「おはよ」
先に目が覚めた私は朝食の用意をしていた。時間はもうすぐ11時になる。
「おはよ。何時に起きたの?」
「10時くらいかな」
「みそ汁のいい匂い。飲み明けには、やっぱりみそ汁だね」
「もうすぐできるから、顔洗って待ってて」
慎はぼんやりしていたが、テーブルに食事の用意ができると元気に食べ出した。
「朝から元気に食べるね」
「体が資本の商売ですから」
「優勝できそう?」
「そのつもりでやってるよ。アタックも前より全然決まるようになってるし。真由のおかげかなぁ」
「私?どうして?」
「がんばるのはチームのため、自分のためだけど、真由がいてくれるって思うと心強いって言うか、もっとがんばらなきゃ、決めなきゃって思うんだよね。真由が試合を見てるわけじゃないけど、
カッコ悪いトコなんて見せられないって思うし」
「とにかくがんばってよ。東京での試合を私に見せてちょうだい」
「任せなさい」
食事も終わり、何となくTVを観ていた。
何もしないのが一番の贅沢。そんな言葉を思い出し、私は慎に寄りかかった。慎も黙って私の肩を抱いてくれる。
シャツ越しに慎の手の温かさを感じ、またあの胸を締め付けられるような感覚を覚える。安心と不安が混じった感覚に目を閉じる。
「どうしたら、一緒にいられるのかな」
「・・・ごめんな」
「ううん。私が言ってるのはそんな事じゃなくて。逢えない時期があるとか、毎日逢いたいとかそんなんじゃなくて・・・どうしたら、1時間でも1秒でも
長く慎と繋がっていられるのかなって事」
「それは真由次第だよ」
「どうして?」
「今のオレの中にあるのは、バレーと真由だけ。どっちが大事なんだって訊かれたら、まったく次元の違う事だから答えられないけどさ。どっちも大事で、どっちかを失くすなんて考えられない。
ついでに今のオレには女の子と知り合うきっかけも暇もないし。でも、真由は違う。オレなんかよりもっと楽に付き合える男は周りにもいるだろうし」
「ひどい事言うんだね」
「いや、だからさ・・・真由がオレの方を向いてるうちはオレは大丈夫だよって事。怒らないでよ、まーゆちゃん」
「怒るよ。それじゃ、私が身勝手みたいじゃない」
「だから。ごめんって。だからーんーと、オレはね、バレーやってる時はバレーに集中してるよ。だけど、それ以外の時は真由はどうしてるかなとか、自分がメシ食ってりゃ真由は食べたかなとか。何にしても真由は、真由はって感じなの。
いい、わかった?恥ずかしいからあんまりこういう事、言わせないでくれる?」
「そんなの私だって同じだもん。プレゼントをもらって泣けてくるくらい嬉しかったのって、今までに慎だけだよ」
「一緒にいられるよ。例えすぐに逢える距離にいなくても、オレは真由を信じていられる。真由がオレと同じ気持ちでいてくれるなら、オレ達は大丈夫だよ」
私は黙ってうなづいた。慎の柔らかなぬくもりが私の不安を安心に変えていく。私は慎の言葉を信じる。信じていたい・・・
「真由・・・」
「ん、何?」
慎は言葉を続けない。私にはこの静かなためらいの時間の意味が何となくわかってしまった。
「何ですか?」
「コーヒーが飲みたい」
「はいはい、入れてあげますよ」
キッチンに立ち、お湯を沸かしながら慎の言いかけた事を考えてみる。きっと、私の予想は当たっているだろう。いつかは慎の口から出るだろうその言葉。
私はその言葉を笑顔で受け入れようと決めている。だから、私からは口にしない。慎の気持ちが固まるのを待つだけ。
「はい、お待ちどうさま」
日当たりの良い私の部屋に12月の日射しが差し込む。ソファで横になってTVを観ていた慎がやけに静かなので見ると、いつの間にか眠っていた。
寝室のクローゼットからハーフケットを持ってきて、慎を起こさないようにそっと掛けTVを消す。
おだやかに流れる時間に、私はまた幸せを感じる。
−真由が同じ気持ちでいてくれるなら、オレ達は大丈夫だよ−
私は大丈夫よ。だって、慎が想像してるよりももっと私は慎が好きだから・・・
「・・・あれ、いつの間にか寝てた。ごめん。・・・え?もう2時半?!真由一人で何してたの?」
「本読んでた」
「起こしてくれればよかったのに。本当、ごめん」
「気持ちよさそうに寝てたから。読みかけの本だったから早く読みたかったし、別に気にしてないよ」
「本当に?ごめん」
「3回目のごめん。おっかしいの。天気もいいし、ちょっと散歩に行かない?」
昨日、慎に贈られた白のマフラーをして外に出た。部屋の中にいるとわからなかったけれど、外を吹く風は強くはないけれど冷たい。
忘れて行かないようにと慎は車の助手席に私がプレゼントしたセーターをおいた。
「やっぱり寒いね。散歩は失敗だったかな」
「手、出して」
私が右手を出すと慎は私の手を取り、自分のダウンジャケットの左ポケットに繋いだ手を入れた。
「こうすれば少しは暖かいでしょ?」
「うん」
寒いのは大嫌いだけれど、慎とこうして寄り添っていられるなら寒さも悪いものじゃないのかもしれない。
駅の向こう側にあるショッピングセンターに入り、フラフラとショップ周りと少しのお買い物、お茶をして私たちは遊んでいた。店内はクリスマスモード全開でただいるだけで
ワクワクしてくる雰囲気だった。
そろそろ帰ろうかとエントランス出ると、外はもう冬の夕暮れ時だった。西の空はピンクとオレンジが混じったような色合いで、そこから東の空へ向かって
ブルーとパープルのグラデーションになっている。
来た時と同じように慎は繋いだ手をポケットに入れてくれる。
「寒いね。早く帰ろう」
慎は笑ってうなづいた。
ショッピングセンターで会った小さな男の子の話、それぞれの子供の頃のクリスマスの話。吐く息は白く、風もさっきより冷たいのに私はあまり気にならなかった。
きっと一人で歩いていたなら、寒くて早く帰る事しか考えないはずなのに、少し遠回りをしてもいいような気にすらなっている。
でも、あの角を曲がればもう私の部屋。あっけないものだ。
駐車場の慎の車の前へ来ると慎は、ここで帰ると言いだした。
「そうなの?」
「部屋に行ったら、帰りたくなくなっちゃうからここで」
「わかった。慎、んー」
私は顔を上げ、口づけをせがんだ。
「ここで?誰かに見られちゃうよ」
「いいの」
慎は私を抱き寄せ、口唇を重ねてくれた。
「真由、オレ・・・本当に真由の事が好きだから」
「何?突然」
私は顔が赤くなるのがわかった。薄暗くなってきているのだから顔を上げても慎にはそれがわからないだろうけれど、
何だか恥ずかしくて慎の胸に顔を寄せたまま、身動きができなかった。
「急に言いたくなっただけ。オレって雰囲気に弱いのかも」
「ばかね。・・・慎」
「何?」
「先の事なんてわからないけれど、慎が今の慎のままでいてくれるなら、きっと私も変わらないと思う。
だから、慎には私と自分を信じて前を向いていてほしい」
「・・・真由はあったかい」
「冷え性なのに?」
2人で顔を見合わせて笑い、慎は車に乗り込んだ。
「メール、入れるから。風邪ひかないようにね」
「うん。慎もがんばって、期待してるから」
慎はいつもの小犬のような笑顔を残し、帰っていった。
私は部屋に入り、灯りと暖房を着ける。
ほんの数時間前まで、ここに慎がいたと思うとやはり一人になった部屋は淋しい。でも、私にも慎にも明日が来て、お互いにやるべき事をやる。
淋しいという感覚はあるけれど、感傷的ではない。もっと一緒にいたいと思うけれど、楽しかった時間ばかり振り返っているわけでもない。
明日もがんばろう。そう前向きに思える自分がいる。少しは大人になれたかな。
STAY WITH YOU
バングルの内側を眺めながら、私は一人で笑っていた。隣に慎のいない寂しさはもうどこかへ消えてしまっていた。