「あの日・・・行かなきゃよかった。慎に逢わなければよかった。もっと・・・楽に付き合える人と一緒にいればよかった。こんなに・・・こんなに好きにならなきゃよかったッ」
私は泣きながら、わめき散らしていた。
「もう行かないでよ、慎。もう、ずっと一緒にいてよ。離れたら私の事なんて忘れられそうでこわいよ・・・慎に・・・ついて行けばよかった・・・」
−もう行かないで
揺れても、揺らされても決して切れる事のなかった心の琴線を私は自分の手で断ち切ってしまった。行かないで、戻ってきて、は絶対に言ってはいけないと決めていたのに。
慎は私の方に向き直り、抱き寄せてくれた。
「真由を考えない日なんて一度もなかったよ。何をしてても、真由が一緒だったらなって。・・・あのネコの絵は最初は壁に飾ってたけど、いつでも手に取れるように今はテーブルの上にあるんだ。ベッドの枕元にはあのフォトスタンドがある。疲れて帰って来ても、
真由の笑顔を見れば、またがんばらなきゃなって思えた。真由がオレを支えてくれてたんだ。・・・でも疲れて過ぎて、精神的にもボロボロになってる時は写真の笑顔だけじゃ足りなくて・・・何度も真由に電話しようかと思った」
「電話してくれればよかったじゃない」
「オレは、真由を逃げ道にしたくなかった。飛び出したのはオレなのに、自分がつらい時だけ都合良く電話するなんて事はしたくなかった。それに・・・オレもこわかった。ボロボロになってるから良くない事しか考えられなくて・・・本当は真由の気持ちはオレに向いてないんじゃないか、
もう他のヤツの事を見てるんじゃないかって」
「どうして?!」
「真由が好きだから。一緒にいる時間を作れなくしたのはオレだから、バイバイって言われても仕方ないって頭ではわかってた。でも、真由がいなくなるのがこわかった・・・STAY WITH YOUって書いてあっても、時間が経てば気が変わるかもしれない。全てが過去形になったら、そう思うとどうしていいかわからなかった・・・
オレも同じだよ。好きでいる自信はあっても、好きでいてもらえる自信はなかった」
「・・・こんなに慎が好きなのに?!こんなに誰かを好きになった事なんかないのに?!」
「それも同じだよ。真由、好きだよ。愛してる」
止まらない涙。止められない想い。
「日本に戻るまで待っててほしいって、私に言ったよね?私、本当に待っててもいいの?待ってたら、また前みたいに一緒にいられるようになるの?」
私の顔は、もう涙でぐちゃぐちゃだった。
「待っててほしいから、待っててって言った。勝手な言い分だけどね。戻ってきてもバレーを辞めるわけじゃないけど、一緒にいるよ。オレが真由と一緒にいたいんだ」
「本当に?」
「オレ、真由にウソをついた事ないよ。オレに逢わなきゃよかったって真由は言ったけど、オレは真由に逢えてよかったって思ってる」
「あ、あれは・・・」
「オレについて来いって、真由を連れて行けばよかったかなって向こうに戻ってから少し後悔したよ」
「慎・・・いろいろ・・・ごめん。もう大丈夫だから、行って」
私はぐちゃぐちゃの泣き顔で精一杯の笑顔を作った。
「泣かせてばっかりだな、オレは」
「慎が好きだから泣くんだよ。どうでもよかったら、もったいなくて涙なんか流せない」
慎は私の言葉に笑っていた。
「もしオレがバレーをやってなかったら、今頃真由とはどうしてたのかな?」
「逢ってなかったかもしれないよ。全ての偶然は必然であり、全ての偶然は必然への積み重ねである、だよ」
「じゃ、バレーをやっててよかったわけだ」
「そういう事。それに慎からバレーを取ったら、残るのはその身長だけでしょ?」
「あのな・・・ま、当たらずとも遠からずだね」
私たちは顔を見合わせて笑った。慎の小犬のような笑顔は変わっていない。
「さて、そろそろ行くか」
「慎、試合にも自分にも負けるな。私もがんばるから」
「行ってきます」
長い口づけのあと、慎は玄関のドアを閉じた。
笑って見送ったのだからもう泣くまいと思っているのに、涙は溢れてくる。
私は自分だけが不安になっていると思っていた。とんだヒロインごっこ。バカみたい・・・どうしていつも自分の事ばかりなんだろう・・・
私は慎に逢って変わったはず。でも、それも独りよがりだったのかもしれない。
慎がタバコを吸わないから、私も吸わなくなった。
慎がいたから、自分に素直になれた。
慎ががんばっているから、私もかんばろうと思えた。
慎が・・・慎が・・・
私が私を変えたのではなく、私が変わったのは慎がいたから。何もかも慎が傍にいてくれたから。今の私の全ては慎がいるから・・・
慎との時間が始まり、どんどん私の中で慎の存在が大きくなっていくのはわかっていた。
けれど、私の全てに慎が、という言葉がついていた事に今更気付くなんて、私はバカ。自分の事ばかりの自己チューの大バカ。
慎を好きでいる事が時にはつらく感じるけれど、もうこの想いは止められない。
私は慎の帰った部屋で一人、声を出して泣いた。
|