Believe you 8

 「慎って・・・結婚する気あるんだ・・・」
 「どういう意味よ?そりゃ、かなり先の事だろうけどさ、一生独身でいたいとは思わないよ」
 「意外な発言。そういう事って、ミジンコ程も考えない人かと思ってた」
 「失礼だね、君も。バレー中心の毎日ですけれど、バカ扱いはしないでくださいよ」
 「だって、おかしくて。意外過ぎる発言なんだもん。そういう事はその時が来たら考える。来なきゃ考えないって感じかと思ってたから」
 「何かそれじゃ、オレがバカみたいじゃん。そういう真由はどうなんだよ?」
 「私?いつかフツーに恋愛して、フツーにプロポーズされて、フツーに結婚して、フツーに奥さんになって、フツーにママになるの。それで十分」
 「フツーが一番って事か」
 「ハラハラ、ドキドキは結婚したらいらない。フツーな毎日を楽しく送れればいいかな。ま、理想だけどね。結婚も30まではしないと思うし」
 「30?」
 「だいたいの目安として30かな。独身の気楽さも寂しさも30までは謳歌しようって事で。それにまだ24だもん。結婚はまだいい」
と、建前上言っておきましょう。8割は本当だけど、慎に結婚願望の強い女と思われるのは困るから。
 慎はふーんと納得したかのように首を縦に振りながら竜田揚げを食べていた。
 「あ、さっきのフィルム頂戴。私が現像に出すから。会社の近くに30分でできる所があるから、お昼に出して帰りにもらってくる」
 「いいけど。写真抜かないように。写りの悪いのはなかった事にする気だな」
 「あら、バレちゃった。女の子はみんなそうなの。わかっていても何もいわないのが男の優しさってもんよ」
 そうかね、と慎はカメラからフィルムを抜いた。
 「真由、プレゼント開けないの?」
 「開けない。明日の楽しみにするの」
 今日はこの店でお開きにする事にして、私たちは駅へ向かった。
 「ね、25日は本当にオフなの?」
 「監督がそう言ってるし、多分緊急集合もかかる事はないと思うよ」
 実は、先週の土曜に休日出勤をした代休を私は25日に入れていた。もしかしたら、慎もオフになるかもしれないと期待して。 24日と25日のどちらに代休を取るか悩んだが、さすがに年末が近いこの時期に連休で休める程暇な会社ではなかったから25日にした。 正直、課長には少しシブイ顔をされ、お局的主任には、25日ねと嫌みのように確認をされた。
 「明日は3時まで練習で、25日はオフ。26日が移動で27,28日が試合。29日に戻って、年明けは5日から練習開始。 真由は年末実家に帰るんでしょ?」
 「どうするか、まだ決めてない。帰ろうと思えば日帰りできる距離だしね」
 「帰ればいいのに」
 ・・・どういう意味?私、そんなにまとわりついてる?
 「何、その顔?また違う事考えてるんでしょ?普段、一人で全部やってるんだから、たまには親許で楽しておいでって事だよ。 真由は考え過ぎ」
 「私、そんな顔してた?」
 「どうしてそんな事言うの?って顔。真由の事は、オレなりに見てきたつもりですから多少はわかりますよ」
 「そうなんだ・・・」
 「あのねぇ・・・ま、いいや。ブロックの手がどこに出るか、どこが空くか瞬時に判断してアタックは打たなきゃなんないの。それと一緒。 ま、読みもハズす事があるけど」
 「わかるような、わからないような説得ね」
 「わかった事にしておきなよ」

   慎とは改札前で別れ、電車に乗り込むと私は時計を見て時間の計算をした。
 9時半には部屋に着く。それから、明日のためにビーフシチューを作って、おフロに入って・・・ 歩き回った後に少し飲んだので、電車の暖房と揺れが心地よい眠りを誘い始めた。ウトウトとしてしまい、気がつくともうすぐで駅に着く所だった。
 電車を降り、トツトツと歩きながら慎からのプレゼントが入った小さな手提げ袋を見た。
 高い買い物をさせちゃったな。もしかして指輪も私が思ってるより高い物かもしれない。慎の誕生日にはもう少し気合いをいれなきゃな。
嬉しくて申し訳ない、ちょっと複雑な気分だった。
 部屋に到着し、着替えてヒーターの前にいると、また睡魔がやってきた。
 ダメダメ。やる事があるんだから。
 キッチンに立ちビーフシチューを作り始める。部屋とキッチンはドアで仕切られているから、はっきり言って寒い。 けれど、寒がりな私なのに寒さがあまり気にならなかった。しばらく湯気で少しだけ温かくなったキッチンで 奮闘し、あとは煮込むだけになったので部屋に戻り軽く掃除を始めた。
 明日も恐らく残業はないはず。でも、買い物は慎がしてくるから先に部屋に入るかもしれない。  私の部屋のカギは前々から慎に渡してあったけれど、慎は一度もそれを使った事がない。使えるような時があっても、 勝手に入るのは悪いから、といつもどこかで私の帰りを待っていてくれた。何のためにカギを持ってるんだか・・・
 片づけをしながらそんな事を思い出し、慎はいつまでたっても慎なんだなと一人、笑ってしまった。
 ふとソファをみると今日慎に買ってもらったプレゼントがちょこんと座っている。
 やっぱり、高い買い物だったよね、と改めて思う。世の中の女の子たちが彼からいくら位のクリスマスプレゼントをもらっているのか 知らないけれど、私には高価な物だと思う。
 慎の気持ちが入っているなら、この1/10の値段でも十分なのに。大事にしなきゃね。
 掃除も料理もシャワーも終わり、何となくTVを観ていた。ぼーっとしていると手持ち無沙汰でタバコが吸いたくなる。
 慎に逢うようになってから、かなりタバコの本数が減った。慎が部屋に来るようになってからは、ほとんど部屋では吸わなくなった。私はキッチンの換気扇の下でタバコに火を着けた。
 慎に逢って、変わったな。それに最初に気付いたのは美幸だったっけ。恋して少しは大人になったかな。
 そんな風に思うと少しだけ自分がかわいく思える。ついでにタバコもやめよう、と半分ほどのこっているタバコを灰皿で消した。

 翌日、いつもと変わらないと思っていたのに仕事は予想以上の忙しさだった。あっという間に午前中が過ぎ、気付くとお昼。私と美幸、そして11月のプチ異動でうちの課に来た2人と 4人でランチに出た。ランチの話題は、当然今晩のクリスマスイヴの話。
 今日はお店も予約してあるから、絶対に残業しないと黒田さんは嬉しそうに言った。
 美幸は、私なんてどうせいつものように居酒屋だよと頬を膨らませていた。テルくんらしいね、と私が言うと中川さんが私に訊いてきた。
 「田辺さんの彼ってどんな人?」
 「別にフツーの・・・その辺にいるお兄ちゃんだよ」
 「スーツをキチッと着こなしちゃうような人を想像してるんだけど」
 「全然、そんなんじゃないよ」
 黒田さんも中川さんもどんな人か全然想像つかないと笑っていた。
 「真由、写真持ってるなら見せてあげれば?」
 「ええ、私だけ?みんなも見せてくれなきゃヤダよ」
 「今更、テルの顔見てどうすんのよ?」
 「前原さんの彼、私見た事ないよ」
 「マヌケ面なら、いつでも見せてあげる」
 美幸は手帳に貼ったプリクラを中川さんに見せていた。
 黒田さんの彼は3つ年上で、やはり大人な雰囲気がある人だった。中川さんの彼に私と美幸は驚かされた。 今年、うちに配属された新入社員の木村くんだったのだから。
 「今までクロにしか話してない事だから、田辺さんも前原さんも内緒にしてね」
 「誰にもいわないよ。それにしてもびっくりだね」
 「田辺さんの彼は?」
 私?と美幸の顔を見ると写真は見せても減らないと真顔で答えてくれるので、手帳から夏に撮った写真を出し2人に渡した。
 「背、おっきいね」
 予想通りの反応。
 「何やってたの?バレー?バスケ?」
 「バレー」
 「ガタイがいい割にかわいい顔してるわね」
 「そう?美幸の彼の友達なの」
 「テルより全然いい男でしょ?それにすっごい優しいし、マメだし。テルとトレードしてほしいよ」
 「何言ってんの?テルくんだって、優しいしおもしろいよ」
 「おもしろいと言うより、マヌケだよ。あの男は」
 「でも、好きでしょ、テルくんの事?」
 「うるさーい!25日に代休を取るような女には言われたくなーい」
 「あーらら、26日にご報告まってるね。田辺さん」
 私は、へへへと笑って誤魔化すしかなかった。
 ランチタイムも終わり、会社に戻る途中で昨日のフィルムを現像にだした。午後もせわしく仕事をこなし、時々美幸にタバコに誘われ息抜きをした。
 「真由、最近タバコ吸わないね」
 「そうだね。慎が吸わないから、何となく吸わなくなったかな」
 「また慎くんかい?仲いいよね、ほんっとに。羨ましいわ」
 「美幸とテルくんだって、同じじゃない」
 「私とテル?もう長いから友情的愛情だね。恋人っていうよりは、同志かな」
 「同志・・・か。それもいいかも」
 「でも、ときめきはなくなるよ。たまにはテルにときめいてみたいよ。そういや、プレゼントは何を買ったの?」
 「セーター。美幸は?」
 「ブランド物のネクタイ。仕事ができる男には見えないからせめてカッコくらいは、ね」
 「何だカンだ言って心配してるクセに。テルくんからのプレゼントはエンゲージリングだったりしてね」
 「それはナイナイ。まだ結婚はいいよ。付き合ってる男はテルだから結婚に一番近い男かもしれないけど、私の中にはテルと結婚したいっていう気持ちは まだないの。今の生活の方が楽しいし。そういう真由こそ・・・」
 「私の方がよっぽどないって。私もまだ結婚願望がないし。私より慎の方がないんじゃない。それに慎・・・海外に行きたいって言ってるし」
 「海外?向こうでバレーをやるって事?」
 「うん。海外でステップアップして、日本のコートに立つのが目標みたいな事を言ってたわ」
 「いつ行くの?」
 「まだはっきりいつ、とは決まってないみたいだけど。でも、慎は行っちゃうような気がするな」
 「いいの?行っても」
 「行ってほしいとは思わないけど・・・バレーの話をする時の慎って、すごくいい顔するのね。それを今まで見てきたわけだからさ・・・行く時は笑って行ってらっしゃいって言うしかないよ」
 「泣かせるねぇ。行ってもいづれ戻ってくるんでしょ。それまでは私が相手をしてあげるよ。テルのおまけ付きで」
 「ありがと。さて、がんばって仕事して定時上がりだ」
 私と美幸はデスクに戻り、おしゃべりもほとんどせずに仕事をこなした。私たちだけでなく、今日は何となくみんな私語が少ないような気がする。 動機は不純でも仕事がはかどるなら結果ALL RIGHTって事で。私も定時上がり目指してがんばろっと。

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