Believe you 9

 定時と同時に黒田さんと中川さんは、お先ねと帰っていった。その15分ほど後に私と美幸も仕事を終えた。
 外へ出ると冷たい風が吹いていた。美幸に写真屋につきあってもらい、足取り軽く帰る私たちだった。
 「昨日撮ったの?」
 「うん。慎が急に撮ろうって言い出して」
 「良く撮れてるじゃない。相変わらず私好みだわ」
 「テルくんに言っちゃうぞ」
 「知ってるよ、テルは。でも、私じゃダメなんだって、真由じゃないと」
 「どうして?」
 「さあ?だけど、真由と慎くんはお似合いだよ。もし慎くんが海外に行く事になっても、真由なら待てるでしょ?」
 「それは・・・どうかなぁ。あ、テルくんだ」
 「真由ちゃん、今日は待ち合わせ?」
 「ううん、私の部屋で。慎が買い物担当」
 「この女ね、明日代休取ってるんだよ。慎くんもオフだって」
 「やるねぇ、真由ちゃん」
 「イヤな笑い方しないでよ。慎のオフは昨日知ったばっかりなの。偶然だよ」
 「それだけ、真由ちゃんと慎は繋がってるって事だよ」
 「じゃ、真由、メリークリスマス」
 「美幸とテルくんも。素敵なイヴを」
 「じゃ、あさってね。バイバイ」
 美幸たちと別れ、私は慎に、これから電車に乗るとメールを入れた。慎からは、混んでいてまだ買い物が終わらないから、電車を降りたら電話をしてほしいと返事が返ってきた。
 イヴのせいか、いつもより少しだけ混み方の少ない電車に揺られながら、あの身長で人混みの中必死で買い物をする慎を想像していた。 慎と食料品売り場は、何だか似合わないなと思うとおかしかった。
 慎の事を考えているといつの間にか駅に着いていた。改札を出てバッグからケータイを出そうとした時、見覚えのある車に気がついた。近づいてみると、やはり慎だった。
 「どれくらい待ったの?」
 「5分くらいかな。すっごい混んでてさ。おばちゃんたちにもまれながらの買い物だったよ。ほら、寒いから早く乗って」
 「うん ありがと。で、何を買ったの?」
 「いっぱい。見てると全部食べたくなってさ」
 「ね、そこのパン屋さんに寄って」
 「あ、メンチカツも買ってきて」
 「慎、あそこのメンチカツ好きだよね」
 「うまいよ。やっぱ、パン粉が違うのかな」
 フランスパンと慎のご希望のメンチカツとおやつ代わりのパン。メンチカツは揚げたてで、私が買い物をしている最中に並べられたものだった。 慎にそれを教えてあげると子供のように喜んでいた。
 駐車場に車を止め、2人で荷物を抱えて部屋に向かう。お腹が空いたと騒ぐ慎。どこにでもあるような事なのに、私にはとても嬉しくて幸せな事だった。
 部屋に入り缶ビールを慎に預け、私はささやかなクリスマスディナーの用意をする。用意といっても、皿に盛りつけたり、温めるだけなのだが。
 「真由、何か作ったの?いい匂いがする」
 「昨日、ビーフシチューを作っておいたの。おいしいぞ」
 小さなテーブルに乗りきらない皿たち。スパークリングワインで乾杯。
 慎は一番最初に私が作ったビーフシチューに手をつけ、何度もおいしいと言ってくれた。
 この時間がずっと続けばいいのに。時間が止まればいいのに。
 「慎、メリークリスマス。真由サンタからのプレゼントだ」
 「開けていい?」
 ローストビーフとメンチカツを頬張りながら、包みを開ける慎。
 「あーセーターだ。ありがとう。次の移動に持っていくよ。こっちの小さいのは・・・タロウだ。どこに付けようかな・・・ おし、ケータイに付けよ」
 「キズつくよ、ケータイ」
 「キズなんていいよ、別に。真由とタロウと一緒。ありがとう、すっげー嬉しい」
 「気に入ってくれて、よかった」
 「じゃ、オレからも。はい、どうぞ」
 「え?だって、昨日バングルを買ってもらったじゃない」
 「そうだけどさ、プレゼントは何個もらっても嬉しいモンでしょ?昨日のは中身がわかってるから、開ける楽しみ半減だし」
 包みを開けると、黒のベルベットのマフラーとそのお揃いの手袋とファーの飾りがついた白のマフラーが入っていた。
 「真由のコートが白だから、白のお揃いがいいと思ったんだけど手袋がなくてさ。どうしようかと迷ったから両方買っちゃった。ついでにオレ、こういう物の センスは皆無だから」
 「慎・・・」
 それ以上の言葉が続かず、目には涙が溢れてきた。
 「どうしたの?」
 「だって・・・ありがとうって思ったら・・・」
 「ばかだなぁ。泣くほどの事じゃないでしょ?電車を降りて、ここまで歩いてくるの寒いでしょ?風邪引かないように」
 「・・・ありがとう。本当にありがとう」
 「寒いのに一緒にいてあげられないから、オレの代わり。なーんてね」
 「ばーか」
 「ほら、早くあったかいうちに食べよ」
 暖まった部屋。おいしいお酒と料理。慎とプレゼント。尽きない幸福感。
 来年も同じクリスマスを過ごせますように・・・
 食事も終わり、テーブルにケーキを運んだ。
 「明日のお昼は今日の残りでいい?ご飯は炊くから」
 「明日、休みなの?」
 「代休を取ってあったの」
 「じゃ、明日は一緒に寝坊できるんだ」
 「昨日、慎が明日はオフだって言った時、びっくりしちゃった。こんな偶然ってあるんだなって」
 「神様はよい子の味方なんだよ。早くケーキ食べようよ」
 「コーヒーを入れるから、ちょっと待ってよ」
 慎が選んで来たのはビターチョコのちょっと大人なケーキだった。
 「ワインも2本目。ケーキのあとのお菓子もつまんで。帰ってきてから、ずっと食べてるような気がする」
 「たまにはいいんだよ。オレと一緒の時はダイエットなんて気にしないの」
 「そうだね。食べたいから食べる、でいいね」
 「そういう事。ってなわけで、3本目のワイン開けるぞ」
 「明日、二日酔いでも知らないよ」
 「これくらいじゃ、平気だよ。それに明日は真由もいるし」
 「何言ってんの?もう酔いかけのクセに」
 「気分がいいんだよ。・・・真由、昨日買った、何だっけ?バングル?あれ、見せて」
 箱から出し慎に渡すと、慎はじっとバングルを見ていた。
 「指輪の方がよかった?」
 「どうして?指輪はもらったじゃない」
 「時々・・・思うんだ。フツーのサラリーマンだったら、もっと真由と一緒にいられるのにって」
 「じゃ、バレーやめるか?」
 「それは、無理」
 「じゃあ、そんな事言うな。お互いの時間があっていいと思えばいいじゃない。四六時中ベッタリじゃ、飽きちゃうかもよ?」
 「そうだな。・・・STAY WITH YOU」
 「ん?」
 「内側にある、これ。何か、この言葉に一目惚れしたんだよ」
 「できるだけ長く一緒にいようね、慎」
 もう何度も交わした口づけ。でも、その度にドキドキしてしまう。
 「眠くなる前にシャワー浴びておいでよ。私も片づけちゃうから。3本目を飲むなら、シャワーの後でもいいでしょ」
 慎が使うシャワーの音をBGMに洗い物をする。何度もあったこんな場面。私の中の慎との結婚願望が少しだけ芽を出してくる。 30までは結婚はいいと思っているのは嘘ではないけれど、ふと慎と・・・と思ってしまう。
 洗い終わったグラスをもう一度テーブルに置くと、慎が戻ってきた。
 「私もシャワーを浴びちゃうから、飲むなら飲んでて」
 シャワーのお湯に打たれながら、明日は何をしようかと考える。でも、明日が来たらこの時間が終わってしまうのだと思うと淋しくなる。 逢えない事が淋しいわけじゃない。この時間が終わってしまうのが淋しい。
 リーグ戦が終われば、また前のように戻る。1,2月の方が慎と離れている時間が長いのだから、今から感傷的になってどうする、と 自分に言い聞かせた。
 私が部屋に戻ると、慎はTVを観ながら3本目のワインを飲んでいた。
 「今日はよく飲むね」
 「明日は休みだし。真由の部屋は酒が進むよ」
 「何それ?」
 「真由がいると思うと、ぼんやりしていられる」
 「ぼんやりし過ぎて、ボケないでね」
 「どうかなぁ」
 ワインがなくなる頃には、日付も変わりTVにも飽きてしまい寝る事にした。ケータイと目覚ましのアラームを解除し 、寝坊の準備はOK。
 「腕枕、いいよ。痛くなっちゃうでしょ?」
 「邪魔?寝にくい?」
 「ううん」
 「もう少し、このままでいさせて」
 そう言われたのに私は慎の首に腕を回し慎を抱き寄せ、首筋に頬をつける。
 「どうしたの?」
 「慎のここ、好き」
 「そう?自分じゃわかんないからな」
 慎が私を強く抱き寄せる。慎のぬくもりが直に伝わってくる。抱擁、そして口づけ。慎にきつく抱きしめられる度に感じる、 あの胸を締め付けられるような感覚。恋の切なさ。
 私も無意識のうちに慎に回した腕に力を込めていた。
 スポーツ選手らしい筋肉のついた引き締まった体。私以外に何人がこの体を肌で感じたのだろうと考えると、ぶつける相手のいない 嫉妬を感じてしまう。そして、私の腕には更に力が入る。
 「真由・・・」
 重なり合う体。全身で感じる慎のぬくもりと息づかい。
 私は本当に慎が好きなんだと心の底から思う。そして、慎にも同じように思ってほしいと言葉にならない言葉で懇願する。
 愛と恋の違いなんて、私にはまだわからない。わからないけれどわかっている事は、慎が慎だから、私は慎が好きだという事。 説明なんてできない。今の私に思いつく言葉は、言葉にできないくらい慎が好き。それしかないのだから・・・

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