「海外に移籍し、今期2シーズン目を迎えた男子バレーの松木慎選手が本日ワールドカップ出場の為に帰国しました」
スポーツニュース番組の女性キャスターがにこやかな笑顔で空港に着いた慎の映像をバックに解説していた。
「すごいね、慎」
「もういいよ、見なくて。恥ずかしいから」
インタビュー場面になると慎は番組を変えてしまった。
「いいじゃない、見せてよ」
「いいって、もう。自分の試合のビデオは見れるけど、こういうのは恥ずかしくて見てらんない」
「変なの、照れちゃって。慎はそういう存在なんだよ、わかってる?」
「わかんないよ。TVに出たくてバレーやってるわけじゃないんだから」
「お母さんもニュースでわかってるよね、今日慎が帰って来た事。なのに、家に戻らないでうちに来てる・・・」
「今日帰国する話はしてあるし、真由の所に行ってから帰るって言ってあるよ」
「何て言ってた?」
「じゃ、帰って来ないのね?あんたの分、晩ご飯は用意しないからねって」
「あ、そう・・・先に家に帰ってからでよかったのに」
「別におふくろは怒ってないから。怒ってるなら口に出す人だから気にしなくていいよ、ホントに」
「そうなのかな」
「そうなの。気にするだけ損だよ。そろそろ寝よ。やっぱりヒコーキはダメだ。今日はコタツで寝ようかな」
「ダメ、風邪ひいたらどうするの?こんな時期に」
「このベッド、何だかすごく懐かしい気がする」
「狭いって事?1人で大きなベッドに寝てるからそう思うのよ」
「大きくないよ、これと同じセミダブルだもん。・・・真由、あさってから練習に合流するから、もしかしたら・・・ワールドカップが終わるまで全然逢えないかもしれない」
「仕方ないよ。でも、スポーツニュースを見てれば慎が見れるんじゃない?」
「もう、TVはいいって。連絡は毎日入れるから、TVチェックなんてやめてくれ」
慎が照れたように笑う。慎の笑顔を見る私は、またあの胸を締め付けられるような感覚を覚える。私は慎の体に腕を回す。
「どうした?」
「・・・こわいよ」
「何が?」
「逢わないでいる事は我慢できるけど・・・逢わないでいたら、また慎に終わりにしようっていわれそうで。私は慎を信じていられるけど、慎はどうなんだろうって思ったら・・・離れるのがこわい」
慎は私の名を呼び、抱き寄せてくれる。
「真由に対する想いをどう伝えていいのかわからない。今みたいに腕を回せば安心していられるって言われても、いつもできるわけじゃない。どんな言葉を使っていいのか、それすらよくわからない。
愛してるって言葉だけじゃ足りないような気もする。とにかく、オレは真由にいてほしい。真由が必要だよ」
「この前みたいな気持ちにならないって言い切れる?慎は、自分がいない方がいいって言ったんだよ」
「ごめんな。確かにそう言ったけれど、オレは一緒にいたかったし、いてほしかったよ」
「本当に?本当に今でもそう思ってる?」
「思ってるよ。だから、いづれ日本に戻ってくるまで待っててほしいって言ったんだよ」
私は返事をする代わりに回した腕に力を込めた。
「真由を不安にさせてるのは、オレなんだな」
「だから、お願いだから、そんな事言わないで」
「ごめん・・・」
「慎、ウソでいいから好きだって、愛してるって言ってよ」
「真由、どうしてウソでいいなんて言うんだ?そういう言い方は、オレだってキズつくよ。オレは本当に真由の事を想ってるよ」
「だって・・・」
「真由、オレを信じろ」
慎の腕にはさらに力が込められ、強くきつく私を抱きしめる。口唇が、体が、鼓動が私の上に重なる。慎が私を抱き、私が慎を抱く。私の体が慎の名前を呼ぶ。
誰にも渡したくない。ずっとずっと私だけの慎でいてほしい・・・
そう思うだけで泣きたくもないのに、涙が出る。
「頼むから、泣くなよ」
慎の言葉に何とか笑顔を作って、私はうなづいた。
「仕事はどう?」
「忙しいね。うちの会社って、11月にもプチ異動があるの。課長に別の所に行って修行してくるかって言われた」
「それって、真由が認められたって事でしょ?がんばったんだ」
「でも、断った。まだやれる事があるのに他に行っても中途半端になるだけでしょ。どうせやるなら、ちゃんとできるようになりたいし」
「オレも真由に負けないようにしなきゃな。明日から練習に入る。いい意味で緊張してるよ。合間にオフは入るだろうけど・・・多分、真由との時間はとれないと思う」
「だから、わかってるって。練習に集中しなさい」
「近くにいるのにな」
「仕方ないよ。他の人だって同じでしょ?私も試合を見に行くから」
「ありがとう。チケットは取ってあげるよ。美幸ちゃんたちの分も取れるから、一緒においで」
ソファに座った慎の右手に私の左手を合わせてみる。
「おっきいよね」
「真由よりは大きいけど、そんなに大きくはないよ。・・・真由、今、何を考えてる?」
「どうして?」
「無理して笑ってるから」
慎が私をじっと見る。何もかも見透かされそうで、私は目をそらしてしまった。
「言っていいよ、真由。言っていいよって言うより言ってほしい。今の真由を見てたら、オレは帰れない。帰っても次に逢う時までずっと気にしてると思う」
きっと慎は真顔で話しているのだろう。私は目をそらしたまま、慎の顔を見ようとしなかった。
「真由、言いたい事があるなら我慢しないで言えって言っただろ?オレの事は気にしなくていいから」
「別に・・・何でもないよ」
「・・・そう、わかった・・・じゃ、オレは帰るから」
立ち上がる慎を横目で見て、泣き出しそうになるのを我慢するために私は歯を食いしばった。
「仕事、大変だろうけど無理しないように。帰ったらケータイ繋ぐから、何かあったらケータイに連絡して・・・それじゃ」
慎は座ったままの私の頭に軽く手をのせ、横を通り過ぎて行く。背中に部屋のドアが開く音がする。
「慎っ」
私は慎に駆け寄り、腕を掴んだ。
「ねぇ、本当に、本当に私の事を好きでいてくれる?」
「当たり前だろ」
「どうしてそんなに軽く言うの?!私はこわいよ。慎がいなくなりそうでこわいよ」
「どうしてそんな風に思うの?」
「好きだから、慎が好きだから。・・・でも、慎はいつも私の事を考えてくれてるのに、私の好きは一方的で・・・だから・・・だから・・・」
私は泣いてうまく話せない。
「そんな事ないよ。真由はいつも自分の事よりオレの事を先に考えてくれてたよ。真由はオレが海外に行くって言った時、本当に行ってもいいと思った?」
「いいわけないじゃない。できるなら、行ってほしくなかったよ」
「オレのために行っていいって言ってくれたんだから、一方的なんかじゃないよ。あの時、真由に行かないでって言われても、オレは行ったと思う。でも真由は笑って送り出してくれた。それ以前に言い出せないオレを見て言葉を掛けてくれた。
今のオレがあるのは、オレ自身の努力だけじゃなくて背中を押してくれた真由のおかげでもあるんだよ。一方的だなんて、それは真由の誤解だよ」
ゆっくり子供に言い聞かせるように話す慎の顔を見ると、慎は優しく笑いかけてくれた。
|