「テルが遅くなるから、始めててってさ」
「そうなの?」
「とりあえず、5人で飲んでよう。そんなに遅くならないみたいだし」
ワールドカップの話で盛り上がってしばらくすると、テルくんがやってきた。
「悪りぃ、悪りぃ。あー寒かった。お姉さん、ウーロンハイ。慎くん、ワールドカップお疲れさま、そしてオリンピックおめでとう」
「まだ乾杯してないの。アンタの事、待ってたんだから」
「あ、そうなの?重ね重ね申し訳ございませんでした。今日帰るって聞いてたから、緊急集合にゃびっくりしたぜ、慎」
「悪いな」
「オレに逢いたかったんだろ?相変わらず、かわいいヤツだな、お前は」
「お前こそ、相変わらずだよ」
おまちどおさまです、とテルくんのウーロンハイが運ばれてきた。
「では、みんなが揃った所で、慎くんお疲れさまでした。オリンピックも打ちまくりましょう。カンパーイ」
「乾杯!」
「オリンピックはまだわかんないよ。でも、エントリーされるようにがんばります」
「あれだけ活躍してエントリーされないって事はないでしょう。アタックだけじゃなく、レシーブやブロックの評価もよかったよ。ますますファンも増えたし」
「結局、お前はまたそれかよ」
「だって、何か悔しいじゃん。ノリでキャーキャー騒いでるのなんてね、中ちゃん」
「うん、そうかもしれない」
「あ、慎さん、今度はオレにもメールくださいね」
「ごめん、木村のアドレス聞いてなかったから」
「まだ気にしてたのか、お前は?」
「だって、オレだけ来ないなんて淋しいじゃないですか」
「お前もかわいいなぁ、木村」
「あのさ・・」
「何だよ、慎?」
「うん・・・オレたち、結婚する事にしたから」
慎はビールを飲みながら何でもないように話したのに、みんなは固まっていた。
「本当に?!おめでとう!」
最初に口を開いたのは中川さんだった。
「真由、本当なの?よかったね、お母さん嬉しいよ。で、いつ向こうに行くの?」
「行かないよ」
「どうして?」
「課長のイスは誰にも渡さない」
「まだそんな事言ってるの?夢の海外生活だよ。慎くんが戻ってきたら、できないんだよ?」
「でも、行かないよ」
「ね、田辺さん、もしかして・・・そうなの?」
「何よ、中ちゃん?・・・え?あ?!子供?!」
「あはは」
「あははじゃないよ、真由」
「何だよ、慎。オレにも子供作ってくれよ」
「美幸ちゃんに頼めよ」
「パパかよ、慎。お前、おめでた続きだなぁ、おめでとう」
「いやいや」
私と慎は、照れて笑うしかなかった。
「いつか結婚するだろうとは思ってたけど、ちょっとびっくりだわ」
「オレが一番びっくりだよ」
「式はどうするの?慎くん、明日のヒコーキでしょ?」
「子供が生まれてから、身内だけでやろうかと思ってる。まだ何も決まってないけど、よかったら来てね」
「行くわよ。ええ、行きますとも。ね、中ちゃん」
「当然でしょう。慎くんがいない間はどうするの?」
「慎のおうちで同居。そうだ、美幸、ベッドいらない?」
「あれ?欲しい、欲しい。あと何くれる?」
「お前、本当に強欲ババァだな」
「捨てるのももったいないからいいよ。いろいろあるよ。大きい物はほどんど持って行かないから」
「オレの弟が会社の寮出て、一人暮らしするって言ってるから、残ったのはアイツに持たせりゃいいよ」
「で、いつ引っ越すの?」
「今月中には引っ越す予定だけど、再来週の土曜かなぁ。その次だと年末だし。今度の土曜に引越屋さんに見積もりに来てもらおうかと思ってる」
「何だよ、真由ちゃん、水くせーぜ。引越ならオレと美幸が行ってやるって。一人暮らしの荷物なんてたかが知れてるし、デカイのは持っていかないんだろ。行くよな、美幸?」
「そうだよ、私らがやるって」
「私も手伝うよ。妊婦は見てるだけでいいから。木村も来れるでしょ?」
「オレだけ仲間外れにしないでください」
「ごめんね、みんなありがとう」
「オレがいれば、みんなに手間かけさせる事もなかったんだけど。本当、ごめん」
申し訳なさそうに慎はみんなに頭を下げた。
「私が引っ越す時には、慎くんが手伝いに来て。それでおあいこ」
「ね、田辺さん、引っ越す前に一度遊びに行かせて。荷造り手伝うから」
「たいした物はないけど、来て」
私たちがワイワイ話している間、慎たちはしんみりと話し込んでいた。
「パパか。オレらもそういう年だよな。尾形のトコなんか、上の子が小学生だぜ」
「志田も夏に生まれただろ。同級生が子連れって、まだピンと来ないよな」
「言えてる。集まれば、気分は高校生だもんな。しっかし、驚きだよ」
「オレ?まぁな」
「結婚は予想できたけど、慎に限って子供が先だとは思わなかったよ」
「オレもそれは意外っすね」
「だから、オレが一番びっくりだって。この中途半端な時期にさ。引越の件、悪いけど頼んでもいいか?」
「かまわねーって。な、木村?」
「任せてくださいよ」
「ねね、慎くんは男の子と女の子、どっちがいい?」
「え?別にどっちでもいいかな」
「楽しみだなぁ。早く7月にならないかな」
「早く赤ちゃん、見たいよね」
みんなが私の体を気遣ってくれて、次の店には行かずに解散となった。
「今日、真由の所に泊まるよ。おふくろもそうしろって言ってるし」
「私、明日会社だから7時起きだよ」
「ベッドからお見送りします」
「肉体労働はどうだった?」
「一人で格闘したよ。午後に買いに行って、明日新しいのが届くよ。でも、オレは当分新しいのには寝れない」
「ふてくされー。急に寒くなってきたね。早く帰ろう」
久々に繋ぐ慎の手。やっぱり、あったかい。
そして、私と慎はもうすぐバイバイしてしまう私の部屋で独身最後の仲良しの夜を過ごした。
みんなのおかげで引越も無事に終わり、今までより1時間早起きする生活が始まった。
「ダンナ抜きの同居生活はどうよ?」
「うまくいってると思うけど。お義母さんが、慎とお義父さんはそっくりだって言うのが、よくわかったわ」
「似た者親子ね。気配りちゃんは、遺伝なのね。恐るべしDNAだわ。20年後の慎くんがすぐに想像できるね。もうすぐ帰ってくるね、慎くん」
「うん」
「今年ももうすぐ終わるのに、何の進歩もなかったなぁ」
「そうかな。テルくん、すごくしっかりしてると思うけど?」
「仕事はがんばってるみたいだけど、プライベートはどうでしょ」
「美幸が一番わかってると思うけど、テルくんは本当に頼りになる人だよ。一緒にいれば安心して何でも出来るっていうかさ。早くプロポーズしないと誰かに持って行かれちゃうよ」
「まだいいよ。今更、結婚なんてしなくても今のままでって感じだもん。私さ、中ちゃんたちが来年中に結婚するような気がするんだよね」
「木村くん、がんばってるもんね。でも、尻に敷かれそう」
「それは目に見えてます。しっかりちゃっかり者の中ちゃんだもん」
「さて、もう一踏ん張りするか。あと2日で仕事納めだ」
「冗談でしょ?シン?」
「いや・・・本当だよ」
「エンジェルボーイがエンジェルを作ったって事でしょ?」
「そのエンジェルボーイってやめてくれないかな」
「何だか信じられないわ。彼女はいつこっちに来るの?」
「来ないよ。体も体だし」
「じゃあ、あなたも今シーズンで日本に帰るのね?」
「そうすると思う。彼女は来シーズンもいていいって言ってくれてるけど、父親としてもがんばらなきゃいけないからね」
「淋しくなるわね。でも、私があなただったら同じ選択をするわ。オリンピックのチケットも彼女も子供も手に入れて、チームの成績も独走状態で。シンは幸せね」
「ジェイも彼とうまくいってるんだろ?」
「相変わらず仲良しよ。でも、日本に留学したいって言ったら少し落ち込んでたけど」
「日本とここじゃ近くはないからね」
「でも、通訳になる夢を実現させるためには必要な事だわ。彼は小学校の先生を目指してるの。だから、一緒に日本に行って日本人相手に先生をすれば?って言ったら呆れた顔してたわ。
私と彼は、シンたちのようにはなれないみたい」
「ジェイが本気なら彼もわかってくれるんじゃないかな。ジェイだって、すぐに留学するわけじゃないだろ?」
「当分先の話よ。今はそうしたいっていう希望だけだもの」
「でも、彼はそれだけジェイの事を想ってるって事だよね」
「当たり前よ。私みたいなイイ女は、そうそういないわ。何?その笑いは?失礼ね、シン」
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