Believe you 7

 12月半ば、慎たちのリーグ戦が始まった。クリスマス前には戻ってくるから、といつもの笑顔で慎は私に言った。
 去年の慎たちはベスト4で終わってしまったらしい。
 −今年は何が何でも優勝する。絶対やれる。
 何だか自分に言い聞かせているような慎だった。
 慎はよくチームの話をしてくれた。ガオさんがね、コバさんが、ヤスが・・・。無邪気な子供のように。 私もみんなの名前を覚えてしまっていた。
 「みんないい人たちなんだ。オレにとってはもう一つの家族みたいなもんだよ」
 あまりにも自慢するので、顔には出さないけれどチームメイトに嫉妬してしまう程だった。
 「がんばってね。遠くから応援してる」
 「うん。ごめんな、しばらく我慢して」
 「わかってるって」
 12月半ばにスタートし、終わるのは3月半ば。その間、各地を移動して試合をするのだ。それでも全く戻って来ないわけではない。 クリスマスや年末年始は休みが入る。一旦、戻り練習と移動の間にオフも入る。慎はそう言っていた。
 しかし、慎たちが東京で試合をする予定はなかった。一番近い試合会場で横浜。東京で試合をするにはベスト4に入るしかないという事だった。
 試合スケジュールのコピーを慎に渡され、私はびっくりした。
 「毎年、こんな感じなの?」
 「そうだよ」
 「好きじゃなきゃ、やってられないね」
 「仕事と言えば仕事だけど、みんなバレーが好きだから。あ、浮気なんてしないから心配しないように。毎日、連絡入れるよ」
 「男しかいないでしょ」
 慎が気にしていた私との時間を取れない時期。
 でも、今の私にはまったく不安はなかった。リーグ戦が終われば、また元の私たちに戻れる。それはわかりきった事。たとえ、互いにぬくもりを 感じ合えなくても私たちは大丈夫。
 左の薬指を見て私は、自分に言い聞かせた。
 約束した通り、慎は毎日メールを入れてくれた。試合の事、食事の事、チームメイトの事・・・。
 おやすみの一言くらい直接言いたいなと慎の電話番号をケータイに呼び出すがすぐに消してしまう。
 もし、慎の声を聞いたなら、逢いたいと言ってしまいそうな自分がいる事に気付いていた。でも、それはタブー。
 今の慎は試合に集中しなければならない。だから、慎も電話ではなくメールなのかもしれない。やはり、離れた場所に慎がいるという事実は 私を少しだけ不安定にさせた。
 そして、昨日9日振りに慎が帰ってきた。  クリスマスイヴ前日の今日は祝日でお休み。昼過ぎに慎と待ち合わせだった。
 「ただいま」
 「おかえり」
 ただいま。何気ない一言なのだろうが、私の所に戻ってきてくれたと実感できる言葉だった。
 「買い物に行こう」
 「何を買うの?」
 「真由のクリスマスプレゼント。好きな物を選べばいいよ」
 「クリスマスは明日・・・だよ」
 「真由は明日、仕事でしょ?今日は休みで混んでるけど、時間はあるんだから今日買えばいいよ」
 「明日は逢えないの?」
 6月に知り合った私たちの初めてのクリスマスだっていうのに・・・
 「何、ふてくされてるの?プレゼントを買うのと、明日逢うのは別でしょ?明日は3時に練習が終わるから一度家に帰るけど、その後 デパ地下とやらで食料を調達して真由の部屋でクリスマスと思ってたんだけど、ダメ?」
 「ちゃんと言ってよ、もうっ」
 「今度は何を一人で怒ってるの?ついでに25日はオフだから。さ、買い物に行こう」

 「何が欲しいって急に言われても困るよ。メールで先に言っておいてくれればよかったのに」
 「ゴメンゴメン。今、考えて。でも、常識の範囲でだよ。車とか家なんて言われても困るから」
 「当たり前でしょ。んー私、何が欲しいんだろう・・・悩むなぁ」
 慎が選んでくれた物ならきっと何でも嬉しいはずだけれど、自分で選ぶとなると迷ってしまう。
 デパートは、クリスマス前の祝日という事で人がごった返している。特に私たちがいるアクセサリー売り場はカップルだらけ。
 「あそこ、見てみる?」
 慎が指さしたショップはニューヨークに本店を構えるブランドショップだった。
 「女の子ってあそこの物、好きでしょ?」
 私はその一言にカチンときてしまった。そりゃ、私だって嫌いではない。前の彼にあそこのネックレスをプレゼントしてもらった時は大喜びした。 欲しい物だってある。
 でも、悪気はないとわかっていても、女の子ってと一束にして考えられた事に頭に来てしまったのだ。
 「あそこのは、持ってるからいい」
 くだらないプライド。そして、自己嫌悪。
 慎は私の心中には気付いていないようだった。
 少しだけ人がまばらになったショップを見つけ、どれにしようかと眺めていると慎のケータイが鳴った。ちょっとごめん、と慎は離れていった。
 ディスプレイされたアクセサリーたちを見ていると全部欲しくなってしまう。
 ふと私の目に飛び込んできた物があった。犬の横向きのシルエットのチャームだった。私は迷わずゴールデンレトリバーを選び、すぐにレジへ向かった。 今慎が戻ってきたら困るなと何度も周りを見回した。ラッピングされた物を無事バッグに入れ、またどれにしようかと眺めていると慎が戻ってきた。
 「ごめんね。おふくろからでさ、タロウと遊んでたらカメラを落として壊したから買ってこいって。自分で行けって言ったのに、言い出したらきかないんだよね。 ところで、決まった?」
 「まだ。やっぱり、慎が選んでよ。その方がいい」
 そして、悩みながら慎が選んでくれたのは、シンプルなホワイトゴールドのバングルだった。内側には、STAY WITH YOUと文字が刻んである。
 本当は私もこれをチェックしていたが、値段を見てやめにしてしまった。
 私は慎のプレゼントにセーターを買った。セーターが約3万円。さっきのチャームが約1万5千円。バングルはチャームがあと2つくらい買えそうな値段だった。
 「どう?って・・・すごく素敵だけど、高いじゃない。もっと安いのでいいよ」
 「値段じゃなくて、これを真由はどう思うの?」
 「すごくいいなって・・・思うよ」
 「欲しいって思う?」
 「・・・うん」
 「じゃあ、これにしよう」
 「でも・・・」
 「いいんだよ。オレがこれにしたいんだ」
 「そうなの?どうして?」
 「内緒」
 慎はしてやったりと言った顔で私を見て笑っていた。
 それから、電器店に向かいお母さんに頼まれたカメラを買って店を出た頃には外はもう暗くなりなり始めていた。
 街のイルミネーションを見上げると、その雰囲気に酔いそうになる。去年も見たイルミネーションだけれど、今年は一層輝いて見える。
 「ね、真由。写真撮ろうか?」
 「写真?どこで?」
 「この辺で。カメラもあるし」
 「それ、頼まれ物でしょ?」
 「いいんだよ。まだオレの名義だもん」
 そういうと慎は植え込みのブロックに腰を下ろし、おまけにつけてもらったフィルムをカメラにセットし始めた。
 どれ、試し撮りと慎は街行く人にシャッターを切った。
 「大丈夫だな。どこで撮る?」
 「本当にここで撮るの?こんな街中じゃ恥ずかしいよ」
 「人里離れた所じゃ、イルミネーションはないよ。誰も気にしないって」
 「そうかなぁ」
 「ケータイのカメラで撮るのと変わらないって」
 手始めにそこのイルミネーションをバックに、と慎は家族連れを捕まえて写真を頼んでいた。そんな事を何度か繰り返し、 互いにおふざけで写真を撮り合い、24枚撮りのフィルムを全て撮りきってしまった。
 今度は、ハラ減ったと言い出した慎の要望に応え、食事をする事にした。
 「ね、どうして写真を頼んでたのって家族連ればっかりなの?」
 「子供がいるとよく写真を撮るようになるでしょ?だから、少しは上手いかなと思って」
 「よくそんな事に気付くね。私、考えた事もなかった」
 「兄貴がそうだったんだよ。子供が生まれるまでは、集合写真しか撮らないようなヤツだったのに、しょっちゅう子供の写真撮ったり、 帰って来ればオレに抱っこしてるトコ写せだのさ。世の中のパパとママはみんなそうなんだろうと思って。 でも、そんな兄貴を見てるとちょっと羨ましかったけどね」

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