Believe you 42

 「ふぅ、お腹いっぱい。でも、甘い物も食べたいな」
 「食べれば?オレも何か食べようかなぁ」
 2人でデザートを食べていると慎が軽く肩で息をついた。
 「契約の連絡が入ったんだ。戻ってるヒマがないから、代理人に頼んでるんだけどさ。契約更新の話が来てる。条件は去年より全然良い。それと別の所からも移籍交渉が来てる。そっちは移籍の分、条件は今のチームよりずっといいんだ」
 「どうするの?どっちに行くの?」
 「来ないかって言われてる所はチームどころか国まで違うんだ。当然、言葉も違う。でも、そこのリーグじゃトップのチームなんだ。リーグの終了時期は同じくらい。もし、真由だったらどっちを選ぶ?」
 「そうねぇ、お金だったら新しいチームでしょ。実力もあるんだろうし。もし、私が慎だったら・・・移籍はしない」
 「どうして?」
 「もう日本に戻らないつもりだったら移籍もありだけど、日本に戻る事を前提に私だったらチームに残る事を選ぶかな。移籍をしたら新しい経験がいっぱい積めると思うの。おいしい食べ物も、ね。 今のチームではもう得る物がないって言い切れるなら移籍してもいいと思うけど、優勝できなかったし。まだやれる事があるんじゃないかなと思ったの」
 「的確なご意見ですね。違うチームに行けば、当然新しい経験ができる。それはすごく魅力的な事なんだよね。言葉の壁はあるけど。でも、真由が言うように今期優勝はできなかった。1位と2位じゃ大違いだからね。今のチームにいても上があるって事だよな」
 「条件を取るか、プライドというか意地を取るか。慎の人生は慎が決める事です」
 「迷ってるから、相談してるんですけど?」
 「ちゃんと答えましたよ」
 「オレの人生ね。いろいろ考えちゃうよな」
 「たまには頭も使った方がいいわよ。バレーバカなんだから」
 「おふくろにも言われたよ。そのバレーバカってヤツ。ヤダねぇ、似た者同士」
 「似た者同士というより、周囲の客観的意見が同じという事です」
 「じゃ、オレはバカか?・・・どっちのチームを選んでも真由を呼べる。来い、とは言わない。来たかったら言って。ま、来るとは言わないだろうけどね」
 「うーん、そうだね。この前も言ったけど、やっぱり行かないかもしれない。その方がお互いにとっていいような気がするし。もし、慎の気が変わってずっと日本に戻らない って決めたら、ついて来いって言って」
 「その時はちゃんと言うよ」
 「うん。私も気が向いたらついて行くから」
 「気が向いたら、ですか。お優しいんですね」
 「やっぱり行くって、そのうち言っちゃうのうかな、私」
 「真由がわかんない事はオレにもわかんないよ」
 「慎について行く事も、今の生活も・・・どっちも捨てがたい」
 「今しかできない事。多分、今の真由なら仕事だと思うけど、それを優先させなよ。日本に戻るまで待っててほしいって言ったけど、日本に戻ったら今度はオレが待たされるようになってるかもな。田辺課長に」
 「待たせるって何を?待ち合わせには遅れないようにしますから」
 「真由、無理はしないって約束してくれ」
 「無理って何?」
 「オレの負担になるから言いたい事も我慢するなんて事はやめてほしい」
 「でも、今すぐ逢いたいって言ったら慎、困るでしょ?」
 「それはそうだけど・・・」
 「大丈夫。その辺のバランスはちゃんととるから。でも、一言も言われないのも少し淋しいよね」
 「確かにね。って、オレも言ってないか」
 「お互い無理をしないという事でがんばりましょう。で、慎は本当に日本に戻ってくるの?」
 「そのつもりで、今はがんばってるよ。どうして?」
 「おしゃれな海外生活から抜け出せないかと思って」
 「どこにいても楽しめる人だからね、オレは。一度は遊びにおいでよ。タダで泊めてあげるから」
 「けっ、ムカツク。ヒコーキ代高いんだから、行ったら食事代は全部慎持ちだからね。牛のように食べてやる」
 「どうぞ、好きなだけ食べてくださいよ」
 「ええ、遠慮なく。・・・もうすぐ2年経つんだね。慎と初めて逢ってから」
 「そっか。あっという間だったな。8ヶ月のブランクもあるし」
 「私はブランクだとは思ってないよ。メールだったけど、私も慎もお互いの毎日がわかってたじゃない。それにもしブランクだとしても過ぎた時間は戻らないよ。これから毎日逢っても 終わった8ヶ月は埋められないでしょ?音信不通の時間じゃないからブランクとは言ってほしくないな。それに慎はまた行くわけだし」
 「そうですね。9月になったら・・・真由は26か」
 「どういう意味ですか?26か・・・タメイキーって?慎だって誕生日が来たら27だよ」
 「オレ、26になってからまだ4ヶ月しか経ってないよ。早生まれは得だな」
 「私がどんどん老けていくって言いたいの?」
 「別にそういう意味で言ったわけじゃないよ。何もそんなに怒らなくたって」
 「じゃあ、何よ?」
 「26か・・・それだけ」
 慎はそう言うけれど、何か奥歯にモノが挟まっているような感じで腑に落ちなかった。
 「チームメイトとはうまくいってる?」
 「ほとんど知ってる顔だからね。あ、ガオさんが真由はどうしてる?って気にしてたよ」
 「長尾さんと岩崎さんのおかげだもんね。私が慎を見送れたのは」
 あの時の事が鮮やかに思い出され、私と慎は懐かしいね、と笑いあった。

 移籍しないで優勝を目指す、と慎からメールが入ったのはそれから4日後だった。
 課長の目を盗んで返信メールを打っていると美幸が、慎くん?と声を掛けてきたのでメールの内容を話すと、やっぱり戻って来ないんだねと笑っていた。
 「最低でも2シーズンは戻らないって言ってたし、私も戻ってくるとは思ってなかったからね」
 「オレについて来いって言われなかった?」
 「言われたような言われないような・・・来たかったら、来てもいいって」
 「行くんでしょ?」
 「多分、行かないって答えた。慎も私がそう言うと思ってたみたい。今しかできない事を優先しろって慎が言うの。私にとって今しかできない事が仕事だしね。 それに右も左もわからないままついて行っても、ね」
 「2人には今だけじゃなく、ずっと続く未来があるって事ですか」
 「さあ、それは神のみぞ知るだよ。日本に戻るまで待っててほしいって言うから、待てなくなるまで待ってみようかと思って」
 「それって、プロポーズじゃないの?!」
 「違うでしょ。フツーだったらそうかもしれないけど、慎は違うんじゃない」
 「どうしてよ?」
 「すぐに忘れてほしいって前置きされたし」
 「何かよくわかんないんだけど」
 「待っててほしいっていう気持ちはあるけど、それで私を縛りたくないんだって。昨日出来なかったことが今日はできるかもしれない。今日出会えなかった人に明日は出会えるかもしれない。 可能性を否定したらつまらないよ、だそうです」
 「わかるようなわからないような。ものすごい信頼関係ができてるのか、逆に束縛する自信がないのか。あんたたちは不思議ちゃんだよ」
 「そうだね、ビミョーだね。私もよくわかんない」
 美幸には慎が帰ってきた、あの夜の話はしていない。あの時の慎は、私に対する自信をなくしていたと思う。でも、どんなに自信があっても慎には、好き+自信=束縛とはならないだろう。
 「ね、美幸、束縛って自信があるからできるの?それとも自信がないから縛るの?」
 「どっちも。相手を好きだって言う自信と、相手がもしかしたら自分以外の人を見てしまうかもしれないっていう自信のなさ」
 「そっか。非常にわかりやすい回答ですわ、前原先生」
 「私も自分の答えに感動してるわ。慎くん、忙しいみたいだね」
 「いろいろとね。マメにサイトチェックしてるんだ?」
 「そりゃそうよ。身近な有名人だし、愛人1号としては当然でしょ。私も中ちゃんももらったブレスレットは、肌身離さず付けてるんだから」
 「慎、喜ぶよ。忙しくて飲みに行く時間がなかなか取れないって一人でぶつぶつ言ってたよ」
 「真由だってそんなに逢えないんでしょ?真由との時間を減らしてまで飲まなくてもいいよ。本当は逢いたいけどさ」
 「慎がみんなに逢いたいのよ。もう少し待ってあげてね。海外での試合もあるし」
 「真由、待つのもいいけど、真由からプロポーズしたっていいんだからね」
 「私から?!」
 「真由のこれからの人生で慎くん以上の人は出てこないかもしれないよ。女からプロポーズするのはカッコ悪いなんて思ってるなら、それはおかしいよ。 幸せになりたかったら自分で幸せになろうとしなきゃ。真由は慎くんのお荷物になりたくないって言ったよね?気持ちをぶつける事と荷物になる事は確かに重なる部分も あるけど、別物と考えなきゃ」
 「慎にも言いたい事は我慢しないで言えって言われた。そんなに我慢してるように見えるのかなぁ」
 「そういう時もある。見ててイライラするね」
 「前原さん、スレート過ぎですよ」
 「こりゃ、失礼っ」

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