Believe you 31

 クリスマスより1日早く慎からのプレゼントが届いた。私が使っている香水とその石けん、アロマキャンドル。香水だけを買おうと思っていたのに店員に勧められるままに買ってしまったらしい。 そして、もう1つの小さな包みには真珠が2つ縦に並んだ雪だるまのようなピアス。かわいくて思わず笑ってしまう。メッセージカードからはオルゴールのホワイトクリスマスの曲が流れてくる。
 私が贈ったものもそろそろ届くだろう。
 何をプレゼントするか何日も悩んだ。そして、私は慎がバングルを買ってくれた店へ行った。
 バングルを外し、これと同じリングが欲しいと伝えるとサイズを訊かれた。そう言えば、私は慎の指のサイズを知らなかった。返答に困る私を見て、後でサイズを直すなら内側に文字の入っていない 物を選んだ方がいいと言われたが、チェーンを通してネックレスのようにしたいからと一般的な男物のサイズを選んだ。
 キレイにラッピングされるそれを私はぼんやりと見つめていた。お揃いの物を持ちたかったという、かわいい考えで私はこれを選んだのではなかった。
 でも、慎にはお揃いの物を贈ってきたと思ってもらってかまわない。
 I love youでは何となく軽く感じて、I need youやI miss youでは少し重くて。
 Stay with you
私の今の精一杯の気持ち。隣りに座ったり、並んで歩く事はできないけれど、私の気持ちは慎の許にあるから。だから、私を忘れないで。
 寄り添えなくてもせめて声くらい、と受話器に伸ばした手をいつも戻してしまう。今まで慎に電話をしたのは2度だけ。毎日のメールに慎を感じる事はできるけれど、突然電話をするのは何となく怖かった。 慎は優しいから本当の事を言えないでいるかもしれない。最近よくそんな事を考える。そして、距離を示す8時間の時差を言い訳にしてしまう私。クリスマスの雰囲気と寄り添い歩く街の恋人達に嫉妬し、 いじけているのかもしれない。
 1年前の今日に撮った写真の中の私は笑っている。1年分若かった私と慎。思い出が本当の思い出になってしまいませんように・・・
 軽く溜息をつき、気を取り直して慎へプレゼントのお礼とほんの少しだけ本音をメールする。
 慎もがんばっているのだから、私もがんばらなきゃ。かんばろうね、慎。
 8時間遅れの時計を見ると、まだ夜も明けないような時間。その隣でお揃いの腕時計がいつものように正確に時間を刻んでいる。
 Merry X’mas  素敵なイヴを・・・

 

 「今日も新聞に載ってたわね、シン」
 「そう?」
 「本当はもうチェック済みなんでしょ?ねえ、どうして彼女はあなたに逢いに来ないの?いくら日本人でもニューイヤーデイ辺りは休みでしょう?」
 「日本の冬の休みはそれほど長くないからね。それに彼女にだって、いろいろ都合があるだろうし。」
 「都合?あなたより大切な都合って事?シンはずっと逢えなくて淋しくないの?」
 「今日はやけにからむね、ジェイ。そりゃ、逢いたいよ。でも、例えば今日、日本に帰って明日戻ってくるって事もやろうと思えばやれるのにオレだってやらない。それなのに、彼女が来ない事ばかり責めるなんてできないだろう?」
 「それはそうかもしれないけれど・・・毎日のメールの交換だけで満足できるなんて、私には考えられないわ」
 「満足してるわけじゃないよ、逢いたいさ。でも、お互いそれぞれの生活があって、そこで一生懸命にがんばってる。彼女は今まで一度もオレがいない事のグチを言ってきた事がないんだ。 楽しかった事や仕事をがんばってるって話をメールで読むたびに、オレもがんばらなきゃって思うよ。オレがいい結果を出せなかったら、何のために彼女に淋しい思いをさせてるかわからないしね」
 「ふうん・・・大人なのね、あなたも彼女も。クリスマスのプレゼントはもらったの?」
 「もらったよ」
 「よかったわね。私、これから友達と待ち合わせがあるから、じゃあね」

 

 クリスマスは慎が贈ってくれたキャンドルの灯りでケーキとワイン。美幸とテルくんに一緒にどうか、と誘われたけれど断ってしまった。私は他の誰でもなく、クリスマスにと贈ってくれた慎の気持ちと一緒にいたかった。
 1年前とはまったく違う日々。駆け足で過ぎていく年末。何となく終わってしまった年末年始の休み。
 気がつけば1月ももう終わろうとしている。今年の冬は去年より寒いらしい。この冬も季節限定の恋人コーくんが、私を温めてくれている。コタツが恋しいと慎がメールに書いてきたので気分だけでも、とコーくんの写真をメールに添付したら 慎は怒っていたっけ。  冬は寒い。私は寒がり。
 慎の左のポケットは私の指定席とメールを送ってみた。何の事かわかるだろうかと不安半分、イタズラ半分だったけれど慎はちゃんとわかってくれた。
 ありがとう、慎。
 マフラーと手袋が冷たい風から私を守ってくれて、いつも肌の上には慎からのプレゼントたちが健気に自己主張して、そしてコーくん。
 寒いけれど寒くない。でも、寒い。不思議な気分。
 淋しいよ。慎に逢いたい。逢いに行けばよかったのかも・・・・
 逢いたいという気持ちが10あったとして、それを言葉にしてしまうと10が20や30じゃなくて50にも100にもなるような気がする。これが言霊というものなのだろうか。
 だから、私は逢いたいと言葉にしない。それが私と慎のためのような気がするから。
 日本では慎がどんなに活躍してもニュースになる事はないので、時折ネットで慎のいるリーグサイトを見てみる。言葉なんてまったくわからないから何が書いてあるのかわからないけれど、 慎の写真が載っていたりすると嬉しくなる。相変わらずの笑顔。
 もうすぐ慎の誕生日。私はノートくらいの大きさの絵を選んだ。ブルーのバックは青い空なのだろう。そこに翼の生えた仔猫が1匹いるパステル画。
 −アタッカーとしては背が高いわけじゃないから、高く飛ぶしかない。跳ぶ、じゃなくて飛ぶね−
 昔、慎がそう言っていた。  この作家の絵は前から好きだったけれど、この絵を見つけた時、これだと思った。
 この子のように慎にも翼が生えて、高く飛べますように・・・  少しかわいすぎるかとも思ったけれど、これに決めた。慎も気に入ってくれればいいけれど。来週半ば辺りには送ろう。 バレンタインのチョコはファンの女の子にもらってね。
 逢いたいよ、慎。ねぇ、慎、慎の右腕であの時計は動いてる?

 

 「ジェイ?!どうしたの?」
 「シンが読みたいって言ってた本を持ってきたのよ」
 「それでわざわざ?」
 「この建物に住んでるのはわかってたけど、部屋は知らないからエントランスで待つしかないでしょ?」
 「今度、店に行った時でよかったのに。中に入ろう。コーヒーを入れるよ。寒かっただろ?」
 「まさか雨が降ってこんなに寒くなるとは思わなかったわ。そろそろ帰ってくる頃かと思ってたけど、なかなか来ないから私も帰ろうかと思ってたところだったの」
 「ラディの家に寄ってきたから、いつもより遅くなったんだ。さ、早く」
 「いい部屋に住んでるのね。キレイにしてるわ。他の部屋も見ていい?」
 「そうぞ、何もない部屋だけどね」
 「ねぇ、これ・・・ベッドルームから勝手に持って来ちゃったけど、これがシンの彼女なの?」
 「そうだよ、マユっていうんだ。はい、コーヒーどうぞ」
 「ありがとう。この猫の絵はシンの趣味なの?」
 「彼女からの今年の誕生日プレゼント。昔、彼女に高く飛びたいっていうような事を言ったのを覚えていてくれたみたいで」
 「かわいらしい趣味ね。彼女は私と同じくらいの年?」
 「いや、オレの1つ下」
 「日本人は若く見えるわ。彼女がシンの心の支えってやつなのね」
 「あはは。そうだね」
 「彼女は心以外に何を支えてくれるの?」
 「え?」
 「シンの心が崩れそうになった時、彼女はどんな風にシンを支えてくれるの?またメール?メールでがんばって、遠くから応援してる、 みたいな事を書いてくるわけ?シンはそれで満足?それで心が強くなれるの?今日みたいに寒い日、彼女は部屋を暖めてくれる?」
 「ジェイ・・・」
 「今のシンの心の支え、シンの心の中に住んでるのはこの写真の彼女だってわかってるわ。私は彼女ほどシンの事を知らない。でも、このシーズンが 終わるまではシンは確実にここにいるんでしょ?私がシンを知るのに十分な時間だわ。私だったら、冷え切ったこの部屋を暖かくして待っていてあげらる。 コーヒーだって入れてあげられる。触れられない遠くの彼女と違って、私はあなたに寄り添って傍で心の支えになれるわ」
 「・・・ありがとう、ジェイ。そう言ってもらえて嬉しいけど・・・」
 「彼女を愛しているの?」
 「昔、彼女にも言ったけれど、好きと愛してるの違いはよくわからない。・・・でも、ジェイがオレに対して想ってくれた気持ちと同じ物を彼女に対して 持ってると思う」
 「・・・ばかね、シン。それを愛してるっていうのよ。誰かを強く想う気持ち、それで十分じゃない?・・・あの翼の生えた猫は彼女自身でもあるのかしら? だとしたら、彼女はシンのエンジェルね。・・・I love and believe you 単純だけど、素敵な言葉だわ。シン・・・」
 「え?」
 「握手よ。握手は世界共通じゃないの?」
 「そうだね、ごめん」
 「これで私たちは今まで通り友達よ。明日になって、やっぱり・・・なんていわれても私は困るわ。だから、これからも私に恋するなんてやめてね。 私は明日から甘い言葉を囁いてくれる素敵な人を見つけるの。シン、あなたももう少しそういうのを覚えた方がいいわ。シャイでストレートなんて クセが悪すぎる」
 「わかったよ。でも、シャイは日本人の特権だから・・・」
 「そんな事を言ってるとね、日本にいる男に彼女を持って行かれるわよ」
 「えぇ?!」
 「授業でわからない所があるから、今度教えてくれる?」
 「いいよ」
 「雨も止んだみたいね。帰るわ。コーヒーごちそうさま」
 「送るよ」
 「ここで結構よ」
 「そう?平気?・・・じゃ、気をつけて。ジェイ・・・・ありがとう」
 「いいえ。あ、今度来る時までにもう少しコーヒーの入れ方を練習しておいてちょうだね。じゃぁ、またね」

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