丘の上で 2/3

季節が過ぎて、ポロたちの体も2まわりくらい大きくなりました。
「ねぇ、そろそろ海へ行けるかな?」
「そうだな、オレとシュリならお日さまが沈む前に戻って来れるかもしれないけど、ポロはどうかなぁ」
「ひどいな、ジル」
「走るだけならジルより僕の方が速いぜ。な、ジル?」
「わかったよ、シュリ」
「足の速さじゃ誰にも負けた事はないよ」
「いいなぁ、ジルもシュリも速く走れて・・・・・」
「仕方ないだろ?ポロはヒツジなんだから。ポロにはフワフワの毛があるだろ?」
「フワフワの毛なんて、たいして役に立たないよ」
「お前の横で寝てると雲に乗ってる気がするよ。役に立たないなって事はないよ。な、シュリ?」
「そうそう。ポロの毛は雲だよ。雲に乗れる場所も探しに行かなくちゃね」
「そろそろ日が落ちてきたから帰るか」
「そうだね。じゃ、また明日」
「明日な」
ポロが丘を下って行くのをジルとシュリが見送っていました。
ポロだけが帰る方向が逆なので、何かあったら大変だとジルとシュリはポロが見えなくなるまで見送ってから、 どちらが走るのが速いか毎日競走しながら帰るのでした。
 
「おーい、シュリー」
シュリを見つけたポロは、シュリの名前を呼びながら走って来ました。
「あれ?ジルは?」
丘の上にいたのは、シュリだけでした。
「ポロ・・・・」
「どうしたの、シュリ?今日はジルと一緒じゃなかったの?」
シュリが哀しそうな目でポロを見て体をずらすと、そこには石が置いてありました。
「シュリ・・・・それ、ジルが・・・・?」
「・・・・大人になったんだな、僕たち」
「そんな・・・・もうジルには逢えないの?」
「逢わない方がいいのかもしれない。逢ったら・・・・・みんながつらい思いをするかもしれない」
「子供のままではいられないんだね」
「大ジジ様の言う通りだった」
ポロとシュリはジルの石を真ん中にして、何も話さずにただずっと遠くで光る海を見つめていました。
「・・・・僕・・・・ジルにだったら食べられてもよかったよ・・・・ジルがお腹が空いて、どうしようもなくて困ってるなら 僕は黙って食べられるよ・・・・」
「バカな事言うな!そんな事になったら、ジルだってキズ付くんだぞ。ジルだって、一緒にいたかったんだ。だから、石を置いて行ったんだ」
「僕たちは、ずっと友達って事だよね?」
「ああ、そうさ。・・・・ポロ、今日はもう帰ろう」
「うん。また明日ね」
「ああ、明日」
「シュリ・・・・」
「そんな顔するな。僕は明日も来る。ポロ、お前こそ僕が怖いんじゃないのか?」
「石につまずいて、痛いよぉって泣いてたキツネのどこを怖がればいいのさ?」
「うるせーよ。見ててやるから、行けよ。ほら」
「うん。じゃ、明日」
「おう」
丘を下った所でポロが振り向くと、黄色が1つ丘の上に見えました。
昨日までは、その隣りに黒も見えていたというのに・・・・・・
 
「久しぶりだな、シュリ」
「大ジジ様!」
「立派なキツネになったな。お前の毛は、お日さまのようで本当に美しいな」
大ジジ様はそう言って、ジルの石の隣りに座りました。
「シュリ、ポロ、ジルを責めるな。これは仕方のない事なんだ。誰にも止められない事なんだよ」
「わかってる・・・・・」
「ジルがどんな気持ちで石を置いたと思う?」
「ジルは僕たちと一緒にいたかったんだって、シュリが言ってた」
「そうだ、ポロ。シュリの言う通りだ。そういう気持ちがジルになかったなら、なにもせずにここへ来なければいいだけなんだ。それに、たとえ一瞬であっても ジルはオオカミの本能に勝ったんだよ。ここへ来れば友達と言ってもヒツジがいる。オオカミとヒツジ、どっちがどうなるかは誰にだってわかる事だ。でも、 ジルは本能によりも友達を選んだ。ジルには強い心がある。きっと強くて立派なオオカミになるだろう。ここにジルの石がある限り、ジルの気持ちもここにある。 ジルとお前たちはずっと友達だ。哀しむ必要なんてない。立派なオオカミと友達だと、ジルを誇りに思えばいいんだ」
「大ジジ様・・・・」
「どうした、シュリ?」
「僕も・・・・いつか、ここに石を置く日が来るのかな・・・・?」
「さぁ、それは誰にもわからない。でも、その日が来ても絶対に自分を責めるな。キツネに生まれた自分を誇りに思えばいい。それが自然なんだ。誰にも止められない 事なんていくらでもある。晴れてほしいのに雨が降ってしまうのと同じ事だよ」
今日も海がキレイだ、と大ジジ様は遠くの海を眺めました。
「シュリ、ポロ。ジルが置いていったこの石があたたかいのは、どうしてだと思う?」
「お日さまが当たってるからでしょ?」
「ポロ、私の話をちゃんと聞いていたか?」
「聞いてるよ」
ポロは少しふてくされたように、大ジジ様を見ました。
「この石があたたかいのは、ジルのお前たちに対する気持ちがたくさん詰まっているからだよ」
「うん・・・・そうだね」
「この丘へ来るのは、年寄りには疲れる。少し寝るとするか」
大ジジ様、ポロとシュリはジルの石を囲んで静かに目を閉じました。
 
 
ジルが石を置いてから1年が過ぎました。
ポロもシュリももう大人の体つきになっていました。
「ジル、どうしてるかな・・・・逢いたいなぁ」
ポロが小さな声で言いました。
「大ジジ様が言ってた通りに、きっと立派なオオカミになってるよ」
「逢いに行こうかな・・・・」
「ポロ、どうしてもジルに逢いたいか?」
「逢いたいよ。僕は今でもジルを友達だと思ってる。シュリだってそうでしょ?」
「ああ、友達だと思ってるよ。・・・・ポロ」
「何、シュリ?」
「・・・・僕がジルに逢いに行って来る」
「僕も一緒に行くよ」
「ポロはダメだ。僕1人で行く」
「どうして?もし食べられちゃうなら、その時はその時でいいよ。ジルに逢って何を言っていいかわからないけど、とにかくジルに逢いたいんだ」
「わかってる。逢いたい気持ちは僕だって同じだ」
「だから、僕も一緒に」
「絶対にダメだ」
「どうして、シュリ?!」
「オオカミの山にヒツジのお前が行ったらどうなる?ジルに逢う前に他のオオカミに逢っちまったらどうするんだ?オオカミの山は、僕たちキツネだって あまり寄りつかない場所なんだぞ」
「そんな所にシュリを1人で行かせられないよ」
「大丈夫だ。僕には速く走れる足がある。何かあっても逃げ切ってみせるさ」
ポロは心配で、シュリの顔を見つめました。
「ジルをここに連れて来れるかわからないけど・・・・ジルを探して元気な、ううん、立派なオオカミになったジルに逢ってくるよ。そして、僕とポロが まだここに来てる事、ポロが逢いたがってる事を伝えるから」
「シュリ・・・・・」
「大丈夫だって。そりゃ、オオカミの山に1人で行くなんて怖いさ。でもポロ、お前が一緒だと逃げる時に足手まといになる・・・・大丈夫だ、心配するな。 僕はこれからオオカミの山に行く。日が沈む前にここに戻って来れるかわからないから、ポロはもう帰った方がいい」
「イヤだよ。僕はここで待つよ」
「ダメだ、帰れ。もし知らないオオカミやキツネが来たらどうするんだ?ここは見晴らしがいい分、相手からも丸見えなんだぞ」
「僕は自分だけが安心して眠れる場所にいるなんてできないよ!」
「ダメだ、帰れ!明日また来ればいい。僕も明日、必ずここへ来る。もしポロが先にここへ来たなら、あの草むらに隠れてろ」
「どうして?」
「何かあっても一緒にいなけりゃ、僕もジルもポロを守ってやる事ができない」
「シュリ・・・・」
「ポロが見えなくなるまで見送ってやりたいけど、オオカミの山は遠いから今すぐ行く。夜になる前にジルを見つけなきゃ。いいか、必ず帰れよ。 明日、またここで逢おう」
「うん。明日、必ずだよ。シュリ、ジルに逢えなくても絶対に無理しちゃだめだよ」
「ああ。じゃ、行くよ」
シュリはサッとポロに背を向けて走り出しました。
ポロはお日さまに照らされて美しく輝くシュリの背中を見つめていました。
 
 
 
 
 
 
 

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