丘の上で 1/3

小さな丘がありました。
子供が行くには少し遠くて、大人には興味のない、そんな丘でした。
晴れた日にその丘を遠くから眺めると、小さな白と黄色と黒いものが走り回っているのが見えました。
ヒツジのポロ、キツネのシュリ、オオカミのジルでした。
3匹は雨や雪の日以外は誰にも見つからないようにここへ来て、かくれんぼや影踏みをして遊んでいました。
「シュリ、ジル、もう代わってよ。僕は走るのが遅いからずっとオニのまんまだよ」
「僕がオニになってもいいけど、すぐにポロの影を踏んじゃうよ」
「あ、そっか」
遊びに疲れたらフワフワのポロを真ん中にして3匹は雲や遠くに見えるキラキラしたものを眺めながらお昼寝をするのです。
「あの雲、ポロに似てる」
「本当だ。雲に乗りたいなぁ。雲の上は気持ちがいいんだろうなぁ」
「この丘は小さくて雲には届かないから、もっと大きくなったら雲に乗れる場所を探しに行こうよ」
「そんな場所あるのかな?」
「探してなかったら、諦めればいいよ。でも、きっとどこかにあるはずだよ」
「うん」
 
ある日、3匹がお昼寝から目を覚ますとポロの群の大ジジ様がいました。
「やっと起きたかい、坊やたち」
「大ジジ様、どうしてここに?」
「お前が毎日こっそり群から抜け出すから、どこへ行くのだろうと今日は後ろをついてきたんだよ。毎日ここで遊んでいたのかい?」
「うん。僕の友達なんだ。キツネのシュリ、オオカミのジルだよ。ねぇ、シュリ、ジル、大ジジ様はね、何でも知ってるんだよ」
「何でも知ってるの?・・・・・じゃ、あの遠くでキラキラしてるのは何?」
シュリが遠くを差して大ジジ様に訊きました。
「あ、あれか。あれは、海だ」
「うみ?うみってなぁに?」
「海は湖よりもずっとずっと広くて、どこまでも続いているんだ。空のような青い色で、舐めるとしょっぱいんだ」
「へぇ、行ってみたいなぁ」
「小さなお前たちじゃ、まだ無理だよ。もう少し大きくなってからだ」
「大きくなったらみんなで行こうよ」
「うん 行こう、行こう」
3匹は嬉しそうに遠くでキラキラ光る海を見ていました。
そんな小さな3匹を見て大ジジ様は笑っていましたが、とても哀しそうな目をしていました。
「どうしたの?大ジジ様、どこか痛いの?」
ジルが心配そうに大ジジ様を見上げました。
「どこも痛くないさ。ずっとこのままでいられたら、どんなに幸せだろうかと思ってな」
ポロとシュリとジルは、不思議そうに大ジジ様を見ました。
「ポロにこんなにいい友達がいたなんてな。ずっと今のお前たちのままでいられたら、そんなお前たちをずっと眺めていられたら本当に幸せな事だ」
「大ジジ様・・・・・?」
大ジジ様は、ポロたちの顔を見て優しく笑いかけました。
「年寄りから1つだけ話しておきたい事があるんだ。ちゃんと聞いてくれるかい?」
3匹は、コクンとうなづきました。
「お前たちが生まれた時よりも大きくなっているように、子供もいつか大人になるんだ。ううん、いつかじゃなくて毎日、少しずつ成長して大人になっていくんだ。 大人になる事は悪い事じゃない。体も大きくなって、今まで行けなかったような所にも行けるようになる」
「海にも行ける?」
「ああ、行けるよ。今のお前たちじゃ海に着く前に夕方になるだろうけど、大人になったら海へ行って夕方にはここへ戻って来れるくらい早く走れるようになるだろう」
「早く大人になりたいね」
「うん」
「でも、大人になる事は大変な事でもあるんだ」
「何が大変なの?」
「大人になるという事は、自分の力で生きていくという事でもあるんだ」
「自分の力?」
「そう・・・・・ヒツジはヒツジとして。キツネはキツネとして。オオカミはオオカミとして生きていく事になる」
「ヒツジはキツネやオオカミになれないもの。そんな事わかってるよ」
ポロは当たり前だよ、という顔で言いました。
「そういう事じゃないんだ、ポロ・・・・・」
大ジジ様は深く息をついて、ゆっくりと話し始めました。
「今のうちに・・・・・お前たちの誰もがキズつかないうちに話しておく。つらくてもちゃんと聞くんだよ。・・・・・生きていれば、赤ん坊が子供に、子供が大人になる。それは当たり前の事だ。 そして、もう1つ当たり前の事は生きていればお腹が空くって事だ。ヒツジやヤギは、お腹が空けば草を食べればいい。リスや小鳥たちは木の実を食べればいい。ここまではわかるな?」
3匹は黙ってうなづきました。
「キツネがキツネとして、オオカミがオオカミとして生きていく事はポロが言った通り当たり前の事だ。大人になればそれぞれの本能に目覚め、それに従って生きていく事になる」
「ホンノウってなぁに?」
「本能か?そうだな、お前たちにわかるように言うなら・・・・頭や心でダメだと思っても抑えきれずに体が勝手に動いてしまうんだ。自分の体なのに言う事がきかなくなってしまう事があるんだよ」
「そんな事って、あるの?」
「例えば・・・・まだ起きていたいのに、眠くて眠くて勝手に目が閉じてしまう事があるだろう?あんな感じだ」
3匹は、へぇと感心したように大ジジ様を見ていました。
「シュリ、ジル、お前たちと会うのは今日が初めてだけれど、私はお前たちをかわいいと思うよ。いつまでもポロと仲良くここで遊んでいてほしい。そして、時々私もここへ来てお前たちと一緒にひなたぼっこや 昼寝ができたら、どんなに幸せだろうと思うよ」
「じゃ、大ジジ様も毎日ポロと一緒に来ればいいよ。ね、ジル?」
「うん、そうだよ」
「そうだな。そうできたらいいな・・・・さっきも言ったように大人になると、子供の頃にできなかった事がたくさんできるようになる。だけど、子供の頃にできても大人になるとできなくなる事もあるんだ」
「大人になるっていい事ばかりじゃないんだね」
「海に行けなくても、お前たちはここから海を見ているだけでいいんだ。それが幸せというものなんだ」
大ジジ様は静かに目を閉じ、そしてゆっくりと哀しそうに目を開きました。
「ジル、シュリ、お前たちがそれぞれの本能に目覚めた時・・・・もうポロとは一緒にいられない」
「どうして?!どうして一緒にいられないの?!僕たちは友達なんだよ?」
「ヒツジは草を食べる・・・・オオカミやキツネは何を食べる?」
「僕が・・・・僕がポロを食べちゃうって事?!」
ジルが今にも泣きそうな顔で言いました。
「ジル、お前がオオカミの本能に目覚めたら・・・・そうするかもしれない」
「そんな事しないよ!僕・・・・僕はポロを食べたりしないよ!」
ジルの目から涙がこぼれました。
「ジル、お前を責めているんじゃない。そんな事になってほしくはないけれど、そうなっても仕方がない事なんだ」
「僕もジルもポロを食べたりしないよ・・・・」
シュリの目からも涙がこぼれました。
ポロはどうしていいかわからない顔で大ジジ様を見ました。
「ポロ、お前も同じだよ。オオカミやキツネが怖いと思ったら、お前も一緒にいられなくなる」
「友達を怖いなんて、絶対に思わないよ」
「大ジジ様・・・・」
ジルがほろほろと涙をこぼしながら言いました。
「もし・・・・もし、その時が来たらどうしたらいいの?」
「最初のうちは我慢できるはずだ。もし、その時が来たら・・・・ほら、そこに少し大きい石があるだろう。それをここに置けばいい。その石がここへ来れなくなった者の代わりだ。もし、ジルがここへ来れなくなっても ポロ、シュリ、ジルの石、これで今まで通り3匹だ。もし、3匹ともここへ来れなくなってもそれぞれの石が3つここにある限り、友達を思う気持ちはずっとここにある」
「海なんて見なくていい・・・・大人になんかなりたくない・・・・」
シュリが小さな声で言いました。
「シュリ、みんな大人になってしまうんだよ。こんな年寄りだって、昔は子供だったんだ。子供はいつか大人になる。そして大人になって、私のようにただの年寄りになるかもしれないし、まだ子供に戻れるかもしれない」
「大人が子供になるの?」
「なれるかもしれないし、なれないかもしれない。でも、お前たちならなれるかもしれないな。そんな気がするよ」
「どうして?」
「優しくていい子だからだよ。さて、私は帰るとするか。ポロ、夕方には戻って来るんだぞ。ジルもシュリもまだ小さいのだから、お日さまが沈む前には帰るんだぞ」
大ジジ様は、来た道をゆっくり帰って行きました。
「ポロ・・・・僕・・・・僕・・・・」
「そんな事あるわけないよ。大丈夫だよ、ね、ジル」
「そうだよ。何も心配する事なんてないよ。僕たちはずっと友達だよ」
3匹は顔を合わせて、笑い合いました。
 
 
 
 
 
 
 

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