「中川ちゃん、バレンタインのお礼にごちそうするから、前原ちゃんと田辺ちゃんとでいつにするか決めておいてよ。と、久野さんからの伝言です。
金曜だから今日でもいいよ、だって」
「本当に?ラッキー」
「追伸、でも居酒屋だよって」
「全然平気です。私は今日でもいいよ。真由は?」
「私はいつでも空いてますから」
「じゃ、今日って事で久野さんに伝えておくね」
「一度、久野さんと飲んでみたかったんだよね」
「久野さんは仕事がデキル男よ。こういっちゃ何だけど、津川さんのアシスタントをやってた頃より倍くらい仕事がはかどるわ。的確な指示で二度手間なんて一度もなし。
どうして11月のプチ異動でうちに来たのか不思議よ」
「ココだけの話なんだけどさ、久野さん次の異動でどこかの支店で一気に課長昇進らしい」
「それで1年に2度も異動したんだ。でも、久野さんなら納得。本当にドラマに出てくるような仕事がデキル男を地で行ってる人だもの。それに顔もイイときてるし」
「久野さんって、そんなにすごいんだ。テキパキしてかっこいいなとは思ってたけど」
「真由、あんたね、慎くん一筋なのはいいけど周りの男に鈍感すぎ」
「そんな事ないよ」
「あります。同期の大内くん覚えてる?」
「時々エレベーターで会うと話したりするよ」
「大内くん、真由に惚れてたんだぞ。知ってたか?」
「まさか。そんな感じじゃなかったよ」
「田辺さん彼氏いるの?って訊かれて中途半端に期待させるのも可哀想だから、私も逢った事があるけど背が高くてすっごく優しい人って答えてあげたわ。そうなんだぁって笑ってたけど、相当ショックだったんじゃない?」
「そんな事があったの?知らなかった」
「教えたら大内くんが可哀想でしょ?真由が知らないから今までフツーに話せたんだよ」
「慎くんと付き合ってたら、他の男に目がいかないのはわかるような気がするわ」
「慎ってそんなに・・・・そうなの?」
「今までの彼と比べてみたらわかるんじゃない?それに、最初だけマメな男なんて腐る程いるけどずっとマメで優しい男なんて本当に少ないよ。馴れと手抜きのボーダーラインが
わかってないヤツが多いもの。慎くんが標準だと思うのは間違いよ」
「そうそう。手抜きは女にも言える事だけど、モテるのにマメは希少価値アリだよ」
「私もね、木村の良い所は認めてるけど、慎くんと比べると、あぁって思ったりもするし」
「それはテルにも同感。どっちが良いとかじゃなくて、慎くんって女がしてほしい事をサラッとやってくれちゃうのよ。そのクセぼんやり坊ちゃんで不器用だったり。完璧じゃない所がまたいいのよね」
「2人とも褒めすぎ」
「田辺さんが恵まれ過ぎてるの。それは自覚しないと」
「慎は本当に良くしてくれてると思うけど・・・」
「毒吐き美幸ちゃんに言わせるとね、男も女も見た目に自信がなけりゃ中身で勝負するし、見た目がいいなら中身は手を抜きやすいの。外見の好みなんて人それぞれだけど、慎くんは確実にフツーより上なの。
そんでもって、あの性格。あんたは、ゼータクだ」
「でも、テルくんや木村くんみたいに傍にはいないよ。それでもいいの?」
「よくはないけど。でも、自分の夢や目標のために1人で外の世界に出て行ったのよ。それだって、誰にでもできる事じゃないわ」
「結論を言うと、慎くん一筋は大いに結構。でも、慎くんのような男を当たり前だと思わないように」
「はぁい。以後自覚します」
「久野さん、今日はごちそうになります」
「いえいえ、義理チョコのお礼ですから。どんどん、どうぞ」
「そんな・・・義理チョコなんてはっきり言わなくても」
「だって、そうでしょ?中川ちゃんは木村とうまくいってる?」
「えっ、どうして?!」
「そんなの見てりゃわかるよ。オレ、そういうの敏感だし」
「誰にも言わないでくださいね。別れた時が面倒だから」
「秘密愛は社恋の鉄則だよ。何でもない事でも周りは変にとるし」
「久野さんの彼女って、うちの会社の人なんですか?」
「君たちが言う彼氏、彼女の基準って何?」
「そりゃ、好きで付き合ってる同士でしょう」
「キライではなくて、まぁそこそこ好きだけど、はっきり付き合おうって始まりがないのは彼女ではないと?」
「当人同士の意識の問題じゃないですか?」
「相手は付き合ってると思ってるけど、オレはそう思ってないっていうのは?」
「久野さんが遊びなだけでしょ」
「そうかもしれないね。じゃ、今は彼女はいないよ」
「悪い人だな、久野さんは」
「そう?でも、その彼女にもちゃんと優しくしてるよ。遊びと割り切ってるわけではないけれど、その彼女にはもう一歩踏み出す気になれないだけ」
「それじゃ、彼女が可哀想」
「どうだろうね。オレも男ですから体の付き合いはあるし、向こうもいろいろ良くしてくれるけど。どっちかって言うと彼女の方が割り切ってる感じだね。
それがもう一歩踏み出せない理由だね」
「割り切るって何を?体の相性?なんて、生々しいか」
「前原ちゃん、オレと一度試してみる?彼女はね、男の将来性がとても気になる人なんだよ」
「将来性?」
「肩書きだね。どこに勤めてる、役職は?どこまで出世しそうか、とか」
「どうしてそう思うんですか?」
「何となくだよ。ただかわいいから、美人だから、優しいからだけで付き合えるほど純粋じゃないのさ。最低限自分に必要なだけの、相手が表に出さない部分を見抜けなきゃ
人の上には立てないね」
言ってる事はちょっといい加減だったりするけど、ちゃんと考える所は考えてるのね、久野さんって。
「その点、田辺ちゃんは合格。オレと付き合わない?」
「はい?」
「えっ、久野さん、真由は彼氏持ちですよ」
「いてもおかしくないんじゃない?いないとは思ってないよ」
「チャレンジャーですね」
「もし、好きな男に彼女がいるってわかったら、前原ちゃんはそれで終わり?」
「どうだろう・・・相手にもよるけど、奪っちゃえとは思わないかも」
「奪う、奪われるじゃないよ。決めるのは当の本人なんだから。前原ちゃんの彼に言い寄る女がいて、彼がその女とくっついたとするでしょ?前原ちゃんは大事な彼を奪われたって思うかもしれないけど、
奪われたんじゃなくて、彼が向こうを選んだんだよ。選ぶって言葉を使うなら、彼が選ぶ、彼に選んでもらうじゃなくて、彼に自分を選ばせる。オレはそういう事だと思うよ」
納得できたような、丸め込まれたような・・・」
「田辺ちゃんには彼がいる。でも、オレは田辺ちゃんにアプローチをしている。あとは田辺ちゃん次第だよ」
「そんな・・・」
「田辺ちゃんの彼ってどんな人?」
「背が高くて優しくて、すっごくマメで気が利く人です。私が欲しいくらい」
「ストレートだね。オレ、前原ちゃんのそういう所、好きだよ」
「でも・・・」
「何?」
「あ、やっぱりいい・・・」
「何よ、中川さん言って。気になるよ」
「怒らないでね。慎くん、あ、田辺さんの彼ですけど、この前の9月から海外にいるんですね。今の田辺さんは彼の方を向いてるけど、一緒に仕事をしてる久野さんとじゃ距離が違うから
フェアじゃないかな、と思って・・・ごめんね、田辺さん」
「気にしないで。もっとすごい事言われるかと思っちゃった。あははは」
「オレの方が接近戦ってわけね。ま、距離のハンデは彼にあるけど、恋愛は時間や距離じゃなくて密度だよ。って、オレが言っても説得力ないか」
「でも、現実はそうもいかないですよね」
「確かにね。目の前に相手がいなきゃ恋愛できないヤツっているからね。田辺ちゃんはさ、彼が海外に行ってから体が彼を欲しがった事ってある?」