Believe you 3

 「ごめーん、先に帰るね。あいつ、調子に乗って強めのカクテル4杯も飲んで酔っぱらっちゃったの」
 申し訳なさそうに美幸が言ってきた。
 「いいけど、大丈夫?」
 「まだ大丈夫だけど、このまま野放しにしてたら迷惑かけそうだし、ベロベロに酔われたら私も面倒みきれないし」
 テルくんはカウンターに寄りかかりトロンとした目でにっこり笑っていた。
 「結構、キテルね」
 「そうなのよ。まったく、居酒屋ノリで調子に乗って馴れないカクテルなんて飲むから。もう、あいつとはショットバーには来ないようにしなきゃ」
 「いいよ。一緒に出るよ。美幸ちゃん一人じゃ大変でしょ」
 「でも・・・」
 美幸は私の顔を見た。
 「とりあえず、外で少し酔いを冷まそう」
 「ごめんね・・・」
 「何言ってんのよ。こんな事を気にするくらいなら、2ヶ月前に貸したCD、早く返しなさいよ」
 「てへっ、すいませーん」
 私たちは駅前の大通りへテルくんを運び出した。
 「うーん、気持ちいいなぁ」
 「何言ってんのよ、バカっ!」
 「あそこの自販機でお茶でも買ってくるね」
 「あ、うん。ごめんね」
 私が自販機から4人分の飲み物を買って戻ると、テルくんは慎くんにもたれかかって寝始めていた。
 「もうこの男、一度殺すしかないわ」
 「そんなに怒らなくたって」
 「そうだよ。テルも楽しかったんだよ。オレも楽しかったしさ」
 「そうそう。で、どうする?今日はテルくんがお泊まりの予定だったんでしょ?」
 「うん。もう起きそうにないからタクシーで帰るわ。あとできっちりタクシー代請求しないと」
 「美幸ちゃんちってどこ?」
 「西××」
 「じゃあ、方向が同じだからオレも一緒にタクシーで帰るよ。美幸ちゃん一人じゃテルを部屋まで運べないでしょ?」
 「本当に?ごめーん、ありがとう。そうしてもらえると助かる」
 「真由ちゃんちは?」
 「私はここからK線だから、電車で」
 「一人で大丈夫?」
 「平気よ。酔ってないし」
 「ごめんね、真由・・・」
 「美幸、さっきから謝ってばっかり」
 「だってさぁ・・・」
 「私、タクシーをつかまえてくるね」
 「あ、私も行く。慎くん、ちょっとこのバカ頼んでいい?」

 「真由、慎くんいい人だよね」
 「うん、そうだね。」
 「付き合いなよ。ま、普通のサラリーマンとは違うからさ、ちょっと大変かもしれないけど」
 「そんなの私だけで決められる事じゃないでしょ」
 「テルが言ってたんだけど、慎くんってモテるわりに奥手らしいよ。押しの一手だね」
 「何それ?二度目があるなら縁があるんだろうし、ないならないで仕方ないんじゃないの?」
 「それはそうだけど・・・真由はどうなの?」
 「どうって?」
 「男として見れるか、友達にしか見えないか」
 「今日逢ったばかりじゃわかんないよ。ほら、タクシーが来た。止まって、止まってー」

 「じゃ気を付けてね。テルくんによろしく」
 「真由も気を付けて。明日にでもメールするわ」
 「はいはい。じゃ、また月曜に会社で」
 「じゃあね、バイバイ」
 「真由ちゃん、またね」
 「うん。テルくんの事お願いね」
 私はタクシーが後続の車で見えなくなるまで見送っていた。
 またね、か。本当に次はあるのかしら?

 

   ホームへ降りると電車は行ったばかりだった。仕方なくベンチに座りバッグからケータイを出した。そして、ぼんやりと 新規登録された二人分のデータを眺めていた。
 酔っぱらいの多い電車を降り、私は近所のコンビニに立ち寄った。少しだけと思い雑誌を開くと20分も立ち読みをしていた。 適当に買い物をし、少し足早に家路を歩いた。空を見上げると六月の三日月が出ている。
 何も急いで帰る必要なんか、ないか。
 そう思う私の足取りは軽かった。
 部屋のカギを出そうとバックの中に手を入れているとケータイがメールを着信した。
 美幸ね。気にしなくていいのに。
 私はたいして気にもせず、シャワーを浴びる事にした。
 濡れた髪を拭きながらソファに座り、数時間ぶりのタバコに火を着けた。  さて、美幸に返信するかとバッグからケータイを取り出しメール受信画面を開いた時、私はタバコを落としそうになってしまった。 てっきり、美幸だと思っていたメールは慎くんからのものだった。

     今日はお疲れさまでした。楽しかったです。今度タロウの相手もしてやってね。
     なんなら、明日でもいいけど。なんて無理だよね。では、また・・・
     PS テルはちゃんと美幸ちゃんの部屋に放り込んできました

 私の心臓はまたドキドキし始めた。タバコを消し、緊張しながら返信のメールを打った。

     こちらこそ、ありがとう。楽しかったです。タロウにも逢いたいなぁ。

指はここで止まってしまった。頭の中にある文章を打っていいのか悩んだ。
 ええい、打ってしまえ。

     明日?何も予定がないから私は大丈夫。慎くんの都合がいいなら電話してね。

 メール送信。何だか自分自身に照れてしまった。
 メールを着信してから30分以上経っているし、もうとっくに日付も越えているから今日電話がかかってくることはないだろう。 明日も休みだし、ビールでも飲むか。  冷蔵庫から冷えたビールを出し、二本目のタバコに火を着けた。
 パソコンを立ち上げ、メールチェックするがどうでもいい広告メールしか届いていなかった。プロバイダーのトップページのニュースを いくつか読んでいるとビールも底が見えるようになった。あと一本タバコを吸って寝るかと三本目のタバコに火を着け、パソコンの電源を落とした。
 タバコしかヒマつぶしがなくなると考えてしまう。忘れろ、忘れろ。
 煙を天井に向かって吐いてみる。別に楽しくもないが何度もやってみる。
 と、その時ケータイが鳴った。メール着信ではなく、電話。
 びっくりした私はタバコの灰を床に落としてしまった。ケータイは”松木 慎”という名前を表示している。電話なのだから見えるはずもないのに 私は急いでタバコを消し、電話に出た。
 「・・・あ、もしもし・・・松木・・・ですけど」
 「こんばんわ」
 私は何でもないような声で答えた。本当は口から心臓が出そうなほどドキドキしているのに。
 「寝てた?」
 「ううん、まだ。もう少ししたら寝ようかと思ってた所」
 「明日さ・・・よかったら・・・タロウに逢いに来ない?オレも休みだし・・・」
 「明日?・・・うーん、いいよ行く」
 「うん、おいで。午前中は寝てるよね?」
 「多分、午後からにする。慎くんちってどこ?」
 「××。駅からは10分くらいかな」
 「じゃあ・・・電車を乗り換えたら電話するね」
 「駅までタロウと迎えにいくよ」
 「タロウも?ドキドキだな」
 違うだろう、真由。この嘘ツキめ。
 「1時半から2時くらいの間にそっちに着くように行く」
 「わかった。待ってるよ」
 「私も楽しみにしてる。雨が降らないといいけど」
 「大丈夫みたいだよ。さっき天気予報をチェックしたから」
 「え?」
 「あ、いや・・・じゃ電話待ってるから」
 「わかりました」
 「じゃあね、おやすみ」
 「おやすみなさい」
 電話が来た! 明日の約束もした!
 どうしよう、どうしよう。景気づけにもう一本ビールでも・・・いや、そんな事より明日は何を着ていこう? スカート?パンツ? タロウも一緒なんだから、公園で遊ぶかもしれないし・・・かかとは低めの靴だよね。あの靴に合わせるとしたら・・・
 私は有頂天になってクローゼットの扉を開けていた。

 7:00AM。会社に行くのと同じ時間に起きてしまった。9時頃起きる予定だったのに。
 少しだけアルコールが残っているような気がする体のまま出掛けるのがいやでシャワーを浴びた。コーヒーを入れ、タバコに火を着けようとしたが そのまま箱に戻してしまった。出掛けるまで何をしようかとコーヒーカップを片手にぼんやりしていた。
 昨日の事は夢じゃない・・・よね?
 ケータイの着信を確認した。メールも電話も慎くんからのものだ。
 よし、私の勘違いじゃない。今日、慎くんに逢うんだ。タロウ、口実に使ってごめんね。
 どうしてこんなに時間が経つのが遅いんだろう。まだ9時半過ぎだなんて。昨日はあっという間に過ぎちゃったのに。
 私は時計を見るたびにイライラしていた。そして、手はタバコに伸びてしまう。
 もういいや、吸おう。
 部屋から駅まで10分。S駅まで電車で20分。S駅から慎くんとタロウの待つ駅まで20分くらいかな。そうすると・・・だいたい1時間か。
 消えていく煙を目で追いながら、私は時間の計算をした。
 12時半頃に出ればいいか。それまで何をしよう。少し早めに出て、軽く食べて行こうかな。うん、そうしよう。

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