「それはね・・・男の直感」
「はいはい」
「バカにすんなぁ。その辺のチャラついた女にゃ慎は渡せねぇ」
「あらあら」
「真由ちゃんならって思ったんだよ。でも、こんなに早く進展するとは思わなかった。真由ちゃん・・・」
「なぁに?」
「慎の事よろしくね。もしダメになったらその時はその時だけど、がんばってよ。ん?縁起でもない事いったな、ごめん」
「わかりました。じゃ、美幸に代わるね」
私とテルくんが電話をしている間に美幸はランチをほとんど食べ終わっていた。美幸はケータイを受け取り2,3言、言葉を交わし電話を切った。
「びっくりよね」
「本当に、たまげるね。TVに出てた人と飲んだなんて・・・きっとこの先もそんな有名人とお知り合いになる事なんて考えられない。慎くんが私の最初で最後の人なんだわ」
「美幸、大丈夫?」
「真由、よぉく考えなよ。実業団バレーの中継でTVに出たのとワケが違うんだよ。日本の10・・・何人?何人だかよくわかんないけど、それに選ばれた人なんだよ、わかる?
どこに行ってもキャーキャー言われる芸能人とは違うけど、知る人ぞ知る有名人。選ばれし日本代表だよ」
美幸に言われて、何だかすごい人なんだと初めて実感した。初めて日本代表だったと聞かされた時は確かに驚いた。でも、私にとっては日本代表の松木慎よりも小犬のように屈託のない笑顔の
松木慎の方がはるかに存在感は大きかったのだ。
「そうか・・・そうなんだ・・・やっぱり、慎くんってすごい人なんだ」
「そうだよ。これからは身の回りに気を付けないと」
「どうして?」
「松木ファンに刺されるかもよ。この女がいなければ私が彼女になれる・・・って」
「ばかばかしい」
「もう少し詳しくテルに訊いておくわ。テル、試合も見に行った事があるらしいから。今週末も逢うの?」
「ううん。金曜から大阪なんだって」
「早くも壁アリ、か」
「それは向こうが一番気にしてた。同じチームに逢えなくて別れる事になった人がいたらしくて」
「真由はどうなの?そういうの平気?」
「どうだろうね。でも、最初にそれを聞かされてるし。ま、がんばれるところまでがんばる」
「うん、その意気だ。応援してるよ。がんばる・・・ね。真由ってさ、初めて逢った頃からスカしてるというか、クールというか」
「えー 何それ?」
「本当の事は誰にも言わないって感じで。前の彼と別れた時も、別にってしか言わないし。だから、私の事も本当はどう思ってるのかなって
思った事もあった」
「ひどーい。美幸の事はずっと友達って思ってたよ。私は美幸が羨ましかった。誰に対してもきちんと自分の考えや気持ちを言えて」
「私、後先を考えない人だから。さて、昼も終わりだ。仕事するか」
「午後もがんばりましょう」
友達、始まった恋。改めて自分の周りに気付いた私だった。
慎くんは毎日メールか電話を入れてくれた。マメだなぁと人事のように思いながらも毎晩11時頃になるとケータイを見ていた。
毎日連絡を入れてくれるのは、そういう性格なのか、時間がとれなくなる事を気にしているのか。それとも、私が強く言ってしまったせいなのだろうか。
腫れ物に触るような付き合いはいやだなぁ。
あの公園から10日経つ明日、仕事帰りに慎くんに逢う予定だ。何故なのか、明日それとなく訊いてみよう。そして、私のイヤな予想が当たって
いるなら、誤解を解かなければ・・・
待ち合わせの場所にほぼ時間通り行くと慎くんはもうそこに立っていた。背の高い男の人もわりと多いが、やはり遠目でもすぐに見つけられる。
「ごめんね。待たせちゃった?」
「5分くらい前に来たところだよ。腹減った、メシ食いに行こう」
並んで歩き始めると慎くんと私はごく自然に手を繋いでいた。
大きくて温かい手。私はこの手を不安にさせちゃいけないと思うと同時に、松木慎という一人の男に相当のめり込んでいる自分を知った。
適当に店を選び、オーダーを終えてから私は慎くんに言った。
「ね、どうして毎日メールや電話をくれるの?」
「え?やっぱ、迷惑だった?」
「そんな事あるわけないじゃない。いつもそろそろかなって待ってるよ」
「なら、いいけど。真由ちゃんこそ、どうして?」
「・・・慎くんがね、元々マメな性格だったり、一緒に居始めってやたら盛り上がる人っているじゃない?ま、最初だけっていうのもいやだけど。・・・まだそういうのならいいけど
何か気にしてるのかなと思って」
「何かって?」
「時間が取れなくなるとか、私も最初にいろいろ強く言ったし・・・」
「時間の事はあるけど・・・オレは義務感でやってるわけじゃないよ。したくてしてるんだよ。真由ちゃんが気にしすぎ」
「そう?それならいいけど・・・私ね、うまく言えないけど時間が取れないっていう不安感っていうのかな。そういうので私に対して腫れ物に触るっていうか、必死って程では
ないだろうけど、それで毎日連絡をくれるのかと思ってたの。私がそう思わせたのかなって」
「今の所、毎日連絡を入れられてるけど、本当に疲れてる時は帰ってメシ食ってフロ入って寝る、で精一杯だったりするよ。そんな時は自分の事でいっぱいいっぱいだから連絡なんか
できないかもしれない。でも、オレ・・・真由ちゃんに必死かもね」
「何言ってるの?バレーの方が大事なクセに。私の方がよっぽど必死よ」
私は・・・いつからこんな事を言えるようになったんだろう・・・
「オレね、他の男や真由ちゃんの今までの彼と比べられたら足りないって言われるかもしれないけど・・・オレなりに真由ちゃんのことを大事にしていきたいって思ってる。つきあ・・・ってるなら、
当たり前の事なんだろうけど」
「ねぇ、慎くんが一生懸命になってるバレーって、確かにマイナスになる部分があるのかもしれないけど・・・そんなに私に対して引け目を感じる事なの?私は・・・
慎くんの笑顔に惹かれた。そして、夢や目標を話してくれた慎くんともっと一緒にいたいって思った。なのに、誰かと比べて負けるかもしれないなんて・・・
そんな中途半端な事を言う慎くんなんて私、好きじゃない」
「・・・真由ちゃん」
「バレーやバレーをやってる自分に自信を持ってるように、私にももっと自信を持ってよ。こいつはオレに惚れてるって」
「・・・うん、ありがとう。今までつきあってきた子たちの中には本当にオレの事を想ってくれてた子もいたんだけどさ。オレ、その子の考えてる事や思ってる事に全然気が付いてやれなくて、すごくキズつけたんだよね。
いづれ、海外のコートに立つ事も考えてるし、やっぱり自分の真ん中にあるのがバレーだから・・・でも、それが人をキズつけいていい理由にはならないし・・・」
海外・・・か。
「もういいっ!ぐだぐだ言うな。さ、食べよ」
「何か、いつもお姉ちゃんだよね」
「私の彼じゃなくて、弟になる?今更1人増えたって何ともないわ」
「弟じゃヤダよ」
「じゃ、ちゃんと言ってよ」
「何を?」
「まだ、僕とおつきあいして頂けませんか?って言われてないんですけど」
「そうだった?言ったような気がするけど」
「いいえ、言われておりません」
「はい。では、僕とおつきあいして頂けませんか?」
「喜んでお受け致します」
「ありがとうございます」
変わったな、私。こんなにムキになったり、本音をぶつけたりする事なんてなかったのに。何かきっかけなんだろう?
慎くんだから?
「何、一人で笑ってるの?」
「教えない。一人の楽しみ。な・い・しょー」
「もう、その内緒ってやめて。オレ、ダメなの、そういうの。気になって仕方ない」
「別にたいした事じゃないよ」
「たいした事じゃないなら、言ってよ」
「自分が変わったなって」
「そうなの?」
「うん。これだけ慎くんにガンガン言ってるから信じてもらえないだろうけど、私ってつきあってた彼に
あんまり本音って言わなかったのね。彼に対して必死になってる自分なんてみっともなくて見せられないって感じで。
いつもカッコつけてたんだと思う。だから、お前はオレじゃなくてもいいんだろうってフラれた時はどうして?!って
しか思えなくて。この前美幸にそれを指摘されて、やっと彼の言葉の意味がわかったような気がする。今更、遅いんだけどね。
でも、慎くんには思ってる事をすぐにムキになって言っちゃってる」
「オレが今一つ煮え切らないからじゃない?」
「どういう事?」
「いいからついて来いっていう男なら、黙ってついて行けばいいけど、オレ、真由ちゃんにそういう事言ってないでしょ」
「じゃ、早く言えるようになってくださいよ」
「期待して待ってなさい」
「そうさせて頂きます」
私の中のモヤモヤが吹っ切れた。それに、自分が変わったのは慎くんのおかげなのか、慎くんだからなのかはわからないけれど、
想う相手にカッコつけずにいられる自分もいることがわかった。
想う相手に安心してもらえるって、自分にとっても気持ちいい事なんだ。それも少しだけわかったような気がする。