月曜日。僕は社長である先輩に8月18日からの夏休みを申し出た。家庭持ちの先輩は7日からの休みを希望していたから、話はスムーズに決まった。
そして、普段店に出ている時はカウンターの下に置きっぱなしの携帯電話をポケットに入れておくようになった。午前中は幼稚園に行っているのだから電話などかかってこないと
わかっているのに、いつも携帯の着信が気になっていた僕だった。しかし、1日待ってもかかってきたのは仕事の電話だけだった。火曜も水曜も同じで、その中に友人からの電話が加わっただけだった。
どうしてこんなに侑羽からの電話を待っているのか、自分でもよくわからない。
でも、僕は相手が小さくても男同士の約束をしたのだから、侑羽はどちらの答えを出したとしても必ず連絡をくれるはずだと信じていた。もしかすると、信じているというよりただ信じたがっていただけなのかもしれないけれど。
金曜の午後、商品のチェックをしていると携帯電話のコールが鳴った。表示されているのは、彼女の自宅のbセった。
「はい、高杉です」
「・・・・・」
「もしもし?侑羽だろ?」
「・・・・享くん?」
「そうだよ。電話くれたんだ?待ってたよ」
「だって、電話するって約束したでしょ?」
「そうだな。でも、侑羽は必ず電話してくれるって思ってたよ。ママは?」
「お買い物に行った」
「そっか。・・・・で、返事は決まった?」
「・・・・うん。僕・・・・」
「はっきり言え。男だろ?」
「享くん・・・・僕と留守番してくれる・・・?」
「僕が侑羽と一緒にいたいって言ったんだから、当たり前だろ?」
「本当に?」
「本当だよ。侑羽、今仕事中であんまり長く話せないんだ。電話くれたのにごめんな。夜、ママに電話して一緒に留守番するって伝えておくよ」
「うん、わかった」
「ごめんな、本当に。せっかく侑羽が電話くれたのに」
「だって、お仕事中でしょ?」
「ははは、侑羽は大人だな。仕事中はあんまり話せないけど、何かあったらいつでも電話しておいで」
「うん。じゃあね、享くん」
「ママが帰ってくるまで、ちゃんと留守番してるんだぞ」
「わかってるよ」
「じゃあ」
「じゃあね、バイバイ」
「うん。またな」
仕事中でなければもっと話せたのにと思いながら、僕は携帯をポケットにしまった。
「高杉さん、何ニヤニヤしてるんですか?アヤシイなぁ」
ドキッとして顔を向けると、先輩が社員にならないかと声を掛けているバイトの田中だった。
「いつからいたんだよ?」
「高杉さんがやらしー笑みを浮かべながら、携帯をポケットにしまうところからですよ。所品の補充に来ただけだし、第一、オレは人の電話を盗み聞きする趣味はないっすからね」
「わかってるって、未来の幹部候補」
田中はテキパキと商品を並べ始めた。僕も途中だった仕事に手を付け始めたが、自然に緩んでしまう口許を見つけられたらまずいと何度か横目で田中を見る事になってしまった。
侑羽からの電話がどうしてこんなに嬉しいのだろう・・・・?
仕事を終えて帰宅した僕は軽い夕食を取りシャワーを浴びて彼女に電話をした。
「侑羽の件、引き受けるよ」
「本当に?!いいの?!ありがとう」
「侑羽にはもう了解をもらってるから」
「え?どういう事?」
僕は侑羽が電話をくれたいきさつをはなした。彼女は、いつの間にと驚いていた。
「私が仕事に出るまでまだ時間があるから、お泊まりの練習に来る?侑羽も夏休みに入るし」
「その必要はないと思うよ。きっと大丈夫だろう。それにお陰様でわりと忙しいんだ」
「商売繁盛ね」
「君が出発する前の日に行くよ。その時に家の中の事は教えてもらうよ。それまで顔を合わせなくても侑羽とは、何とかうまくやっていけるような気がするんだ」
「そうなの?」
「うん。男の直感だね」
変なの、と彼女は笑っている。僕には受話器を左手に持ち、伏し目がちに笑っている彼女が想像できた。
「もし、どうしても来れない時は早めに連絡してね」
「わかった。今の所予定通りに事が進んでいるから、大丈夫だとは思うけど」
「じゃあ、よろしくね」
「OK。楽しみにしてるよ。近くなったらまた電話するから」
電話を終え、僕はカレンダーを見た。そして、8月18日の日付に丸印をつけた。
|