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「あら、帰ってたの?真由ちゃん久しぶり。変わりない?」 タロウの散歩に出ようと慎と玄関にいると、慎のお母さんが買い物から帰ってきた。 「ご無沙汰してました」 「タロウの散歩に行ってくるよ」 「そう。じゃ、帰りに甘い物買ってきて。真由ちゃん、帰ってきたらおやつにしよう」 「自分で行けよ」 「今帰ってきたばかりなのに、また行けって言うの?たまにしか帰って来ないんだから、少しは親孝行しなさいよ」 「ったく、相変わらず人使いが荒いな。金くれ、金」 慎はお母さんからお金を受け取り、私たちは外へ出た。 「あーオレの車にキズついてる。誰だよ、まったく。どうせ、ばばぁだな」 「お母さんも運転するの?」 「ど下手。そう言えば、真由は免許持ってるんだっけ?」 「ペーパードライバーね。実家に帰った時に少し乗るくらいだから」 「これ貸すから今度運転すれば?」 「車の形が変わったら、ゴメンね」 「まじですか?タロウ、行くぞ」 タロウは慎が帰って来たのがわかってから、嬉しくてずっとワンワンと騒いでいた。 「あ、慎。これ持って行きなさい」 「何だよ、これ?」 「タロウとハナちゃんのおやつ。この時間だといないかもしれないけど」 「ハナちゃん?・・・まじでくっつけたの?」 「くっつけたなんて人聞きの悪い。佐藤さんの奥さんと友達になったのよ」 「お見合いの仲介屋かよ」 「タロウに彼女がいたっていいでしょ。佐藤さんいい人だし、タロウも嬉しいしで一石二鳥よ。1丁目の公園だからね」 「へいへい」 その公園までは10分ほどで着いた。子供達がたくさん遊んでいる。 「そっか、タロウにも彼女ができたか。でも、オレ、ハナちゃんの事あんまり覚えてないんだよね」 「大丈夫よ。タロウがわかるから。それにお揃いの赤の首輪でしょ?」 「何とかしてやれよって、おふくろに言ったけど本当にやるとは思わなかったよ」 「親子揃って行動派って事じゃないの」 「どれ、タロウ、ハナちゃんが来るまで遊ぶか」 タロウのお散歩バッグからボールを出すと、慎とタロウはじゃれて遊び始めた。私はベンチに腰を下ろし、楽しそうな慎たちを見ていた。 遊んでいたボールが私の方へ転がってきた。拾い上げるとタロウは、早く早くと急かすようにしっぽを振って後ろ足で立っている。 「やぁだよ、タロウ。取ってごらん」 右に左にとタロウが届きそうで届かない高さでボールを見せると、タロウは一生懸命にボールを取ろうとする。 「こっちだ、タロウ」 私はタロウに気を取られて、慎が近づいてきた事に気がつかなかった。ボールが慎の手にあるとわかるとタロウは慎の方を向く。タロウが慎の方へ行くとボールは私の方へ投げられる。タロウを真ん中にボールが行ったり来たり。 タロウのおかげで私は心の底から楽しんで笑える。慎も笑っている。この他愛もない事にまた泣けてきてしまった。 やっぱり、私から慎との事を終わりにするなんてできない。慎と一緒にいたい。こんな風に笑える幸せな時間をもっと持ちたい。そう思うと涙が出てくる。 「どうした、真由?」 慎とタロウが心配そうに私を見る。 「ははは、何でもない。楽しいなって思ったら、泣けてきちゃった」 「真由・・・泣いてばかりだとシワが増えるぞ」 「うるさい。脳みそまで筋肉になってるような不感症にはわかんないのよ」 「ヒドイな、タロウ。オレも家に帰ってから泣こうっと」 「また、バカにして」 「真由、オレ来シーズンも向こうに行くよ。もう決めてる」 私から少し離れた所でまたタロウと遊び始めた慎が私を見ないで言った。 「わかってるよ、そんなの。もしかしたら、その次のシーズンも向こうかもしれないんでしょ?」 「それはまだわからないけど。もう少ししたら次の契約内容の連絡が入ると思う。内容次第では真由を呼べるかもしれない。来るかどうかは真由が決める事だけどね。 とにかく、来シーズンも向こうでがんばる。甘えのない世界でね。海外でプレーするっていう事はオレにとっては最良の手段なんだ」 「私がついて行かないって思ってる?」 「何となく、そんな気がする」 「そうね。多分行かないかもしれない。でも、それは一緒にいたくないわけじゃないのよ。一緒にいたいから、私は日本で、あの部屋で慎を待ってる。わかる?私の言ってる事?」 「何となくはね。今、仕事は楽しい?」 「楽しいよ。もっとがんばっちゃおうって思えるもの」 「だったら、オレについて来ない方がいいね。今しかできない事、それを優先した方がいいってオレは思うよ。真由の気が変わらなければ、オレと真由は今だけじゃないんだし」 「まーたそんな事言ってるの?そういうヤツに限って先にゴメン・・・なんて言うのよね」 「そうかもね」 「慎にそういう気配が見えたら、お別れメールが来る前に新しい彼を作りますのでご心配なく」 「オレ、ウソが下手らしいからな。タロウ、オレは捨てられちゃうんだって。可哀想だろ?」 「はいはい」 「真由、一度しか言わないし、すぐに忘れてほしいんだけど」 「何?」 「忘れてくれるって約束できる?」 「そんなの聞かなきゃわかんないよ」 「じゃ、言わない」 「わかった。忘れますから、言ってよ」 「真由の事も大事にするけど、日本に戻る事を前提に行ったわけだから短い時間の中でいろんな事を自分のものにしなきゃいけない。戻るまではバレーに集中するから。 だから・・・日本に戻るまで・・・待っててほしい」 「どうして忘れなきゃいけないの?」 「オレが言った事で真由を縛りたくないから。昨日できなかった事が今日はできるかもしれない。今日、出会わなかった人に明日は出会えるかもしれない。可能性を否定したらつまらないよ。 言っておくけど、オレの言い訳のために忘れろって言ってるわけじゃないから誤解しないように」 「忘れていいの?」 「いいよ」 「どうして今言ったの?忘れてほしいなら、最初から言わなくてもよかったんじゃないの?」 「そういう気持ちがあるってわかってほしかったのかな。もしオレが戻るまでにバイバイになったとしても、絶対に中途半端な気持ちで真由と一緒にいたわけじゃないって言っておきたかったのかも」 「私、今までだって待ってたと思うけど?逆にさ、待ち合わせをすると必ず慎は待っててくれた。今来たところって。本当は時間より先に来てるのに」 慎は、そう?というような顔で笑っている。 「私ね、慎ほど単細胞じゃないの。ごめんね」 「オレって結構イジメられてんだぜ、タロウ」 「タロウに告げ口しないの。来シーズンもその次も、自分が続けたいなら私の事は気にせずに行って。私もその間に主任と呼ばれるようにがんばるから。あ、主任じゃなくて課長かな」 「がんばって、は一方的だから、がんばろうね、だな」 「そういう事。それにしてもハナちゃん来ないね。タロウ、仕方ないから真由ちゃんで我慢してね」 タロウは私の言葉が届いているのか、ワンワンと返事をしてくれた。 「慎、持っててくれたんだね」 「何を?」 「首。昨日、気がついた」 「ああ、リングね。ロッカールームでみんなに冷やかされたよ。オレのお守り」 「ありがと」 「ハナちゃん来ないな。ケーキでも買って帰ろうか」 かわいらしい造りの洋菓子屋でケーキを買い、慎の家が見えてきた頃急にタロウが走り出した。 「おい、タロウッ。どうした?」 慎が声を掛けてもタロウはおかまいなしにワンワンとしっぽを振って走っていく。ケーキを持っていた私はついて行く訳にもいかず、そのまま後ろを歩いて行った。 私が慎の家に着くと、車越しにお母さんとお客さんらしきおばさんが庭先でおしゃべりしているのが見えた。 おかえりなさい、と2人が私に声を掛けてくれたが、ただいま、と答えていいのかわからず、こんにちわとしか返事ができなかった。 慎とタロウを探すと車の陰で、おばさんの犬らしきシェットランドと遊んでいた。シェットランドが動くたびに長めの毛の下に赤い首輪が見える。 「ハナちゃん?」 「そう。走り出したから何だろうと思ってたら、ハナちゃんの匂いがしたらしい」 「よかったね、タロウ」 「こちらはお兄ちゃんのお嫁さん?」 ・・・お嫁さんって。確かに違うけれど、いいえ、彼女ですとも言えず、いいえと笑って返事をし、お母さんにケーキを渡した。 「結婚してるのは、これの上の子。お嫁さんだなんて。慎にはもったないくらいの、いいお嬢さんなのよ。さーて、みんなで甘い物でも食べましょ」 あら、いい時に来ちゃったわね、とおばさんとお母さんは中に入っていった。 「タロウ、良かったね。ハナちゃんが来てくれたんだ」 「近所まで来たから、寄ったんだって」 「ハナちゃんは美人さんね。人間だったら・・・岩崎さんみたいな感じかな」 「あーそんな感じ」 タロウとハナちゃんは、仲良くじゃれて遊んでいる。ケーキとコーヒー、ここにおくからねとお母さんがトレイをおいていってくれた。 「2人も完璧に洋犬なのに、純和風の名前だよね」 「小難しい名前は面倒だって親父がつけたの。近所に黒のラブラドールの女の子がいて、カタカナのカッコイイ名前なんだけど親父、覚えられなく陰でクロって呼んでるの。 可哀想に。って、オレも覚えてないんだけどさ」 「覚えてもらえない名前じゃ可哀想ね。よかったね、タロウで。タロウとハナちゃんか。見た目も名前もお似合いですよ、タロウ。この2人に子供ができたら、どんな子になるんだろうね」 「どっちかに片寄って似るんじゃない?しまうまうさぎと違って」 「まだ覚えてたの?」 しばらくして、ご飯の用意しなきゃねとおばさんとハナちゃんは帰って行った。タロウは名残惜しそうにハナちゃんの後ろ姿を見つめていた。 「親父は?」 「あら、言ってなかった?社員旅行で温泉にお泊まり。ね、真由ちゃん、今日晩ご飯食べていかない?慎と2人だけだし」 「でも・・・」 「たいした物は作らないから、誘うほどの食事じゃないんだけどね」 「食べていけば?帰りは送るから。あ、ばばぁ、車にキズつけただろ?」 キズをつけた、つけないで2人は言い合いをしているけれど、お母さんは嬉しそうだった。