「もしもし?真由です。今、電車に乗ったから」
「うん、わかった。改札は1つしかないけど、出口は2つあるから西口に出てもらえる?タロウが一緒で中に入れないから外で待ってるよ」
「西口ね。わかった。じゃ、あとで」
用がない限り乗らないこの下り電車からの風景は何の変哲もないものなのに、私には楽しいものだった。
言われた通り西口へ出るとすぐに慎くんを見つけることができた。人も少ない事もあったけれど、あの身長はやはり目立っていた。
「こんにちわ」
「こんちわ。タロウです」
タロウは人なつっこそうな目で私を見て、しっぽを振ってくれた。
「タロウを連れて、公園にでも行こうか」
私たちは並んで歩き出した。並んで歩くのは初めてではないのに私の心臓はまたドキドキしていた。
日曜の午後の公園は親子連れや子供達でいっぱいだった。
「ここはいつも散歩コースなの?」
「いつもではないけど、わりと来るかな。普段は家から駅と逆方向にある公園に行ってる」
ベンチに並んで腰を下ろし、遊び回る子供達を眺めながら私は慎くんの話を聞いていた。タロウはいつの間にか足許で昼寝を始めている。
何となく中学の部活で始めたバレー。いつの間にかバレーにのめり込んで行った自分。そして、もっと上手くなりたい、もっと上に行きたいと思っている事。そのために海外でプレーを希望している事。
慎くんは一言一言大事そうに私に話してくれた。
「いつ、海外に行くの?」
「まだ、はっきりとは決めてないけど・・・早かったら来春、トライアウトを受けるかもしれない」
「トライアウト?」
「適性試験。入団試験だね。いくら全日本に名前がエントリーされたからって、お呼びがかからないんじゃ自分から行くしかないでしょ?」
「全日本?!実業団じゃなかったの?!」
「あ?テルから聞いてない?会社でもやってるけど、ま、一応代表にも名前は入ってたんだ。来年のワールドカップはどうなるかわかんないけどね。大会の登録選手は12人で、その中には当然セッターやリベロ、センターも
入るから狭き門だけど、オレはその狭き門をくぐるよ。ウィングスパイカー(アタッカー)としてコートに立つ。オレね、ウィングスパイカーとしては背が高い方じゃないから、高く飛ぶしかないんだよね。跳ぶ、じゃなくて飛ぶ、ね。」
「・・・・・・・」
「どうしたの?」
「・・・だって、日本代表だなんて・・・TVでしか見れないような人と隣で話してるなんて・・・私にとっては、総理大臣と話してるようなものよ」
「大げさだなぁ。TVに映ったりするとさ、特別に見えるのかもしれないけど、芸能人じゃないんだからみんなフツーの一般人だよ。それに前の国際大会、オレも出たし、ゴールデンタイムに放送してたけど見てないでしょ?」
「チラッとは見たけど・・・真剣には観てない・・・でも、日本代表でTVに映ってた人と今隣りで話してるなんて、すぐには信じられないよ」
「芸能人じゃないんだから、この程度だって。でも、この次は観てね」
「了解」
「ね、真由ちゃんさ・・・」
「何?」
「真由ちゃんが・・・暇なときでいいから・・・また遊んでもらえるかな?」
「私が暇な時?どうして自分を安売りするの?」
「そういうわけじゃないけど・・・ただ、オレ普通のサラリーマンとは違うからさ。リーグ戦が始まったら1ヶ月近く顔を合わせないような事もあるだろうし。遠征もあるし・・・」
「だから、何?」
「んー、女の子ってさ、やっぱり逢いたい時に逢えるヤツの方がいいでしょ?」
「私も随分安く見られたもんね」
「そんな事ないよ。ただ逢えないのはオレの都合の方が絶対的に多いだろうし・・・」
「忙しくて、ケータイに触る暇もない、と」
「電話かメールは毎日入れるよ。でも、女の子はそれだけじゃ、ダメなんでしょ?」
「誰を例に話してるの?」
「・・・チームの先輩の前の彼女」
「その彼女はそうだったのかもしれないけど。だからって女がみんなそうだって思うのはどうかと思うけど」
「・・・うん」
慎くんは空を見上げて黙ってしまった。私もこんなにムキになる事じゃないのに。・・・バカだ。
「真由ちゃんから見たオレの第一印象ってやっぱりデカイ、でしょ?」
「うん、そうだね。きっとこの公園にいる人に訊いてもみんなそう答えるんじゃない?」
「多分ね。で、その次の印象っていうか、ある?」
「うーん・・・小犬みたいに笑うんだなって思った」
「小犬?よくわかんないけど。その次は?」
「その次は・・・内緒」
「何だよ、それ」
「じゃあ、あそこの自販機でコーヒー買ってきてくれたら、教えてあげる」
「はいはい、行ってきますよ」
ぼんやりと慎くんの後ろ姿を眺めていた。ははは、やっぱり背が高いな。
「はい、お姫様、どうぞ」
「ありがとう」
「早く内緒を教えてよ」
少しふくれっ面な慎くん。
「その前に・・・私の方はどうなの?」
「真由ちゃん?テルからは、顔はかわいいって言うよりキレイ系で、性格はお姉ちゃんって」
「お姉ちゃん?!」
「しっかりしてるって事らしいよ。でもさ、性格は別としてああいう席での顔の評価ってアテになんないじゃん?好みもあるし。だから、テルの話を
100とすると、期待度30〜40だった」
「で、実物を見てどうでした?」
「期待はずれ」
「は?!」
「全然良かったって事だよ」
「それはどうも」
私は照れ隠しに缶コーヒーを半分ほど一気に飲んだ。
「あとは?」
「あと?最初の店では話してて楽しいなってくらいで。2件目に行く途中、190cmの世界がどうのって真由ちゃんが言ったの覚えてる?」
「覚えてるよ」
「同じ物を見てるのに全然違って見える。その言葉にちょっと感動した。そんな事考えた事もなかったからね。そして、おじさんのハゲ頭の話には
感銘を受けた」
私も自分が言った事を改めて思い出し、笑ってしまった。
「それで?」
「その時からかな、気になり出したのは。帰る時も飲み物を買いに行ったり、タクシーを探しに行ったり。しっかりお姉ちゃんしてたね」
「弟が2人もいるお姉ちゃんだって教えたでしょ?」
「うん。オレ、今度の金曜から遠征で大阪に行くのね。だから、昨日のうちにメールしなきゃオレなんか忘れられちゃうかなと思って。それで根性出してメールしたの。
以上です。早くさっきの内緒を教えてよ」
私は残りのコーヒーを一気に飲み干した。
「コーヒーと一緒に下まで降りちゃった」
「そんなのずるいよ。オレにばっかり言わせて。ちゃんと言え」
「じゃ、私の勝ちよ」
「は?」
「私は慎くんの小犬みたいな笑顔に一目惚れよ」
「・・・真由ちゃん」
「あーあ、言っちゃった。告白なんて、生まれて初めてしたわ」
この日、この公園から私たちの時間が始まった。
月曜日、美幸は私に慎くんの事を早口に聞いてきた。
「ね、どうするの?私はオススメだけどな。笑った顔もかわいいし。テルがいなけりゃ私が欲しいくらいよ」
「でも、テルくんがいいんでしょ?その話はお昼にね」
「そうだね。課長がにらんでる。さぁ、仕事、仕事」
午前中の3時間の仕事を終え、お昼になると美幸は一番先に席を立ち、私の腕を掴んでいつものランチレストランへ入った。
「ね、ね、どういう事?」
「何が?」
「お昼にね、なんてやけに意味深な事言うし・・・え?!もしかして、そうなの?!」
「美幸、声が大きい」
「そう・・・そうなの・・・びっくりよ。でも、よかったね」
「・・・うん、まあね。そうだ、美幸、実業団でバレーやってるってしか言わなかったでしょ?」
「違うの?テルがそう言ってたから」
「実業団なだけじゃなくて、日本代表だって」
「まじ?!そんなのテルから聞いてないよ、ちょっと待って」
美幸は慌ててケータイを出し、テルくんに電話を始めた。私は美幸たちの話を気にせず、運ばれてきたハンバーグを食べていると、
しばらく話していた美幸が私の方にケータイを差し出してきた。
「真由、テルが話したいって」
美幸からケータイを受け取り、私は口の中の物を急いで飲み込んだ。
「真由ちゃん、ごめんね。黙ってて」
「そうだよ。びっくりして腰が抜けるかと思ったよ」
「隠してたわけじゃないんだけどさ・・・美幸が真由ちゃんはフツーのサラリーマンがいいみたいな事を言ってたって言うし、それに
先にその話をしたら慎の事フツーに見てもらえない、かなぁと思って」
「うーん、確かにそれはあったかもしれないけど・・・」
「でしょ、でしょ。真由ちゃんに限ってそんな事はないだろうけど、男の肩書きに惚れる女っているじゃん?」
「私はそういうのには興味ないけど」
「わかってるって。ま、とにかくさ、仕事柄時間的な都合は少し問題アリなのかもしれないけど、慎はいいヤツだから。女に関しては
結構かなりまじめ。今まで美幸の友達に何人か会った事があるけど、真由ちゃんを指名したのは実はオレなんだ」
「どうして?」