スウィートシーズン 1/3
 ふと気が付くと、枕元に置いたケータイが鳴っていた。曲は軽快な「エレクトリカルパレード」。今更、な曲だけれど、本人たっての希望だから仕方がない。
 「ん?なに?」
 「寝てた?」
 「うん。今、何時?」
 「もうすぐ11時だよ」
 「あぁ、そう」
 「これから行ってもいい?」
 「じゃ、パン買ってきて。パン」
 「どんなの?」
 「適当でいい」
 「わかった。コンビニのでいいよね?」
 「うん。カギ開けとくから、勝手に入ってきて」
 「はぁい」
 「じゃ、おやすみ」
 昨日は少し飲み過ぎた。だるい体を起こし、部屋のドアを開けると昨日の残骸がテーブルの上に広がっていた。
 簡単に片づけ、インナーロックを外しカギを開けて、またベッドに直行。
 サーッという音がするのでカーテンの端から覗くと外は雨だった。
 春雨か・・・・。サラダも頼めばよかったかな。まぁ、いいや、寝よ。


 遠い意識の片隅でドアが開くのがわかった。
 「リコちゃん、パン買ってきたよ。起きようよ」
 「んぁ?」
 「リコちゃん、酒臭い」
 私の事を「リコちゃん」なんて呼ぶのはこのケンだけ。麻里子だから「リコちゃん」だそうで。ケンはふとしたきっかけで知り合った21歳の大学生。
 「昨日はたらふく飲んだのよ」
 「呼んでくれればいいのに。どうせ、ここで一人で飲んでたんでしょ?」  
 「一人で悪かったわね」
 「ねぇ、リコちゃん。恋してるの?」
 はぁ? いきなり何を言い出すんだこいつは。
 「何でよ?!」
 「だって、布団や枕のカバー、ピンクだから。恋するピンクでしょ」
 「春だから」
 「うん。パステルピンクって言うより桜色だね」
 恋するピンクねぇ。これが未来の検事さんの言う事かね。
 「リコちゃん、彼氏作っちゃダメだよ」
 「どうして?!」
 「だって、僕、ここに来れなくなっちゃうじゃん」
 「アホくさ。パン、食べる」

 勝手知ったる人の家、とばかりにケンはお湯を沸かし、カップスープを作ってくれた。
 「何かあったの?」
 「ん?」
 「だって、ワインが3本も空いてた」
 「ちょっと仕事でむかついたのよ」
 「だから、そう言う時は呼んでよ。いっぱいグチ聞いてあげるからさ」
 「子供にはわかんない話なの。おいしいね、このパン」
 「新発売って書いてあったから、とびついちゃったよ。ちょっと、ちょうだい」
 ケンは私の左手首をつかんで、自分の口許に持っていきカプッとパンを食べた。こういう事をフツーにできるケンは本人曰く、「結構、モテる」らしい。捨てられた前の彼女も私と同じ26だというし。
 「今日、バイトは?」
 「土日は働かない。リコちゃんと遊ぶの」
 「何、勝手に決めてんのよ」
 「だって、彼氏いないでしょ。僕もフリーだし、ちょうどいいじゃん」
 「今はいないけど、いつできるかわからないじゃない」
 「大丈夫だよ。僕より居心地いいヤツなんて、そういないって」
 「大丈夫って・・・・。ま、でもケンは居心地いいわ」
 でしょ、でしょ、とケンは満足気に笑っていた。
 「もう、キズは癒えたんですか、おぼっちゃま?」
 「キズ?あぁ、ヒトミさん?まだ好きだよ。あ、そうだ、写真見せてあげるよ。ラブラブの頃のね」
 私がいらないというのも聞かず、ケンは財布からヒトミさんと並んで撮った写真を出してよこした。
 日付は12月25日。イヴじゃなくて、クリスマスなのね。
 ・・・・ん?・・・・この女?あれ・・・・?
 「どうして捨てられたんだっけ?」
 「捨てられたんじゃなくて、ヒトミさんの優しさと夢を尊重したの」
 「はぁ?」
 「ヒトミさんの実家って、博多なのね。で、お母さんが倒れちゃって、お父さん一人じゃ何もできないから実家にも戻らなきゃいけないって思ってて。それに、ヒトミさん企画部で仕事してて新しい企画を博多から始める話が前々からあったんだって。 どうしてもそれに参加したかったけど僕がいるから迷ってたみたい。でも、家の事も仕事も博多っていうのは神様が行きなさいって行ってるのかもしれない。だから、わかってね。早く同じくらいの年のかわいい彼女を見つけてねって」
 「ふーん。あぁ、そう」
 アンタ、おめでたすぎるわ、ケン。
 お母さんの事は知らないけど、新しい企画っていうのは結婚。博多で始まるっていうのは、柴田さんの転勤先が博多なの。
 だいたいね、ヒトミさんは企画部じゃなくて総務にお勤めらしいわよ。
 私、柴田さんのお別れ会に出たんだから。その時にこの写真のヒトミさんと結婚するって紹介されたんですけどね。
 世間って狭いわね。ケンの元彼女の本命が私の会社の先輩だなんて。よくできた話。
 それにしても、本当に何も気が付かないで信じてるのかしら?教えるつもりもないけどさ。
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