Believe you 6

 時間を重ね、口唇を重ね、体を重ね・・・私たちはどこにでもいる恋人たちのように距離を縮めていった。
 リーグ戦が始まらない今はまだ、慎が言う、逢えないという事に不自由さは感じていなかった。
 「真由って、よくその石のピアスをしてるよね?」
 「ああ、これ?一番好きな石なの」
 「何ていう石なの?」
 「タンザナイト」
 「タンザナイト・・・誕生石ってヤツなの?」
 「違うよ。私は9月生まれだから誕生石はサファイア。タンザナイトは色がキレイだから好きで、勝手にお守りって思ってるの」
 「ふぅん・・・でも、キレイだね」
 ふぅんとうなづきながら、私のピアスを見ている慎を見て、何だろうという感じだった。
 もうすぐ私の誕生日。前に誕生日を教えた事はあったけれど、 慎の様子を見ているとそんな事などすっかり忘れているようだった。催促してまでプレゼントをもらおうとは思っていなかったから、 ”もうすぐ私の誕生日”とは、意地でも口にしなかった。
 土日、慎の都合で逢えなかった時は、その翌週の火曜か水曜によく逢っている。今日はその火曜日。そして、私の誕生日。
 待ち合わせの場所に5分程早く着いたはずなのに、慎はもう立っていた。
 「会社の人にね、いい店を教えてもらったからそこに行こうよ。電車に乗るけどいいよね?」
 案内された店は、凝った作りの照明を落とした店だった。
 「料理もおいしいらしいよ」
 私は少しだけ期待した。わざわざ電車に乗ってまで来たこの店は、おしゃれで雰囲気がいい。もしかしたら、プレゼントを用意 してくれているかも・・・
 でも、慎の様子は普段とまったく変わりがない。どこかぼんやり坊ちゃんな慎だから、やはり期待するのはやめにしよう。
 「どう、おいしい?」
 「これ、すごくおいしい」
 何でもない会話はずっと続いた。楽しくないわけではないけれど、どうしても心のどこかで期待する自分を隠すため無理に作り笑い をする私がいた。もう、誕生日の事なんて忘れよう・・・
 「そうだ。はい、これ。誕生日おめでとう」
 一瞬、何を言われているのかわからなかった。
 「どうした・・・の?」
 「・・・びっくりした」
 「そんなに驚く程の事?オレって、相当期待されてないんだね」
 「そういうわけじゃないけど・・・ありがとう。開けていい?」
 女の子なら中身の予想がつく箱の大きさ。多分、ピアスね。
 中から出てきたのは、タンザナイトがついた指輪だった。箱の中を見つめたまま固まる私。
 「その石、好きだって言ってたでしょ?やっぱり、デザインが気に入らない?お店の人といろいろ話して これにしたんだけど。一緒に行って真由が好きな物を選んだ方がよかったね。ごめんね」
 「どうして謝るの?びっくりして、何も言えないだけなのに」
 「気に入ってくれた?」
 「当たり前じゃない・・・すごく素敵」
 「薬指、7号でいいんだよね?」
 「どうして・・・?私、いつそんな話をした?」
 「その石が一番好きだっていうのは訊いたけど、サイズは・・・」
 「美幸?!」
 「正解。テルに電話して美幸ちゃんに訊いてもらった」
 美幸が確かにそんな事を訊いてきた。まさかその時の話がこう繋がるとはね。
 「ピアスの話もこのため?」
 「そうだよ。気付かれちゃったかなと、ドキドキしてた」
 「全然わからなかった・・・」
 「じゃ、オレの勝ちだね」
 「完敗です。でも、本当にありがとう。すごく嬉しい」
 私は小さな箱の中で輝く慎の想いを見つめていた。
 「着けないの?」
 「ん?7号って言ったんだよね、これ。じゃ、左だ」
 私の薬指は左右とも7号。どっちの手に着けていいか躊躇していた。本当は迷わず左手に着けたかったけれど、また例の カッコつけ病が出て素直になれず、前置きをしてから左手の薬指に着けた。
 「ジャストサイズ」
 よかったと満足そうな慎の笑顔。忘れられていると思った誕生日。左手の薬指に着けられたタンザナイトの指輪。言葉にできない程の幸せ。
 慎に逢えてよかった。慎を好きになって本当によかった・・・

 

   シャツの袖が手首まで来る季節になった頃、私の中で何かが少しだけ変わった。慎に対する気持ちは以前と変わらないのに、何かが。
 色で例えるならパステルピンクだったものが、ワントーン影のついたモーヴピンクになったというか。
 それは時々だけれど、ふいに訪れる。何の障害もなく慎といる、その時に。
 隣りで慎が笑っていたりするのに、胸の中を誰かにきゅっと掴まれたような感覚。そして、理由の見あたらない不確かな不安。
 その不安が大きくならないように私は慎を抱きしめる。
 「どうした、真由?」
 「・・・何でもない」
 慎の体温は私を安心させてくれる。・・・けれど一体何なの、これは・・・?
 でも、やっと「これ」の正体が何となくわかったような気がする。
 多分「これ」は、切ないという感覚なんだろう。
 想う相手と何の問題も障害もなく寄り添い、幸せという言葉しか当てはまらないのに、その人を失ってしまうような言い知れぬ不安。
 慎に話したなら、そんな事ないと笑い飛ばしてくれるだろう。
 理由の見あたらない不確かな不安だと思っていたけれど、その理由はきちんと私の中にあった。
 慎を本当に好きで、慎の全てを欲している私の心。慎が恋しくて、愛しくて泣きたくなる私の心。
 お願いだから、どこにも行かないで。私の腕の中から離れていかないで。
 そう言ってしまいそうになる私の心だった。
 きっと慎が想像するよりも、ずっとずっと私は慎に恋をしている。
 初めて感じる恋の切なさに揺れ、幸せのぬくもりを抱き寄せ私は言う。
 慎、大好き・・・
 慎は黙って私に回す腕に力を込めてくれた。

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