Believe you 50

 「田辺さん、具合が悪そうだけど大丈夫?」
 「う、うん。ちょっと胃が痛くて。仕事疲れかな」
 「だから、無理するなって言ったのに」
 「でも、最近は残業してないよ。TVにへばりつきだもん」
 「試合もまた胃痛のタネではあるよね」
 「とにかく、昨日でオリンピックは決まったし、少しは気が楽になったでしょ。慎も真由ちゃんも」
 「そうだね」
 本当はそれ所じゃないけど・・・でも、正直な所、昨日の夜はあんなに焦っていたのに、今日病院に行って断言されてから頭の中がぼやんとしてまともに考える事ができなかった。
 「今日は満員御礼だね。さすが、土曜日」
 「土曜のせいだけじゃないよ。代表で人気を分けてるのってスーパーエースの金井と慎くんなんだよ。どっちもいい顔してるし。ネットを見てると慎くんのにわかファンがわんさかいて、私は慎くんの知り合いだって書き込みしたくなるね」
 「そのにわかファンに対抗して優位に立とうとするお前のその根性が浅ましい」
 「うるさい。そいいうアンタこそ、会社の女の子に、松木慎ってオレの友達なんだぁとか自慢してるんじゃないでしょうね?」
 「あーいや・・・それは・・・少しだけな」
 「テルさん、がっかりっすね」
 「うるせー木村、お前には言われたくねー」
 「ほら、始まるよ」
 音楽が鳴り響き、オープニングデモンストレーションのスタート。ライブの始まりのようでドキドキしてくる。TVで観るのとは大違い。
 「すごいね。アドレナリン出まくり。あ、キャー慎くーんッ」
 慎の登場に美幸と中川さんは立ち上がって騒いでいた。
 「ったく、うるせー女だよ」
 「実はオレも・・・大声出したいですけどね」
 「始まればイヤでも大声になるって」
 観客席を見渡すと、TVで見かけたような手作りの応援幕がたくさんある。私たちの前には、慎を応援する女の子たち。
 試合開始。 がんばれ、慎。
 熱気や声援で別世界に来たような私は、抱え込んでいるものを忘れ試合に夢中になっていた。
 快調にスタートを切った慎たちは、途中リードされる場面も何度かあったが1セット目は順調に勝ちを収めていた。
 沸き上がる歓声に私の声も次第に大きくなり、周りをはばかる事なく慎の名前を呼んでいた。当然、コートの中の慎に私の声は届かない。それでも私は大声で慎の名前を呼び、興奮しながら応援していた。
 2セット目終了後、選手たちは一度控え室に戻る。
 ベンチに戻った慎は、タオルで汗を拭きながら観客席の方を見ていた。
 「ね、慎くん、真由の事を探してるんじゃない?テル、ほら、慎くん呼んで!木村くんも早くッ!」
 美幸に急かされ、テルくんと木村くんは大声で慎を呼んでくれたが、方々から出る選手達への声援にかき消され慎には届いていないようだった。
 「慎ッ!ダメだ、聞こえねーよ」
 「いいから、早く。控え室に行っちゃうじゃない」
 「わかってるよ。慎ッ!ああ、もうクソッ、タロウーッ!」
 タロウ?テルくん、ヤケになりすぎ。
 「真由ッ、ほら、手振って。慎くん、こっちこっちーっ」
 テルくんの声が聞こえたらしく、慎が私たちの方を向いた。私たちに気付き、笑顔を見せてくれた慎はみんなと控え室に戻っていった。
 「何なのよ、タロウって?犬の名前でしょ、それは」
 「いいじゃねーかよ。慎がわかったんだから。あっちゃこっちゃから、慎、慎って呼んでるんだからオレの声なんて消されちまうって。それにしてもちょっと淋しいリアクションだったな」
 「仕方ないよ。リーグ戦と違うんだから。全国放送だし、またナンダカンダ言うヤツがいるんだよ。モテない男のヒガミでさ」
 「うーん、美幸ちゃんキツイ一発ありがとう。そうだよな、やっぱり有名人は恋人にすらアピールできないのね、哀しいわ」
 「テルさんは大丈夫っすよ。慎さんみたいに有名になる事はないだろうから」
 「木村、てめーッ」
 慎、私は慎の小犬みたいな笑顔が大好きだよ。でも、あと何回それが見られるのかな。もう私にその笑顔で応えてくれる事はないのかな・・・
 慎の笑顔は私に、今だけは忘れていた事を思い出させた。私の手は無意識にお腹を押さえていた。
 
 選手達が控え室に戻りしばらくすると、観客席もだいぶ静まってきた。もうフツーの声で話ができる。
 「金井さんのアタックも決まってたけど、慎くんもすごかったね」
 「そりゃそうよ、田辺さんが来てるんだもの。はりきっちゃうでしょ」
 「そこがまたかわいいんだよな。慎は純情青年だから」
 「誰かさんと違ってね」
 「うるせーっつーのッ」
 「でも、慎がこっち向いたのはテルくんのおかげだよ」
 「優しいのは真由ちゃんだけだよ。慎に渡すんじゃなかった」
 「あれ?・・・誰かケータイ鳴ってるよ」
 着信していたのは、私のケータイだった。
 「メールだ」
 着信したメールは、4文字だけの短い内容だった。そして、それをみんなに見せた。
       みつけた
 「慎くん?あーもーどこまでいい男なのぉ」
 「本当、涙が出てくるくらい羨ましいよね」
 「木村、2人で強く生きていこうな」
 「いや、オレは慎さんみたいになりますよ」
 「ゆかりちゃんも来れればよかたのにね」
 「お姉ちゃんの結婚式じゃ仕方ないでしょ。それに大阪で式だし。でも、この勇姿をナマで見る機会なんてめったにないのにね」
 「始まるぞ」
 結婚・・・か。私は軽く溜息をつき、気を取り直してコートを見つめた。
 その後、慎たちは3セット目を落とし、4セット目は接戦の末勝ち取った。セットカウント3−1で日本の、慎たちの勝利。場内は割れんばかりの声援だった。
 「勝っちゃいましたね」
 「当然よ、慎くんがいるんだもん。アタックは当然ながら、ブロックもサーブもほとんどミスなし。やっぱり、海外でプレーしてるって感じの動きだわ」
 「真由には申し訳ないけど、日本を飛び出して正解だったのかもね」
 「私も行ってよかったんだって、思うよ」
 「それもこれもみーんな真由ちゃんがいたからだよ。オレの慎をここまで育ててくれてありがとう。うっうっ・・・」
 「またバカ言ってるよ、この男は。さて、私たちも帰ろうか」
 場内は興奮と熱気で熱いくらいだったのに、さすがに11月最後の土曜の夜は寒い。
 「これから、どうする?また慎くんを待つ?」
 「いいよ。寒いから帰ろう。ワールドカップブームで出待ちの子がいっぱいいるだろうし」
 「真由がいいなら、いいけど。じゃ、みんなで祝杯をあげに行こうか」
 「田辺さん、胃は大丈夫?」
 「あ・・・うん。行こう、行こう」
 「慎って、いつ戻るんだっけ?」
 「水曜のヒコーキ」
 「そっか、戻る前に一度逢いたかったな」
 「そうだね。オリンピックおめでとう飲み会したかったね」
 ・・・ごめん、みんな。多分、私のせいでダメかもしれない。
 「何しょげてんの、テル?5月にはまた戻ってくるんだからいいじゃない。さ、行こう。寒い、寒い」
 私はみんなで慎の祝杯を挙げて帰ると、慎にメールを入れた。先にメールを入れておけば、慎が電話をしてくる事はないだろう。今はまだ慎と直接は話したくなかった。私の様子が違うときづかれるのが怖かった。
 居酒屋では胃の調子がよくないからとジュースで乾杯をした。本当の所、みんなと騒ぐ気分ではなかったけれど病院で言われた事がだんだんと重みを増してきた。慎の笑顔が皮肉にも私を現実に引き戻した。騒ぎたい気分ではなくても一人でいるのはイヤだった。 一人で考えてしまう時間を持ちたくなかった。誰かに話してしまえば少しは楽になれるのかもしれないけど、人に言えるような事ではない。
 私がぼんやりしていると、テルくんのケータイが回ってきた。
 「どうしたの、真由?胃、痛い?大丈夫?」
 「大丈夫。ごめん、何?」
 私は一人でモヤモヤ、グルグルしてみんなの話を聞いていなかった。
 「はい。ほら、真由も」
 渡されたケータイには、みんなが一言ずつ慎におめでとうとメッセージを入れていた。私もみんなと同じような言葉を入れ、美幸にケータイを渡した。
 「真由はいつ慎くんと逢うの?明日の最終戦が終わってから?」
 「明日は試合の後、いろいろあるみたいだから、月曜に時間が取れれば」
 「近くにいるのにすぐに逢えないなんて、ビッグな人はつらいね」
 「私・・・12番の須川さん?あの人のファンになっちゃった。カッコよかったぁ」
 「あんたね・・・わかってる?」
 「何が?」
 「今回のワールドカップで慎くんがどれだけファンを増やしたか。スーパーエースの金井も人気があるけど、慎くんだってハンパじゃないよ。ね、テル?」
 「そうそう。掲示板専門のサイトなんて、ズラーっと慎くん大好きだのなんだのって」
 「そうなの?」
 「真由は何もわかってない。近くにいるからだろうけど、慎くんってホンットいい男だよ。ゼータク言ってると、そのうち刺されるからね」
 「そうだよ。美幸は怖いよ。おっと、ケータイが・・・慎からだ。ほれ、木村、お前宛のメッセージもあるぞ」
 「私たちのは?」
 「コワイ人はキライって」
 「ちょっと貸しなさいよ。あれ?私と中ちゃんには何もないわけ?慎くん、冷たいな」
 「あ、ちょっと待って、メール・・・・慎くん。美幸ちゃんにもすぐに入るよ」
 「本当に?ね、真由わかったでしょ。私たちはまとめてメールしたのに慎くんは、みんなにそれぞれ返事を返すんだよ。ありがとう、みんなによろしくぅ、なんてまとめて返すのがフツーなのに。おっと、説教なんぞたれてる場合じゃないわ。ケータイ、ケータイっと」
 わかってるよ。慎の良さは痛いくらいにわかってるよ・・・
 「ちょっと待ってくださいよ。どうして、オレだけメールがないんですか?」
 「慎がお前の事、キライだからだろ?」
 「そんなぁ」
 「木村くん、アド教えてないでしょ?知ってたら、ちゃんと返してるよ慎くんなら」
 「そか。教えた事も聞かれた事もなかったな。って、美樹は慎さんのアド知ってたの?」
 「当たり前でしょ。愛人ですもの」
 「オレだけ仲間外れ?」
 「木村くん、はい、慎のアドレス」
 私はケータイに慎のアドを表示させ木村くんに渡した。
 「田辺さん、ありがとうございます」
 「それよりもですね、美樹ちゃん?」
 「何かしら?」
 「どうして慎にアドを教えて、オレには教えてくれないのかしら?」
 「あら、知らなかったっけ?でも、教えなーい」
 「どうして?!」
 だって・・・まだ死にたくないもん、と中川さんは美幸の方を見た。
 「中ちゃん、それはドえらい誤解だよ。差し支えなければこの下僕に教えてやってくださいよ」
 「テルさん、オレのは?」
 「ヤローのはいらん。美樹ちゃんのを知ってれば、お前には連絡がつくから必要ない。でも、どーしても知っておいてほしいっていうなら、聞いてもいいぞ」
 「ひでーなぁ。あ、田辺さん、メールが」
 木村くんからケータイを受け取ると、慎からのメールだった。
      お陰様で勝てました。みんなの応援とお守りのおかげです。
      明日もがんばります。帰りは気をつけて帰るように。
      じゃ、おやすみ
 「熱っーいラブメール?」
 「違うよ、ほら」
 私は美幸にメールを見せた。
 「ふーん。で、お守りって?」
 「お守りってほどじゃないよ」
 テル、木村くん怒るなよと前置きして美幸は話し出した。
 「真由と慎くんは仲良しだよね。さっき、中ちゃんが涙が出るくらい羨ましいって言ったでしょ。私も本当にそう思うよ。真由にとってはフツーの事に見えても、慎くんがしてくれる事はフツーじゃないんだって。 ベタベタ気持ち悪い仲良しがゴロゴロいるのに全然嫌みじゃないし、みんなといればみんなと楽しむってルールもちゃんとわかってる」
 「そうだね。みんなそれぞれちゃんと良い所はあるけど、慎くんはちょっと別格かな」
 「アイツはね、そういうヤツなんだよ、昔から。ぼんやり坊ちゃんなくせに息するのと同じくらいフツーに人に優しくできちゃうんだ。全然無意識にそういう事ができちゃうわけ。付き合う女の子も大事するし。 アイツね、高校の時はまじでモテてたよ」
 「アンタも少しは見習いなさいよ、テル」
 「しぃーましぇん」
 「みんなで私をいじめないでよぉ」
 ね、みんな、今は慎の事を褒めるのはやめて。そういう慎に対して、どんどん罪悪感が出て来ちゃうから・・・

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