「ジルーッ、ジルーッ」
シュリはジルを探してオオカミの山を歩き回りましたが、何度ジルの名前を呼んでもジルの返事はありません。
日が沈み星が見え始め、そろそろ帰らないとまずいな、とシュリは思いましたがあと少し、あと少しだけとジルを探しているうちに
辺りはすっかり暗くなって、空を見上げるともう月が見えるようになっていました。
もう今日はこれで帰ろう、ともう一度ジルの名前を呼ぶと、後ろの茂みの方でガサガサと音がしました。
「ジル?ジルなのか?!」
出てきたのは、見知らぬオオカミたちでした。
「ジル?オレの名前はバウってんだよ。ジルじゃねぇ」
「ジルを探してるんだ。ジルを知らないか?」
「なぁ、キツネ。オレたちは今日、機嫌が悪いんだよ。それにな、お前がさっきから呼んでる名前はオレたちが聞きたくねぇ名前なんだよ」
「ジルを知ってるのか?」
「ああ、知ってるさ。オレたちの仲間に誘ってやったのに断りやがって。まぁ、断るだけならそれでいい。そのあとケンカになって、ほらコイツの耳を
見てみろよ。可哀想に、ジルにやられて半分切れちまった」
「それだけジルが強いって事だろ?」
「何ぃ?」
バウの周りにいるオオカミたちがガルルルと喉を鳴らしました。
「キツネ、お前、ジルとどういう知り合いなんだ?」
「友達だよ」
「トモダチ?」
オオカミたちが大声で笑い出しました。
「悪い、悪い、キツネ。オレはてっきりオオカミのジルを探してるのかと思ってたよ。ここには、ジルなんて名前のキツネはいねぇよ。そのキレイな毛が
ダメにならねぇうちにとっとと帰りな。オレたちみたいに優しいオオカミばかりじゃねぇんだぜ、この山はよ」
「僕が探してるの、オオカミのジルだ」
「おい、お前ら聞いたかよ?ジルはキツネとお友達なんだってよ。笑っちまうよなぁ。どおりでオレたちの仲間になるのを断ったわけだよ。一匹オオカミのジル
かと思ってたら、キツネと友達だなんて腰抜けの弱虫ジルだよなぁ」
オオカミたちは、ジルの事をばかにして大声で笑っていました。
「笑うな!ジルは腰抜けでも、弱虫でもない!」
「何だと、キツネ?オレたちにケンカを売ろうってのか?生意気なキツネだな」
バウがそう言うと1匹のオオカミがシュリに飛びかかりましたが、シュリはサッとそのオオカミをかわしました。
「キツネ、オレを怒らせる前にさっさと帰れ。オレは腰抜けジルと違って、今日は機嫌が悪いんだよ」
「ジルを腰抜け呼ばわりするな!」
「ちっ、生意気なキツネだ。やっちまえ」
ガルルル・・・・と喉を鳴らしたオオカミたちが一歩一歩、ジリジリとシュリに近づいて来ました。
その中の1匹がシュリに飛びかかった時、シュリの前にサッと黒い影が立ちふさがりました。
「シュリに手を出すな!」
「ジル?!」
「キツネとお友達のジルじゃねぇか。オオカミとは一緒にいたくねぇけど、キツネとは一緒にいたいってか?」
「オレは1人じゃ何もできねぇお前らとは違うんだよ」
「オレにそんな事を言ったのを後悔しろよ、ジル!」
そう言うとバウが飛び出し、それを合図に他のオオカミたちが一斉にジルとシュリに飛びかかりました。
ポロが草むらでじっと体を隠していると、何かが近づいてくる気配がしました。
息を潜め、お日さまが昇りかけた丘を見ていると、2つの影が見えました。
「シュリ?!ジル?!」
ポロは丘へ駆け上がりました。
ポロが近づくと、シュリとジルはドサッと倒れました。
「どうしたの?!こんな・・・・何があったの?!」
「おやおや、おいしそうなヒツジちゃんじゃねぇか」
「ばーか、何言ってるんだよ、ジル。ここまで来るのがやっとだったのに」
シュリとジルは体中キズだらけで、息も荒くなっていました。
「連れてきてやったよ、ポロ」
「うん・・・・逢いたかったよ、ジル」
「オレの事なんてさっさと忘れろよ。オレがここに置いた石の意味わかるか?お前を食いてぇって思ったんだぞ、オレは」
「僕もポロも1日だってジルの事を忘れた事なんてないさ」
「バカだな、お前ら・・・・」
「バカは自分だろ?今まで1人でアイツらとケンカしてたんだろ?」
「シュリ、お前がいなかったら楽勝だったさ。一匹オオカミのジルって言やぁ、山じゃ有名なんだぜ」
「何言ってるんだよ?8匹のオオカミ相手にジル1人で勝てるわけないだろ?」
「一匹オオカミって・・・・ジル、ずっと1人だったの?」
「ああ」
「淋しくなかった?1人でつらくなかった?」
「淋しいとか、つらいなんて思った事は一度もねぇよ・・・・フッ、ここに泣きながら石を置いた、あの時の事を思えばそれ以上のつらい事なんてねぇよ」
「オオカミの友達は作らなかったの?」
「オレは・・・・ずっと友達だって言ってくれたお前らを裏切った。そんなオレに友達や仲間を作る資格なんてねぇよ」
「裏切ったなんて、誰も思ってないよ。バカだな、ジル」
「バカバカ言うなよ。ま、ヒツジやキツネと友達になったオオカミなんてバカなのかもしれないけどな」
「ね、昔みたいに僕が真ん中に座るよ」
ポロはジルとシュリの間に、そっと座りました。
「相変わらずあったかいな、ポロは」
「子供が大人になって、大人がまた子供になれるかもしれないって大ジジ様が言ってたの覚えてる?」
「ああ」
「僕たち、子供に戻れたね」
「全部、大ジジ様の言う通りだったな」
「あ、あの雲、ポロに似てる」
シュリが空にぽっかり浮かんだ雲を見上げました。
「本当だ。ポロに似てる」
「どうしたら雲に乗れるか、大ジジ様に聞いておけばよかったよ」
「大ジジ様は、もう・・・・?」
「うん」
「オレたちも大人になっちまったもんな・・・・」
「大人になったって事は、海を見に行けるんだよね?今度行こう。そして、雲に乗れる場所を探さなくちゃ」
「そんな場所、本当にあるの?」
「きっとどこかにあるよ。僕たちなら絶対に探せるよ」
「そうかもしれないな。・・・・・もう、眠くて目が閉じてきちまう・・・・」
「僕も。だいたいオオカミとケンカなんて、初めてだよ。体中が痛い」
「僕もずっと起きてたから、眠くなってきたよ」
黒、白、黄色のかたまりをお日さまは優しく照らしていました。
ポロが目を覚ますと、お日さまは西の方に傾き始めていました。
「シュリ?ジル?」
ポロが名前を呼んでも、シュリもジルも起きません。
「シュリとジルが起きるまで、僕もここにいるよ」
ポロはその言葉通り、ずっとそこにいました。
シュリとジルの間で、何度も海から顔を出すお日さまを見ました。
雨が降っても、風が吹いても、ずっとずっとそこでシュリとジルが起きるのを待っていました。
「ねぇ、待ってよ。もう影踏みはイヤだよ。かくれんぼにしようよぉ」
「えー、かくれんぼ?ダメだよ」
「どうして?」
「だって、ここは雲の上だよ?雲とポロの見分けがつかないよ」
「やっぱり、影踏みだ。逃げろ!」
「待ってよぉ、シュリ、ジル!」
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