Believe you 30

 今日は休みだからもう少しこのままでとベッドでコロコロしているとめずらしく家の電話が鳴った。いつもケータイばかりで家の電話が鳴るのは間違い電話か営業電話ばかり。またかと私は半分うんざりして電話に出た。
 「もしもし、××宅配サービスですが、田辺様のお宅でしょうか?」
 「はい・・・そうですが」
 「松木慎様からお荷物をお預かりしております。あと10分ほどでお届けできますが、受け取りは可能ですか?」
 私はびっくりしてガバッと起きあがった。
 「大丈夫です。10分後ですね?」
 「だいたい10分くらいでそちらへお伺いできると思います」
 「わかりました」
 電話を切った私は、急いで着替えをした。慎から?何?どういう事?
 身支度を済ませ回らない頭で考えているとチャイムが鳴り、配達のお兄さんから私は荷物を受け取った。
 確かに向こうの住所とShin Matsukiとある。半信半疑のまま、開けると小さな箱とメッセージカードが入っていた。

     真由へ
        Happy Birthday
        本当は誕生日当日に直接渡したかったけれど
        オレのワガママでそうもいかないので
        バレー以外にもやらなければならない事が
        たくさんあってドタバタの毎日です
        もう少ししたら、ネットも繋げるので
        慎くん日記を乞うご期待!

         PS 元気か?  真由が心配だよ

 小さな箱を開けるとタンザナイトのピアスとネックレスが入っていた。
 覚えててくれたんだ、慎。メールチェックなんて、言われなくても毎晩やってるよ。
 慎と離れて、私は初めて泣いた。嬉しくて、淋しい涙が止めどなく流れた。
 私のシャワーの後の日課はパソコンのメールチェック。そして慎からのプレゼントが届いてから5日経った今日、慎くん日記の第1号が受信されていた。
 言葉が通じない事の不便さはあるものの、楽しい毎日を送れているらしい。それにリーグ戦には何とかベンチ入りもできそうだと。
 慎のメールがケータイからパソコンに変わっただけ。私たちは何も変わってないよね?時計もちゃんと動いている。
 慎の不在に慣れてきた私にとって、慎からのメールは嬉しくもあり、慎が傍にいない事が改めて身につまされる事でもあった。
 首許に手をやり、慎から贈られたネックレスに触れてみる。
 ねぇ、慎。私が身に付けている物は、耳も首許も指も腕も、みんなみんな慎からの物なんだよ。
 パソコンの横においた8時間遅れの時計は午後の2時半を指している。件名に、おかえりなさいと入れ私は慎にメールを送った。

 「ねえ、あなた日本人?中国人?」
 「え?」
 「私の言葉が通じない?それとも間違ってる?」
 「あ、いや・・・急に日本語だったから、びっくりして・・・」
 「そうね。日本語を話せるような人はこの店にはいないから。よくここに食べに来てるけど、学生なの?」
 「そういうわけではないけれど」
 「あなた、名前は?」
 「慎」
 「シン、ね。私は・・・ジェイでいいわ。みんなそう呼ぶから。私、大学で日本語の勉強をしてるのよ。今度、私に日本語を教えてくれない?」
 「別にかまわないかけど」
 「そう、ありがとう。で、ご注文は?」

 「クリスマスまであと1ヶ月か。今年は何をもらえるか」
 「美幸は何をあげるの?」
 「どうしようかね。去年はネクタイだったから・・・今年はシャツ付きでネクタイにしようかな」
 「ビジネスマンの必需品だもんね」
 「真由はどうするの?年末は慎くんのとこに行くんでしょ?」
 「多分、行かない」
 「行ってくればいいのに。ま、お金はかかるけど、海外でニューイヤーのカウントダウンなんて素敵じゃない」
 「それは憧れるけど・・・あーあ、行っちゃったって感じでたいした動揺もせずに何とかここまで来れたのね。慎のいない生活が普通に送れて、 慎もアウェイに行ってない限り毎日メールを送ってくれてるの。淋しくないわけじゃないけど、気持ちは安定してるから。でも、逢ったら泣き言を言っちゃうかも しれないと思ったら、逢わない方がいいかなって」
 「そうか。わからなくもないけどね」
 「慎ね、日本を出る事や私を連れて行けない事で私に対して罪悪感っていうのかな、ずっと気にしてて。今は大変だけど、楽しくやってるみたいなの。 試合にも出られるようになって、評価も上がってきてるみたいだし。そんな所で私が泣き言を言っちゃダメでしょ?逢って絶対に泣き言を言わない自信はないからさ」
 「ホント、仲良し振りは変わらないね。羨ましいわ」
 「慎、女の子の友達ができたみたいよ」
 「は?!女?!」
 「よく食べに行くお店のウェイトレスさん。大学で日本語の勉強してて、時々日本語を教えてあげてるんだって」
 「真由、いいの?理由がなんだろうと、相手は女よ、女」
 「いいのって私に言われても。その子の事をメールに書いてくるくらいだから、私に対してやましい事はないんじゃないの?」
 「何なの、その安心しきった態度は?ちょっとやそっとじゃ揺れない信頼があるのはわかるけどさ。焦らせるわけじゃないけど、言葉もロクに通じない異国の地に 一人で乗り込んで行って、共通のものを持つ人に出会ったら当然親近感はわくでしょ?相手は女よ。慎くんがただの友達と思ってても向こうはわかんないじゃない」
 「それは・・・ね。私も最初は、え?って思ったけど。慎が日本語の通じる友達って言ってるし」
 「ああ、もうっ。私の方が焦ってくるよ。その女は、慎くんに真由がいるって知ってるの?」
 「私の話はしたって。こっちに来た時には必ず紹介してって言われたらしいよ」
 「真由、あんた、のん気過ぎ。信じてるのはわかるけどさ、浮気しないでねくらいは言ってあるんでしょうね?」
 「言ったかなぁ。忘れちゃった」
 「はぁ・・・もうすぐ恋人たちの一大イベント、クリスマスがやってくるって言うのに。今晩、慎くんに電話しな。電話代はあとで私に請求してくれていいから。 で、私が浮気も本気も絶対ダメってわめいてたって伝えて。わかった?」
 「今日はアウェイですので、慎は自宅に戻りません。メールに美幸がそう言ってたって書いておくから。それでいいでしょ?」
 「真由がいいなら、いいけど。タバコ吸ってくる」
 ありがとう、美幸。本当はね、私も初めは焦ったよ。恋愛に時間も距離も関係ないって言うけど、そんなキレイ事が通用しないのも恋愛だしね。
 慎は今まで一度も弱音やグチを言ってきていないけれど、本当にそうなのかなって思う。きっと弱音を吐きたくなる時だってあるはず。でも、私は慎に何もしてあげられない。慎は私を連れて行けない事を謝ってくれた。 けれど、私は連れて行ってとは言わなかった。傍にいる人に支えられてしまうのは仕方のない事。もし慎がその彼女を自分の支えとして選ぶのなら、哀しいけれど諦めるしかない。
 逢って私が泣き言を言ってしまい、慎の負担になってその彼女へ慎の心が傾いてしまうのが怖い。かと言って、慎の視界に入らない事で私の存在感が薄れていくのも怖い。年末に慎の所へ行くか本当に迷っている。
 慎のいない生活が安定しているのも本当だけれど、慎に逢いたい。でも、逢ったら離れたくないと思うだろう。そう思う気持ちを私の中に止めておければいいけれど、言葉や顔に出してしまったら 慎はまた自分を責めるかもしれない。それに、思いを隠し通して日本に戻って来れたとしても、そう思ってしまった以上、今のような安定感を保てる自信がない。
 逢いたいから逢いに行く。本当は単純でいいのかもしれないけれど、私はいろいろな事、それもネガティブな事ばかり考えてしまう。
 本音は、すごく逢いたい。でも、逢わない。私のためにはその方がいいのかもしれない。
 私はデスクに両手をつき、時計とバングルを見つめた。

 「調子はどう?」
 「今のところ、順調だね。試合にもスタメンで入れてるし」
 「でも、びっくりしたわ。シンがチームのメンバーだったなんて。私、あの体育館の前を通ってここにアルバイトに来てるの。ラディと一緒に出てきた時は、自分の目を疑ったわ」
 「ラディはこの街のヒーローだもんね」
 「シン、バレーのために日本から来たなんて一言も言わなかったじゃない。仕事って言うから、スーツも着てないしエンジニアかと思ってたわ」
 「お金をもらってるわけだから、仕事には違いないだろ?」
 「そうね。そうそう、私ね日本語が上手くなったって先生に褒められたの。シンのおかげよ」
 「よかったね。オレも休憩時間に辞書と格闘してるよ。ラディの英語に頼ってちゃいけないよな」
 「ラディは英語を話せるの?」
 「奥さんが英語の先生だから、教えてもらったって」
 「シン、早く言葉を覚えたかったらその国の女と付き合うのが一番効率がいいのよ」

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