Believe you 39

 私は慎の言葉を理解する事ができなかった。
 終わりって、私たちが終わるって事?8ヶ月ぶりにやっと逢えたと思ったら別れ話?!慎、何を言ってるの?!
 頭の中はぐるぐる、心臓は全身に響くくらい大きな音をたてていた。
 「慎・・・どういう事・・・?」
 「・・・オレは、オレのわがままで真由と離れた」
 「だから、それは私も納得してるじゃない」
 「真由が落ち込んでも、風邪をひいて寝込んでも・・・オレは傍にいてやれなかった」
 「そんなの仕方ないじゃない。私、一度だってそんな事で慎を責めた事はないと思うけど?」
 「そうだな。・・・でも、近くにいるヤツなら、いつでも真由の傍にいられる」
 「ね、慎、そんな遠回しの言い方なんてしないで。私とは終わりにしたいなら、はっきり言ってよ。私がイヤならそう言ってよっ!」
 私はもう限界に近かった。目には涙が溜まり、いつ大声で慎を責め立ててもおかしくないくらいだった。慎は相変わらず、腕をどかさずにいる。
 「真由がイヤになったなんて事はないよ」
 「じゃあ、何なのよっ!!」
 私の中の怒りという名の感情は限界点を越え、理性でコントロールのしようがなくなっていた。
 慎の腕を無理に顔から引き離し、下唇を噛み溢れる涙など気にせずに慎を見た。見たというより睨んだと言った方がいいだろう。
 「慎は私に行かないでって泣いて止めてほしかったって言うの?!あっさり行ってらっしゃいって私が言えたと思ってるの?!離れたら傍にいられないなんて子供だってわかる事なのに、それができないからもう終わりにしたいって事?! ねぇ、あんまりじゃない?それこそ、わがままって言うんじゃないのっ?!」
 矢継ぎ早に罵る私を慎は黙って見ているだけだった。
 「ちゃんと言えばいいじゃない。私の傍にいられないのがイヤなんじゃんくて、オレは傍にいてくれるヤツの方がいいからって。他の男に少しでも気持ちが傾いた女なんていらないって!何とか言ってよっ!」
 慎も起き上がり、何か言おうとした瞬間、私は慎の言葉を聞くのが怖くて先に口を開いた。
 「ひどい・・・ひどすぎる・・・やっと逢えたのにもう別れ話?そんなのメールしてくれればよかったじゃない。わざわざ逢って食事して、私の部屋に泊まってまで言う事?信じられない・・・どういう神経してるの?私が何もキズつかないとでも思ってるの?あんまりよっ!」
 私は泣きながら慎を責めた。自分が自分でないようにどんどん慎を責める言葉が出てくる。きっと私はヒステリックでみっともない女と慎の目に映っているのだろう。
 「何?それとも最後にヤッて終わりにしようって事だったわけ?!」
 慎の右手は私の頬に乾いた音をたてさせ、顔を右に向かせた。
 「・・・ごめ・・ん」
 頬を叩かれた私より、叩いた慎の方が驚いているようだった。
 「・・・痛・・・い・・・もう、一体何なのよっ!!私が何をしたって言うのよっ!!待つだけ待たせて、この仕打ち?!・・・最悪ねっ!」
 私はもう泣くしかなかった。左頬がジンジンする、頬を叩かれるなんて、生まれて初めて事でそれにも驚いていた。
 「真由・・・ごめん。痛かったよな?本当にごめん。・・・オレ、真由の事好きだよ。大事にしたいって思う。・・・何にしてもさ、いつも笑っていられるなんて事はない。ただ、そういう落ち込んだ時にオレは傍にいてやれない。真由に何もしてやれないオレより、必要な時に傍にいてくれるヤツの方が 真由が笑っていられるんじゃないかって・・・この8ヶ月、真由が弱い事を言って来たのはあの電話だけだった。本当にそれだけならいいけれど、一人で抱え込んでたんじゃないかってヒコーキの中でいろいろ考えた。結局、オレは前の彼女と同じように真由の事もキズつけてるんじゃないか、 本当はオレがいない方が真由にとっていいんじゃないかって・・・今日、目の前で笑ってる真由を見て尚更そう思った・・・」
 「どうしてそんな事言うの?・・・私は慎が好きだって・・・ただそれだけなのに・・・」
 私はそれ以上何を言っていいかわからなかった。重い沈黙が流れ、慎を見る事すらできないでいた。
 「真由は本当にオレでいいの?」
 「だから・・・慎が好きだって言ってるじゃない・・・」
 慎はジェイの話をしてくれた。ジェイに告白された事、ジェイが言う愛してるという事。メールにはなかった私の知らないはなしだった。
 「ジェイが言う事が正しいのかわからないけど、間違ってるとは思わない。だから、それに従うなら・・・オレは真由を愛してるよ」
 「そんなの私だって同じよ。ううん、私の方がずっとずっと慎を想ってる。愛してる。・・・そうじゃなきゃ、待つなんて事しない・・・」
 「痛かったよな」
 慎の手が私の頬に添えられる。
 「当たり前じゃない。自分を何だと思ってるの?右利きのアタッカーよ。痛くないわけないでしょ?」
 「そうだったね、ごめん」
 慎の腕が私の体に回り、私は慎にもたれかかる。
 「オレは・・・単に不安だったのかもしれない。・・・実際、向こうにいて不安になった事は何度もあった。メールにごめんなさいって書かれてたらどうしよう、とか。オレの立場じゃ言われても仕方ないって、頭ではわかってるんだけどさ」
 「もうやめよう、ね。一緒にいられるんだよね?私が一緒にいてもいいんだよね?」
 「それは、オレが訊きたいね。オレは真由にいてほしいよ」
 涙は止まる事を知らないかのように次から次へとこぼれていく。
 「もう泣かないの。ってオレが泣かせたんだっけ」
 「本当に・・・終わりが来るなら仕方ないけど・・・」
 「来ないように努力するよ。真由に泣かれるのはイヤだしね」
 「慎の周りにいる女の人は私がかなわない人ばっかり。岩崎さんもジェイも、きっとラディの奥さんもそうなんだろうね。そんな素敵な人たちと私を比べないで」
 「真由が言う素敵な人たちは、みんな売約済みだよ。真由、昔オレに言った事すっかり忘れてるね」
 「何?」
 「誰かと比べて負けるかもしれないなんて、そんな中途半端な事を言う慎くんなんて私、好きじゃない」
 「そんな事もあったね」
 「相手に対して100%の自信を持ったら努力をしなくなるのかもね。世の中には努力しなくてもいい組み合わせもあるんだろうけど。でも、真由に嫌われない努力はするよ」
 「他に好きな人ができても、慎をキライになったわけじゃないから」
 「まだ言うか」
 慎にグーで頭をコツッと叩かれる。
 感情が収まった安心と一瞬でも全く別の期待をしてしまった自分が恥ずかしくて、私は一人で笑っていた。
 「私・・・めちゃめちゃ言ってたよね。ごめん」
 「オレもどう切り出していいかわからなかったし。もう忘れよう」
 一人で興奮して疲れた私とヒコーキ疲れの慎。どちらが先に寝付いたのかわからないくらいだった。

 翌朝、慎を起こさないようにそっとベッドから出て、洗面台の前に立った。鏡の前には歯ブラシが2本並んでいる。そして、鏡の中には目を腫らした私。顔を洗ったくらいでは腫れはひかないだろう。慎が起きるまでに何とかしなければと、 冷蔵庫からアイピローを出し、目の上にのせてソファに横になっていた。
 お互いの気持ちが確認できたとはいえ、昨日の事はショックだった。終わり、という言葉を使わせてしまう程、私は慎を悩ませていた。慎の負担にならないようにと私なりにがんばってきたのに。
 私も慎もお互いに対し、好きや愛してるという同じ言葉を使ったけれど、その中身は大分違うのかもしれない。
 私の好きや愛してるは自分の一方的な感情で、慎のは私を大事にしようとするもの。私の想いは慎の物とは違う。その違いが慎の負担になってた?でも、どうしたら・・・
 泣きたくもないのに、また涙が出てきた。泣くな、真由。私は下唇を噛みしめ、涙をこらえた。
 アイピローをテーブルに置き、静かにカーテンを開ける。空はまぶしいくらいに澄んでいた。
 どうしたらいいのか、今どんなに考えても答えは出せないと思う。一時的なショックがあったとしても、私から終わりにしてしまえば私という負担は慎の中にはなくなるはず。終わりはいつか時間が消化してくれるだろう。時間は哀しい事をもいい思い出に変えてくれる。
 でも、私は慎と一緒にいたい。私が自分から慎との事を終わりにする勇気は・・・ない。私にできる事は笑っている事しかないのかもしれない。
 太陽は痛いくらいに日射しを振りまいていた。

 「さて、そろそろ帰るか」
 何となく見ていたTVが終わると慎がコーヒーカップを置いた。
 「帰って、何してるの?」
 「多分、寝てると思うよ」
 「タロウに逢いたい・・・」
 「一緒に帰ろうか」
 タロウに逢いたいと言ったのはウソではない。でも、それ以上に慎を一人にさせたくなかった。慎が一人で考えてしまう時間を少しでも減らしたかった。
 私の中ではまだ昨日の事が尾を引いている。自信がないからといって、打算的になっていいわけではない事もわかっている。自信のない私と慎を信じ切れない私は、 弱さ、という傘を差したずるいヤツ。
 どうした?と笑いかける慎に、何が?と作り笑いで答え、寝室のクローゼットに向かう私だった。  

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