ」
 「とりあえず、和室でいいよ」
 侑羽がとろんとした目であくびをした。
 「今日は早起きしたからね。今日から享くんはお泊まりするんだから、お昼寝しても大丈夫よ」
 彼女が声を掛けると侑羽は、じゃ、寝るねと2階の自分の部屋に行き、僕たちはリビングに戻った。
 「今日、あなたが来るのを楽しみにしていたみたいよ。いつもより早起きしてたし。昨日も、明日のお昼に来るんだよね?って確認してたし。普通に彼の事をあなたと話すのはちょっとムカツクけどね」
 彼女は笑いながら、僕を睨んだ。
 「それは、僕が他人だからだよ。くだらないヤキモチなんて焼かずに、はい、タバコをどうぞ」
 苦笑しながら彼女は僕の差し出すタバコを受け取り、火をつけた。
 「享と一緒にいて、侑羽は変わるかなぁ」
 「前にも言ったけど、それは期待しないでほしいな。僕は人を変えられる程、大きな器は持ち合わせてないんだよ」
 「そうかなぁ」
 「僕と侑羽は年の離れた友達。それだけだよ。確かに侑羽には気を遣ってあげなきゃいけない部分がある。でも、それを侑羽に気付かれちゃだめなんだよ。ママはパパのいないあなたが心配です、みたいな態度じゃ侑羽はどうしていいかわからなくなるんじゃないかな」
 「そういうつもりはないけど・・・・でも、やっぱり侑羽にはそう見えてたのかな」
 彼女は灰皿を取りにキッチンへ行った。
 「君が言うように侑羽は事故の事で自分を責めているのかもしれない。パパが死んだのは自分のせいだって。でも、まだ子供だから時々本当の6歳の侑羽の顔が出てくる。そして、それを流せない君」
 「そうかもしれない。さっき、身長の話でまた彼の話が出たでしょ。いつもあんな風に何事もなかったようにできればいいんだけどね」
 「すぐには無理さ。無理をすれば侑羽は気付く。無理なのは君が侑羽を大事に思ってるし、侑羽の事がわかりすぎちゃうからだよ」
 2杯目のコーヒーを入れるために湧かしていたケットルがシューシューと音を立てている。適温に冷やされた部屋で熱いコーヒー。僕の好きなシチューエーションだ。
 「享って、昔からそう」
 「何が?」
 「何にも見てないようで、しっかり見てる。それも上辺だけじゃなくて。でも、アドバイスはしても指示や結論は出さない。まるでカウンセラーね」
 「そう?他人の問題に指示や結論を出して、その責任を取る自信がないだけだよ。ただの責任回避さ」
 「そして、そんな風に自分の事は簡単に片づけてしまう」
 「君の方が僕よりも物事の本質をちゃんと見てるよ。そうでなきゃ、写真の仕事なんかできないよ。侑羽の事は愛情の分だけ、困難なだけさ」
 「大事な一人息子ですから」
 僕たちは、顔を見合わせて笑った。
 侑羽が起きてきてからも雨は上がらず、ブルーの散歩にも行けないため僕たち3人は何となく、とりとめもなくその日を過ごした。
 夕食を食べ、TVを見ながら話し、侑羽が寝てしまった後、僕たちはワインを飲んでいた。
 「ここに座って誰かとお酒を飲むなんて、久しぶりだな」
 「そうなの?」
 「そうよ。いつも1人だから。あの子の事、お願いね」
 「子守りとしてね。それ以上は無理だと思ってくれ」
 「了解!と言いつつ、このワイン1本分くらいは期待してるわ」
 「はいはい」
 ワインが空いてしまい、右手にはグラスの代わりに缶ビールがあった。
 「・・・・うーん、アルコールが回って眠くなってきた。明日は9時に迎えが来るから、7時起床。いい?」
 「起こしてくれれば起きるよ」
 「私はもう寝るわ。ビールは冷蔵庫にあるから、ご自由に」
 「うん。もう少し、起きてるよ」
 「じゃ、おやすみ」
 彼女がリビングを出ていくと、読みかけの小説を持ってきていた事を思い出した。ビールを片手に小説に没頭し、ふと時計を見ると1時半を回っていた。もっと続きが読みたいけれど、7時起床を思い本を閉じた。
 空き缶をキッチンに片づけ、テーブルの上の本を手にした時、写真の中のご主人と目が合った。
 「彼女は僕に侑羽の事を期待しています。でも、僕はあなたじゃないから到底無理です。とにかく、暫くお世話になりますので宜しくお願いします」
 写真の中のご主人は、笑って僕を見ていた。
 
 
 
 
 
                                  
 
 
 
 
 
 

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