慎のお父さんとお母さんは並んで座っていて、二人とも笑顔ではなかった。
「慎から話は聞いたけど、真由ちゃんはそれでいいの?」
「はい」
最初に口を開いたのはお母さんだった。私はお母さんたちの顔をちゃんと見る事が出来なかった。
「今は昔と違って、結婚より子供が先っていうものめずらしくはないからそれをとやかく言うつもりはないけど、子供のためだけに結婚するなら、反対だな」
「だから、それはさっき説明しただろ、親父」
「今更言っても仕方ないが、本当は結婚したいから結婚するっていうのが一番いいんだ。子供だの親だの、結婚するのに理由なんてない方がいい。真由ちゃん、後悔はしないかい?」
「しません」
私は慎のお父さんの目を見て、きっぱりと答えた。
「ねぇ、真由ちゃんのご両親は何て言ってたの?」
「電話に出たのは父でしたが、慎の事情はわかってくれました。明日の都合は大丈夫みたいです」
「真由ちゃん・・・」
「はい?」
「私とお父さんと仲良くしてね」
ずっと張りつめていた緊張と不安の糸が、本当の意味で解けたような気がした。
長かった、この3日間・・・
「明日は何時頃に行けばいいのかしら?お父さん、どうする?」
「一度、会社に行くから・・・3時くらいでいいか」
「真由ちゃん、明日はどうするの?」
「朝、帰ります」
「そうね、その方がいいかもね」
「真由、電話しなよ。そこにあるから」
電話を借りて番号をプッシュしているとお父さんが、あとで代わってくれるかなと言ってきた。
「あ、お母さん?私・・・うん・・・うん・・・明日、3時くらいでどうかな?・・・私は朝、帰るから・・・ちょっと待って、お父さんに代わるから」
慎の父です、とお父さんは恐縮した様子で話し始めた。
「明日は土下座覚悟で行かなきゃ」
「そんな・・・」
「大事な一人娘をこういう形でお嫁さんにもらうのよ。ついでにせがれは、またヒコーキで飛んで行っちゃうし。本当、真由ちゃんのご両親には申し訳ないわ」
「どうもすいません」
慎がぺこっと頭を下げた。
「健の部屋が空いてるから、真由ちゃんの荷物はそこにおいてもらっていいから」
「兄貴の部屋を物置にして、普段はオレの部屋でいいね?」
「うん」
「引越はいつにするの?」
「それはまだ・・・」
「うちはいつでもいいからね。仕事はどうするの?」
「ギリギリまで続けようかと思ってます」
「そうね。ずっと家にいたんじゃつまらないだろうから。でも、無理しちゃだめよ。あ、お父さんどうだった?」
「明日、お待ちしてますって。寿命が縮むよ。健の時はこんなに緊張しなかったんだけどな」
「どうもすいません」
「母さん、つまみと酒」
「オレもハラ減った」
「真由ちゃんが来るとは思わなかったから、カレーしかないけど食べていって」
「すみません。お手伝いします」
「いいの、いいの。引っ越してきてから手伝って。念願の娘との生活よ、お父さん」
「娘なんて持った事がないから、どうしていいかわかんないなぁ」
歓迎されて、本当によかった・・・
「何か、すごく疲れた」
慎に送ってもらい、2人でコタツに入っていた。
「もし、オレが堕ろしてくれって言ってたら、真由はどうした?」
「わかんない。どうしてたんだろうね」
「ま、そんな事どうでもいいか。水曜の夜は飲み会だ」
「そうなの?」
「そうなのって、真由もだよ。みんなにちゃんと言わなきゃいけないだろ?」
「ああ、そうか。あ、美幸に電話しなきゃ、明日休むって」
私は美幸に電話をした。
「ごめん、明日休む」
「はいはい、風邪って事でいいね?」
「うん、よろしくね。あとね、水曜の夜、慎が飲もうって言ってるからテルくんと中川さんたちに伝えてもらえる?」
「本当に?OK、OK。水曜は出社するんでしょ?」
「休むのは明日だけ。じゃ、そういう事でよろしくね」
「あいよ。慎くんによろしく。じゃあね」
ケータイを置き、私は大きく息をついた。
「誰にも言ってないの?」
「言えなかったよ」
「どうした?」
「この3日。いろんな事がありすぎて」
「オレもこんなに急展開するとは思わなかったよ」
「ごめんね」
「謝る事じゃないでしょ?年末、帰ってくるからその時に指輪を買いに行こうか」
私は笑ってうなづいた。結婚指輪かぁ・・・
「オレ、今は嬉しいって思えるよ。これからは自分のためだけじゃなく、真由と子供のためにもがんばるから」
「ううん。慎は今のままでいて。私はその方がいい。来シーズンも戻らないなら、それでもいい。私は大丈夫だから」
「生まれるのって、いつだっけ?」
「予定日は、7月17日」
「7月17日になったらオレもお父様か。その頃、何やってるんだろ」
「オリンピックのメンバーとして練習しててもらわなきゃ困ります」
「そうだな」
「慎、本当に後悔しない?」
「何で?本当は5月にプロポーズしようと思ってたって言ったでしょ。真由こそ、後悔しない?」
「多分、しないんじゃない。でも、慎を後悔させない自信はまだないな」
「大丈夫だよ。今まで離れてて、頼れるのは自分の気持ちしかなかったのに、オレも真由もやってこれた。目に見えないものを信じるって簡単な事じゃないよ。でも、これからは違う」
「そうだね」
慎と交わす約1ヶ月ぶりの口づけ。閉じた目を開けると、慎の右腕の時計が目に入った。
これからは本当に同じ時間を刻んでいけるんだね。
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