Believe you 43

 慎とはなかなか顔を合わせないまま梅雨が明けた。今年の夏もいつも通りの夏とTVは言っていた。
 梅雨明け最初の金曜の今日は絵に描いたような夏空だった。今日はみんなで飲みに行く。気合い入れて定時上がりだよ、と美幸と中川さんはランチの時に約束していた。
 「お疲れさまです」
 仕事も覚えてきたゆかりちゃんは、ここの所同行で外回りが多い。
 「お疲れさま。課長は?」
 「戻る途中で電話が入って、もう1件寄ってから戻るそうです。そうだ、田辺さんに訊こうと思ってたんですけど」
 「何?何だかコワイなぁ」
 「田辺さんの彼って・・・TVに出てません?何度か見たような気がするんですけど」
 「実業団でバレーやってたからね」
 「最近も、ですよ。彼の名前、何て言うんですか?」
 「松・・・木・・・だけど・・・」
 美幸は聞いていないフリをして、下を向いて笑っている。
 「えーまじですか?!あの人ですよね?やーだ、もう信じられない。結構前に何となくスポーツニュース見てたら、あれっ?!て思って。それから毎日気にして見るようになって 昨日も訊こうと思ってたけど、忙しくて忘れちゃってて。やだぁ、田辺さんすごぉい」
 「別に私はすごくないよ。フツーの会社員ですから」
 「前原さんの彼の友達なんですよね?」
 「残念ながらテルは、超一般人だよ」
 「それがフツーですって。今度、ナマで見せてくださいよ。遠目でしか見た事ないから」
 「間近で見たら、ゲンメツするかもよ」
 それはないでしょう、と言って美幸は席を立った。
 「田辺さん、しばらく遠恋してたんですよね。すごいな」
 「遠恋なんて、そんなにめずらしい事じゃないでしょ」
 「私はご存じの通り失敗しましたよ。悪いのは向こうですけどね」
 慎の話をするのが何だか照れくさくて、私は何とか話をそらしたかった。
 「ゆかりちゃんの新しい彼はどうなの?」
 「まだ付き合ったばかりだから、様子見ですね。最初って、お互いネコかぶってるし。でも、楽しいですよ」
 「よかったね。きっかけは合コンだっけ?」
 「友達が私を憐れんでくれて、合コンで」
 「彼、いい人だといいね」
 「そうですね。中途半端な男って面倒だし、どうせ付き合うならいい人と一緒にいたいですよね」
 「ね、ゆかりちゃん、口堅い?」
 「何ですか、前原さん、急に?田辺さんの彼の事を人に言うなって事ですよね?言いませんよ」
 「真由の事だけじゃなくて、いろいろ」
 「何ですか?」
 「もし、口が堅いなら慎くんに逢わせてあげてもいいよ」
 「逢いたいですけど・・・前原さん、コワイですよ」
 「会社の友達にしゃべらないって、約束できる?」
 「言うなって事は言いませんよ。信用してください」
 「じゃ、今日の飲み会、ヒマならおいで。慎くんも来るから」
 「私もいいんですか?」
 ゆかりちゃんは驚いて私の顔を見て言った。
 「いいんじゃない。どうぞ」
 「今日って誰が来るんですか?」
 「真由、慎くん、私、テル、中ちゃん、と中ちゃんの彼」
 「ああ、木村さんですか?」
 私は飲んでいたコーヒーを吹き出しそうになった。
 「ど、どうして?!」
 「前に2人の事見かけたんですよ。ふーん、そうなんだってしか思いませんでしたけどね。でも、2人とも会社じゃ他人行儀だから、秘密なのね、って。 それを私が元で噂になったらマズイじゃないですか?だから誰にも言ってないですよ」
 「ゆかりちゃんは大人ね」
 「面倒がキライなんですよ。この会社に当分いるつもりなのに自業自得とは言え、イジメられるなんて耐えられないですからね」
 「おや、今何て言った?」
 「例えばですよ、例えば。コワイな、前原さん。それに私の迂闊な発言で仲が気まずくなっても私には責任がとれませんしね。別の会社に行った友達には話しましたけど、ここの子には話してません。絶対です」
 「わかったわかった。信用するよ」

 結局、私と木村くんが残業になってしまい先に飲んでてもらう事になった。
 「田辺さん、まだ終わらないんですか?オレ、終わりましたけど」
 「私もあと少し。木村くん、先に行ってていいよ」
 「待ってますよ。今日に限って誰も残業してないし、一緒に退社しても平気でしょ」
 「ありがとう。急いで終わらせるね」
 私と木村くんが会社を出たのは、定時上がりをした美幸たちより1時間以上あとの事だった。
 「木村くん、何だか急に大人になったね」
 「そうですか?やっぱり・・・あとから入ってきたヤツらに情けないヤツだって思われるのはイヤですからね」
 「中川さんとも順調みたいだし」
 「オレ、年下じゃないですか。いくらがんばっても美樹より大人になれないのはわかってるんですけど、年下だから仕方ないかって思われるのはイヤなんですよ。できるなら美樹より前に行きたいけど やっぱりアイツの方が大人だし。それなら、せめて対等でいたいですよね」
 「中川さんは、私たちから見ても大人だと思うよ。でも、そういうがんばりって本当にうまくやらないと中川さんみたいな人には全部見抜かれちゃうよ。木村くんは、木村くんでいいと思うけど」
 「そうですかねぇ」
 「しっかりした大人な人と付き合いたいなら、年下の新入社員とは付き合わないでしょ。あの頃より仕事もできるようになってるし、中川さんもちゃんと認めてるよ。木村くんらしくいるのが中川さんにとっても一番なんじゃない?どっちが大人なんて関係なくて」
 「そう言ってもらえると、気が楽ですよ」
 「姉さん女房の方がうまくいくらしいしね。今日も木村くんはテルくんのおもちゃだね」
 「あはは。あ、あそこですね、店。テルさん、出来上がってそうですよね。こわいな」

 「遅くなりました。中川さんごめんね、ダーリン借りちゃった」
 「お疲れさま。私も慎くんを借りてたから」
 慎の隣りに座った中川さんが私に席を替わってくれようとしたので、そのままでいいよと私は一番手前の空いている席に座った。木村くんは当然のようにテルくんの隣りに呼ばれていた。
 「田辺さん、私、すっごい感激です」
 アルコールで顔を赤くしたゆかりちゃんが言ってきた。
 「それは本人に言ってあげて。よかったね、慎」
 慎は、ええ?と照れ笑いをしていた。
 「オレも慎さんに逢えて感激ですよ。お土産、ありがとうございました」
 オレはどうなんだよ、木村?とテルくんに突っ込まれ、木村くんはおもちゃになり始めていた。
 「真由、仕事は終わらせたの?」
 「うん。木村くんが待っててくれたの。今日に限って誰も残業してないんだよ」
 「やるじゃん、木村。男のお前が真由ちゃんを一人残してここに来てたら、この場でコブラツイストだったな」
 「同じ場所に行くのに田辺さんだけ残して行けるわけないじゃないですか。それに今日飲む約束がなくても、女の人を一人で残して帰れませんよ」
 「私でも待っててくれた?」
 「前原さんの事だって、待ちますよ」
 「やめろ、木村。押し倒されるぞ」
 「テルオー、いい加減にしろよ」
 「ほら、本性が出た。オレなんて、しょっちゅう青アザ作ってるもん」
 「あんたね、本気で殴られたいの?」
 相変わらず盛り上げ上手な2人だ。
 空きっ腹に飲まされた木村くんが酔い始めてテルくんにからんでいた。
 「テルさん、結婚しないんですか?」
 「お前こそ、どうなんだよ?」
 「いづれ、そのうち」
 「オレも。いづれ、そのうち」
 「だーめっすよ。テルさんがそんな事言ってたら、前原さん40越えちゃいますよ」
 そこだけ聞こえたらしく、中川さんが焦って木村くんの所に来た。
 「何言ってんのよ、木村、ばかっ。ごめんね、美幸ちゃん」
 「そんなに本気で焦らなくても。平気、平気、気にしてないよ、中ちゃん」
 「そうだよ美樹ちゃん、美幸は寛大だよ。海のように広ーい背中してるし」
 「テルオくん、あとでちょっといいかな?」
 「ひぃぃー、ごめんなさい」
 「だめっすね、テルさんは。尻に敷かれて」
 「木村、調子に乗るのもいい加減にしなさいよ」
 「何だよ、うるせーな」
 「木村っ!」
 「酔っぱらいだな。真由、席代わって。中川さんも座ってていいよ。オレとテルで相手するから」
 「よろしくね、慎」
 「ごめんね、慎くん」
 「気にしない、気にしない」
 もうっと中川さんは木村くんを一睨みして席に着いた。
 「何なの、木村は?」
 「酒の席だし、気にしないの」
 「だって・・・」
 「いいから、いいから。今日はテルも慎くんもいるし、大丈夫だよ」
 「それにしても慎さん、さりげなく・・・うーんカッコイイ」
 「でしょ、でしょ。でも愛人1号の座は譲らないわよ」
 「2号でいいです」
 「だめ。2号は私」
 「じゃ、中川さんの次で」
 「慎、モテモテね」
 「あのね、慎くんの良さが一番わかってないのは、真由、あんただから」
 「やだ、私にからまないでよ。私、青アザなんていらないから」
 慎の良さはわかってるつもり。私には十分過ぎる人だと思う。
 しばらくすると木村くんをセーブしていたテルくんまで酔い始め、店を出る事になった。
 「これからどうする?」
 「私は平気だけど、木村は・・・」
 「真由と慎くんは帰りなよ。なかなか2人でいる時間ないでしょ」
 「気にしなくてもいいよ」
 「私たちが気にするよ。ね、美幸ちゃん」
 「そうそう。飲みに行くのがこれっきりってわけじゃないし」
 2軒目行くぞぉとテルくんと木村くんが騒いでいる。
 「中ちゃんが行くなら私も行くけど。ゆかりちゃん、どうする?」
 「私はお邪魔じゃないですか?」
 「何言ってんのよ。じゃ、面倒が目に見えてるけど行こうか」
 慎くん、ちょっと、と美幸は慎を手招きして呼んだ。
 「私たちまだ飲むから、真由と帰っちゃっていいよ。2人で仲良しして」
 「でも、男手ないと大変でしょ?」
 「その辺に転がして帰ったって、7月じゃ凍死もできないから平気よ」
 「中川さん、たくましくなったね」
 「美幸ちゃんの影響かな」
 「何なの、みんなで?こんな大和撫子は探したってそうはいないと思うけど?」
 「そうだね。パワフルな大和撫子だね」
 「慎くんまで?」
 「慎って結構毒吐きだよ。シワが増えるとか」
 「冗談をまだ根に持ってるの?」
 こらぁ、何してるぅとテルくんが来た。
 「テル、真由と慎くんはここでバイバイね。いい、わかった?」
 「そか。帰って部屋で仲良くしてくれ。慎、オレは期待してるぞ」
 「ああ」
 「お土産をな」
 「そっちかよ。飲み過ぎて美幸ちゃんに殺されないようにな」
 「そン時は骨を拾ってくれ。お前に拾ってもらったら、オレは迷わず成仏する」
 「慎さん、オレのもお願いしますよぉ」
 「本当にオレがいなくても平気?ちょっと不安なんだけど」
 「何とかなるって、大丈夫だから」
 私と慎はみんなの気遣いに甘えさせてもらいそこで別れた。
 「慎、もっとみんなといたかった?戻ってもいいよ」
 「オレはどっちでもいいよ。みんなといるもの楽しいし、真由ともいたいし。真由が戻りたいなら戻ろうか?」
 「私もどっちでも。私はいつでも飲めるメンバーだけど、慎はそうもいかないでしょ?」
 「そうだね。でも、みんなの気持ちを無にするのも悪いから帰ろう。真由と一緒にいるよ」
 慎の言葉が嬉しくて、私は慎が手を繋いでくれる前に自分から腕を組んだ。
 みんなのおかげで私たちは仲良しの一晩を過ごす事ができた。  

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