水色金魚 4

 「金魚、売ってるんだ。夏の金魚っていいよね」
 「安田さんのその服もヒラヒラして金魚みたいだよ」
 「これ?うふふ。図書館の帰りに見つけて、一目惚れしちゃったの。高校生が買うにはちょっと高かったから、娘を転校させる罪悪感に苛む母親の 親心につけ込んで買ってもらっちゃった」
 女の子の洋服にはあまり詳しくないからよくわからないけれど、彼女が着ているのはキャミソールドレスというヤツだと思う。薄く軽そうな布地で キレイな水色をしている。歩くたびに裾がヒラヒラと揺れていた。
 金魚の尾ひれみたい?と、彼女は体を揺らし、裾を動かした。
 「もっとマシな誉め方ができればいいんだけど、ごめん」
 「何、謝ってるの?水色だから・・・・水色金魚?何か詩的でいいかもしれない。水色金魚・・・・うん、気に入った。その言葉」
 彼女は嬉しそうに笑って海を背にフェンスに寄りかかり、僕を見た。
 「小野くんとここに来れたら、絶対にこれを着て行こうって決めてたの。だから、買う時に試着して以来よ、これを着るの」
 「そうなんだ」
 笑ってはいるけれど、僕を見る彼女の眼差しは強かった。
 「みんなで海に行ったでしょ?あの後、藤本くんに頼んでお姉さんのケータイ番号を教えてもらったの」
 「そうなの?」
 「うん。海でいろいろ話してさ、お姉さんって人に惚れ込んだっていうのかな。どうしてももう一度会って話がしたかったの」
 「大人でかわいくて、いい人だよね」
 「私が知ってる女の人の中で一番イイ女かもしれない」
 「で、再会してどうだった?」
 「私の目は間違ってないって確信できた。話したかったって言うより、話を聞いてほしかったんだよね。お姉さん、聞き上手だから私が一人でずっと しゃべってたかも。でも、ちゃんとピンポイントで聞き返してくれて、私自身がどう思うのかって事を私に考えさせてくれるの。あーしなさい、こーしなさい なんて事は言わない人なんだよね。私はこう思うけれど、あなたは私じゃないから、あなた自身で決めなさい、考えなさい。そんな感じ」
 「お姉さんが言ってる事は当たり前なんだけど、結構一人じゃ上手くできない事だよね」
 「そうなの。でも、お姉さんはいとも簡単に私にさせてくれた。そりゃ、すぐに考えを言葉にできたわけじゃないけど、私、自分が何に迷ってるのか、何を考えたいのか 、したいのかすらよくわかってなかったみたいなの。それをお姉さんが教えてくれたの。お姉さんに言わせると、私が自分で見つけたんだって言うんだけどね」
 「へぇ、じゃ、何か悩み事が出てきたら恭介にお姉さんを呼んでもらおうかな」
 「それは是非ともおススメするわ。ねぇ、近道だけど険しい道と、遠回りだけど平坦な道があったら、どっちを選ぶって言うのがあるじゃない?小野くんだったら、どっちにする?」
 「うーん、その時の状況と気分によるかなぁ。急いでいなければ遠回りしてもいいと思うし」
 「私も同じような事を言ったのね。お姉さんは何て言ったと思う?」
 「何だろ?そう言われると、想像つかないよ」
 「すごくお姉さんらしい答えでね。どっちを選ぶかなんて、そんなつまらない事じゃ悩まないって」
 「はは、そうなんだ」
 「大きな宝箱と小さな宝箱みたいに結果がわからないなら、自分が納得するまで考えればいいけど、楽して辿りつくか、苦労して辿りつくかってプロセスばかり気にして 結局最後は目的地に着くって事をみんな忘れてるって」
 「確かにそうかもしれない」
 「それから、自分が出した結論の責任は全て自分にあるから人のせいにはできない。その代わり、誰々さんのせいで、なんて腹を立てる必要もないってさ」
 「やっぱりすごいね、お姉さんは。高校生のガキには考えつかないよ」
 「本当だよね。心底、お姉さんみたいになりたいって憧れる」
 「安田さんとお姉さんって、どこか似てる気がする。多分、同じ種類の人なんじゃないかな」
 「本当に?憧れてる人に似てるって言われると、何だか嬉しいな。本当に、お姉さんみたいに素直で一生懸命で、カッコよくなれたらいいのになぁ」
 彼女は夏空を見上げて、ふぅと一息ついた。
 「お姉さんみたいになるために・・・・その手始めとして・・・・もうお気づきでしょうが、私、小野くんの事が好きよ」
 もしかしたら・・・・と思った事はあったけれど、いつも友達といった感じだったから面と向かって言われ、僕は恥ずかしさから視線をそらしてしまった。
 「あ、小野くんが私をどう思ってるかなんて答えなくていいから。私が勝手に小野くんを好きなだけだからさ。最初に電話した時、心臓がバクバク言って手が震えちゃった。図書館でも 何でもないフリしてたけど、ドキドキだったし。勉強しに行くのに、今日は何着て行こうかな、なんて悩んだり。藤本くんと斉藤くんがいなかったら、緊張して何も話せなかったかもしれない」
 「緊張してたなんて、全然そんな風には見えなかったよ」
 「してたの。ケータイの番号やアドレス聞こうかな、聞きたいなって思ったけど、聞けないでいたし。それに・・・・私、もうすぐお引越だから、図書館で一緒にいる時間が作れただけでいいと 思わなきゃって思ってたの。お姉さんにもそう言ったら、私が本当にそれで満足してるならそれでいいんじゃないのって言われた。でも、私、納得なんてしてなかったんだよね。どうしたって私の お引越は変えられないし、私も変えようとは思ってない。結論は出てるんだから、あとはどのプロセスを辿るかよね。で、安田綾、決めました。小野公平くんの自分の気持ちを伝えようって」
 そう言った彼女の笑顔は、とても輝いて見えた。
 「私は、小野くんが好き。言ってる事、わかる?」
 「わ、わかるよ」
 「自分の気持ちを伝えたいだけであって、小野くんにどうしてほしいって言うのはないの。好きだから、付き合ってください、とかね・・・・私が引っ越しても、会おうと思えば会えない距離じゃないわ。 電話やメールだって、物理的な距離をカバーしてくれる。でも、それはお互いが同じ気持ちで初めて成り立つものでしょ。温度差があっちゃ、すぐに音信不通になりそうだし。だから、私は小野くんの事が好きだけど、 付き合ってとは言わない。ケータイの番号もアドレスもしらないままにしておく。そう決めたの・・・・以上。あー、すっきりした。今の話は忘れちゃっていいからね。本人を目の前にした、私の独り言だと思って」
 海からの風が彼女の裾をヒラヒラと泳がせていた。
 
 
 
 
 
                                  
 
 
 
 
 
 

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