水色金魚 3

 「さっきから。姉さんの恋愛論を聞かせてもらったよ」
 「立ち聞きなんてイヤラしいわよ、恭介」
 「失礼。姉さん、オレの事本気ってホント?」
 「そうよ、本当よ。くだらないプライドや7つの年の差に怖がってた所はあるけれど、私は本音を伝えてきたつもりよ」
 「オレも姉さんにウソは言ってないよ」
 「わかってるわよ。他の女の話もたまに聞かせられるしね。でも、私は自惚れてる。他のジャリ娘たちより私の方が恭介の中でランクは上だって。ついでだから、告白する。 自惚れてる理由は、ケータイのメールよ」
 「ケータイ?」
 「セキュリティロックの暗証番号は私の誕生日。そして、私からのメールは私専用のメールボックスに振り分けられている」
 「あちゃ・・・・」
 「勝手にケータイをいじった事、怒らないの?」
 「ロック解除までされたら、怒る気にならないでしょ?他でもあそんでる話はしたし、姉さんには見られてもいいよ。他のコたちのメールはたいてい読んだら消しちゃうし。 それにしてもよく暗証番号がわかったね」
 「考えられる数字をいくつかやってみたけどダメで。ふと、発信履歴を見たら私以外の女の名前は1,2つしかなかった。着信は女だらけだったけどね。だから、もしかしたらと淡い期待を込めて 私の誕生日の0825を入れてみましたとさ」
 「お見事です。何でもお見通しだね」
 「そうよ。ロック解除は偶然だったかもしれない。でも、見透かせるのは年が上だからじゃなくて、私が恭介の事をちゃんと見てるからよ」
 「年の差は姉さん以上にオレが気にしてるよ。まだ殻付きのぴよこちゃんだからね。オレも姉さんに本気だよ。他のコと遊んでるのは、姉さんにフラれた時のダメージを軽くするため。一点集中だと、 それがなくなった時に深手を負ってしまいそうで」
 「ばかだね、藤本くん」
 「あらあら、綾ちゃん」
 「その時の自分を出し切って恋する。私、お姉さんの考えに感動しちゃったの。キズつくのは怖いよ。でも、キズはいつか消える。安田綾、真剣に恋するふしだらな女になって、イイ女になりまーす!」
 「誰がふしだらよ?」
 「どうせ、ボクの恋人は参考書ですよーだ」
 「お兄ちゃん、かわいそう」
 桃ちゃんのツッコミにみんな笑っていたのに、僕は表面的な笑いしかできなかった。
 それは、多分、本気の恋をした事がないから言葉が言葉だけで実感として何も感じなかったからかもしれない。
 好きは好きだけど。今まで付き合ってきた女の子たちにはその程度だった。
 羨ましいな。お姉さんと恭介にそう思った。気持ちが通じている2人が羨ましいだけでなく、本気で恋をしていると相手に伝えられる事に。


 海に行ってから半月が過ぎた。今までと同じように4人で涼しい図書館で受験勉強に励み、帰りの寄り道で高校生最後の夏休みを消化していた。
 枝豆をつまみにビールを飲む父親とプロ野球のナイターを見ていると、電話が鳴った。
 「洗い物してるから、公平出て」
 「はいよ。・・・・はい、小野です」
 「安田と申しますが、公平くんはいらっしゃいますか?」
 「あ、安田さん?どうしたの?」
 「今、電話しても平気?」
 「うん、大丈夫だよ」
 「明日、図書館が休みじゃない?だから、もし、予定がないなら・・・・と思って」
 「別にないけど」
 「じゃ、明日いいかな?」
 「いいよ」
 「海浜公園に行かない?また、海が見たくなっちゃって。電車で行かなきゃならないけど」
 「いいよ。たまには参考書と問題集から離れないとノーミソがダウンしそうだし」
 「ホントに?ありがとう。時間、どうしようか?」
 待ち合わせの時間と場所を決め、じゃ、明日と電話を切った。
 「遊ぶのもほどほどにね」
 「わかってるよ」
 「それにしても、ケータイじゃなくて家に電話してくるなんて今時めずらしいわね」
     そう言えばそうだった。毎日、図書館で顔を合わせているから特別、携帯の番号やアドレスの必要性を感じた事はなかった。本当は知りたいなと思ったけれど、 何となく聞くきっかけがつかめずに今日までいた。それに彼女から聞かれる事もなかったし・・・・
 ヒドク健全な付き合いだから、そんなもの必要がないと言われればそれまでなのだけれど。

 11時に改札前。これが今日の待ち合わせだった。先に来ていた彼女が、小さく手を振っている。
 「今日も暑いね」
 「うん。でも、私、夏が大好きだから。海を見て、目だけでも涼しくなろう」
 電車の中では小学生の集団が何やらワイワイ騒いでいて、とても楽しそうだった。僕たちも他愛もない話に盛り上がり、電車を降りてバスに乗り換える前に駅前のファミレスで食事をした。彼女はデザートのチーズケーキの最後の一口を頬張ると満足げに笑っていた。
 バスに揺られて15分。やっと今日の目的地の海浜公園に着いた。
 「風が海の匂いだぁ」
 「小学生の時の遠足で来て以来。すげー懐かしい気分」
 「そうなんだ?私は時々、一人でここに来るの」
 「一人で?」
 「うん。ヤな事があったりすると、ムッショーにここに来たくなるんだよね。特別な思い出があるわけじゃないんだけどさ。ま、小さい頃にお父さんに連れてきてもらった思い出はあるけど、それが特別な思い出ってわけじゃないし」
 「多分・・・・生理的に好きなんだよ、ここが」
 「生理的に?」
 「そう。生理的って言っておけば、別に理由はいらないから」
 「あはは、小野くん頭いい!あ、見て!アイス屋さんだよ!」
 彼女が指さす方を見ると、自転車に「あいす」と書かれたのぼりをつけ、麦藁帽子をかぶったおじさんがいた。
 「お約束というか、レトロというか。でも、イイ感じ。安田さん、食べるでしょ?」
 「当然です」
 おじさんから買ったアイスを食べながら並んでベンチに座っていると、涼しげな音が聞こえてきた。
 「今度は風鈴屋さんだよ。自転車に乗って、なんてTVでしか見た事がないからタイムトリップした気になる」
 「本当だよね。ここに来てこんなの見たのって、初めてかもしれない。私、今度はかき氷屋さんが来てくれると嬉しいな」
 「まだ、食べるの?」
 「炎天下、海を眺めながらかき氷なんて最高じゃない?本当は、ビールの方がいいんだけどね」
 「ビール?」
 「ギラギラの太陽に照らされながら、汗を流してボーっと海を見ながら冷えたビール」
 「不良娘。で、そんなのいつやったの?」
 「先月。ここに来るのも当分ないな、と思ったから、海浜公園にカンパーイって事で近くのスーパーでビールを買って参りました」
 「で、今日もまた来てる、と?」
 「うふふ。ごめんね、何だか付き合わせちゃったみたいで」
 「今更、ごめんねなんて言われても困るよ」
 「そか。それは失礼」
 彼女はすっと視線を海に戻した。
 「海を見てると落ち着くよね。母なる大地って言うけど、やっぱり生物は海から生まれたんだよね。見てるだけで落ち着いたり、嬉しくなったり、ヤな事忘れられたりさ。年を老って人生に一段落したら、余生は海と空を眺めて過ごす事に決めてるの」
 「いいかもしれないね、それ。そのためにはまず、受験をクリアしないと」
 「あー、もう!人がせっかくいい気分でいるのに、現実に引き戻さないでよぉ」
 「ごめん、ごめん」
 「あ、小野くん、あれ!」
 振り向くとまた自転車にのぼりを立てたおじさんがいた。のぼりには「金魚」と書かれていた。
 
 
 
 
 
                                  
 
 
 
 
 
 

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