Believe you 33

 「えっ?!」
 私は久野さんの率直な質問に心底驚いてしまった。
 「いやいや、そういう事じゃなくてね。ま、大人のお付き合いも含めてだけど、寄り添ってほしいとか、抱きしめてほしいとか」
 「一度もなかったわけじゃないですけど・・・・」
 久野さんはうんうん、とうなづいていた。
 「離れていたら逢いたいと思うのは当然だよね。でも、田辺ちゃんが彼に対して自分の体で感じる事をそれほど強く望んでいないなら、距離のハンデはそんなにないと思うよ。 精神的に繋がってるって事だからね。遠距離恋愛が壊れちゃうのは相手が見えないからじゃなくて、相手を肌で感じられない不安が最初だと思うんだよ。その不安・不満が身近にいる 誰かの優しい言葉や態度をより良く見せてしまう。遠恋じゃなくても言える事だけどね」
 「久野さんの体験談ですか?」
 「フラれたのはオレだけどね」
 「意外だなぁ」
 「オレにもイノセントだった頃はあるの、これでもね。彼のハンデが距離って言うなら、オレのハンデは時間だよね。田辺ちゃんが知ってるオレは仕事人のオレしかないし、一緒の時間なんて 今日が初めてでしょ。それにオレはポツポツ噂に出てる通り、今月末には異動だから」
 「どこかの支店で課長になるって本当ですか?」
 「そうだよ。もうこれはこの前の春の異動の頃にほぼ決まってたから。年に2回も異動したのは、課長になるための研修みたいなもんだね」
 「すごーい。約束された出世ってヤツですか?」
 「言って置くけど、コネも裏取引も一切ナシ。すべてオレの努力と実力ですから、誤解のないように。中川ちゃんならオレの仕事ぶりわかるよね?」
 「久野さんは仕事デキすぎ。木村に爪のアカでもわけてやってください」
 「木村はがんばってるよ、動機は不純だけど。すぐにいい結果が出せるなら、オレは今頃部長クラスとはいかなくても支店長のイスに座ってるよ」
 「不純な動機?」
 「不純な動機は言い過ぎだね、失礼。男が仕事をがんばるのは、会社のため、自分のため、家族のため、そして惚れた女のため。はっきり言って木村とオレとじゃ差は大きい。だけど、木村は必死になって オレについて来ようとしてる。木村はオレの仕事の中身じゃなくて、やり方を見てるんだ。アイツは成功の秘訣を無意識のうちに身に付けた。それを活かすも殺すもアイツ次第だけど、うまくいくんじゃないかな。中川ちゃんが 気短じゃないならね」
 「久野さんって・・・すごい人なんですね。自分の考えがちゃんとあって、努力と実績で証明された自信があって。なのに、人の良い所はちゃんと認めて・・・尊敬しちゃうな」
 「いや、田辺ちゃん、尊敬もいいけど愛してちょうだいよ、ね」
 あははは。とりあえず、笑うしかなかった。何でもはっきり言うのね、久野さんは。
 それからしばらくして中川さんのケータイに木村くんから電話が入り、中川さんが電話を切ると同時に久野さんのケータイが鳴った。金曜の夜は、みんな忙しいらしい。
 「久野さん、真由に付き合おうって言うけど、今の彼女はどうするんですか?」
 「だから、彼女じゃないって。仲良しさん。もし田辺ちゃんと付き合う事になったら、彼女とは逢わないよ。あ、今の彼女って言葉は、英語のsheの意味ね。二股なんて面倒だしさ。オレは仕事も恋も全力投球ですから」
 「本当ですかぁ?アヤシイなぁ」
 「疑うなら前原ちゃんがオレと付き合ってみる?でも、田辺ちゃんがOKしてくれたら前原ちゃんとはバイバイだよ」
 「・・・私のどこがいいんですか?」
 「邪心がなくて、仕事に前向きに取り組んでる所」
 「邪心?」
 「誰に対しても笑顔で公平に裏表なく接してるでしょ?オレの今の仲良しさんは、ちょっと裏表がある人だからね。みんなに公平に接するのは、彼氏がいる精神的な安定感があるからなんだろうけど。それに仕事でミスしても 粘って最後までがんばってるし」
 「それじゃ、私たちが不真面目みたいじゃないですかぁ?」
 「失礼、そんな事ないですよ。気になる存在だからよく見えてしまうので、いろいろと気がつくという事ですので。ま、見た目が好みだったっていうのが始まりだけどね。彼が海外にいる話は今日初めて聞いて納得したよ。 時々、空見てボーっとしてるよね。それがまたすごく気になってた」
 「よく見てますね、久野さん」
 「だって、オレは田辺ちゃんに惚れてるもん」
 「今日ってもしかして・・・田辺さん狙いで?」
 「そうだよ。でも、バレンタインのお礼も本当だよ」
 「久野さん、ストレート過ぎ。でも、ごちそうさまです」
 「急にこんなこと言われても困るだろうから、考えておいてよ。オレがここにいるのは、今月末までだけど。OKの場合だけ返事してよ。N0は言わなくていいから。 ただ1つだけ約束してくれる?」
 「何ですか?」
 「オレと田辺ちゃんは会社の先輩、後輩ではあるけど、仕事上は対等な立場だよね。だから、直接何かをって事はないけど、仕事とプライベートは別にしてほしい。 仕事がやりにくくなるのは、オレは困るから。先輩として教えられる事は教える。上を目指すかは君次第だけど、上に行ける立場で仕事をしてるって事は自覚してほしい。いい?」
 「わかりました」
 さっきまでの久野さんではなく、仕事の時の久野さんの顔だった。仕事にプライベートを持ち込むつもりはないし今までもその努力はしてきたけれど、久野さんから見れば私は自分が思っている ようにはできていなかったらしい。
 仕事も恋も全力投球、なんておふざけ調子で言ってるけど、完璧にこなしてる。そして、周りの人の事もちゃんと見てる。自信家だけど、努力をする人。人としても、仕事の上でも尊敬できる人だと思う。
 努力家という点では慎と似ているけど、違ったタイプの人。
 「木村に泣かれると困るから、そろそろ帰ろうか」
 また月曜に、と私たちは別れた。

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