スウィートシーズン 2/3
 「あー、だるい。シャワー浴びてこよう」
 「一緒にいい?」
 「調子に乗るな。TVでも観てなさい」
 「リコちゃんケチだよね。別に減るもんじゃないのに」
 「安売りしないだけです」
 「けちーっ!」
 熱めのシャワーで体を流すと、何となく体に残ったアルコールも一緒に流れて行くような気がする。 昨日、飲み始める前にちゃんとお風呂に入ってきれいにしたけど、頭のテッペンから爪先までもう一度きれいに磨いた。早くこのだるさが抜けますように。
 またパジャマに着替え、バスタオルを頭に引っかけて部屋に戻るとケンは本を読んでいた。
 「何、読んでるの?」
 「民法のテキスト。この教授の授業、結構ハードなんだよね」
 「じゃぁ、ある意味アタリね。その教授は」
 「どうして?」
 「甘っちょろい教授じゃ、学生が何もしなくなるでしょ。私なんか優しい教授ばっかりで、出席とレポートでほとんどの単位がもらえたわ。おかげさまで、何にも覚えてない」
 「リコちゃんが学生の頃って、どんなだったのかなぁ。今度、写真見せてよ」
 「いやぁよ」
 「リコちゃんは、何でもケチだよね。それにしても、湯上がりのリコちゃんって何か艶っぽい」
湯上がり・・・・アンタって時々古風よね。
 ケンが後ろから抱きついてきた。
 「こぉら、放せ」
 「リコちゃん、いい匂い。いつもの香水の匂いもする。どうして?」
 「香水と同じ匂いの石けんを使ってるのよ」
 「ふーん。・・・・欲情しそう・・・・」
 「本当に放れないと、もうホットケーキ作ってあげないよ」
 「けぇちぃー」
 「ケンは犬みたいね」
 「ベルジアンタービュレンがいい」
 「牧羊犬?んー、まめ柴かな」
 「リコちゃんが飼い主なら、なんでもいいよ。ちゃんとご飯ちょうだいね」
 ラジオをつけると、ポップにアレンジされたジャズが流れてきた。
 「ケン、たばこちょうだい」
 「いいけど、あんまり吸っちゃダメだよ」
 「何よ、ケチね。あとで買って返すわよ。アンタの方がよっぽどケチじゃないのよ」
 「そういう事じゃなくて、吸ってもいいけど程々にって事」
 「なに、説教してんのよ」
 「リコちゃんはいずれお母さんになるんだよ。立派な赤ちゃんを産むためには、たばこは良くないって事だよ」
 「当分、その予定なんてないからいいの。早くちょうだいよ」
 仕方ないと言う顔でケンはたばこを出し、火をつけてくれた。
 「何とか、30までには第一子を出産できるようにしてあげるよ」
 「はい?何言っちゃってるの?」
 「リコちゃんは、僕の子供を産むんだよ」
 「もしもし?」
 「男の子は一緒に遊べるし、女の子はかわいいし・・・・。うーん、どっちでもいいかな」
 「勝手に私の歴史を作らないでくれる?」
 「リコちゃんのウェディングドレス姿って、きれいだろうなぁ。きっとヒトミさんよりきれいだと思うよ」
 「え?!」
 「ヒトミさんが博多に行ったのは本当はお嫁さんになるためだよ。ヒトミさんの本命は、年上の商社マンだって知ってたもん」
 「知ってたの」
 「どうして、リコちゃん知ってるの?」
 「会社の先輩の転勤お別れ会があってさ、先輩が彼女というか婚約者を連れてきたの。その時は知らなかったけど、さっきの写真で、おや?と・・・」
 「お相手はリコちゃんの先輩か。ほお」
 「そっか。ケン知ってたか。よしよし、がんばれ若人!」
 「結構いい子でしょ?最後まで知らないふりをする。それが僕のヒトミさんへの愛だね」
 「ナマイキー。たばこ、もう1本ちょうだい」
 「ダーメ。吸ったばっかりでしょ」
 「ケーチ。いいよぉだ」
 私は体育座りをして、ソファの肘掛けにコロンともたれかかった。
 「何してんの、リコちゃん?」
 「まりも」
 「あはは。静かにコロコロ転がるのもいいね。リコちゃんとだったら、まりもでもナマケモノでもいいよ」
 「ナマケモノはだめ」
 「どうして?のんびりしてていいじゃん」
 「うーんとね、ウロ憶えだから他の動物と間違ってるかもしれないけど」
 「うん」
 「ナマケモノは動物の中で唯一身を守る術を持たない動物なんだって」
 「身を守る術?」
 「うん。牙とか爪とかさ。小さな動物だったら、すばしっこく敵から逃げたりするでしょ?」
 「そうだね」
 「でも、ナマケモノは牙も爪も俊敏さも大きな力もないから、もし敵に子供を狙われたら母親が自分の身を呈して子供を守るしかないんだって」
 「そっか。でも、その時は僕がリコちゃんの事を守ってあげるからね」
 「そうなの?ありがと」
 「信用してないでしょ?ちゃんと期待しなさい」
 「うふふ。だいたいね、私と君はどのような関係なのですか?」

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