「いやいや、黒ちゃんキレイだったね」
「本当。私も早くウェディングドレスを着たいわ」
「木村くんは何も言って来ないの?」
「まだ無理ね。それに、私は結婚がしたいんじゃなくて、ドレスが着たいだけ」
「言えてる。私も同じ」
「でも、人の結婚式に出ると単純に羨ましいって思っちゃうもんだよね」
「二次会どうする?」
「私はどっちでも。2人が行くなら行くけど」
「真由は?ダンナ、部屋で待ってるんでしょ?」
「ダンナって・・・美幸だってテルくんに送ってもらったじゃない」
「結婚式の格好で電車に乗りたくなかったの。私、2人より電車の時間が長いんだよ」
「まあね。帰りもお迎え?」
「うん、まあ。今日、テルの親が法事でいないからお泊まり。私のアパート、駐車場がないから、前に路駐で駐禁の切符いただいちゃってるからね」
「車持ちの彼に憧れるわ。運転手はいつも私だもん」
「木村くんは一人暮らしだから仕方ないよ。じゃ、みんなで二次会出席と行きましょう」
披露宴が終わり二次会までの間、ホテルのロビーで時間を潰し、私と美幸はそれぞれ二次会に出る事を電話した。
「いいよ。式じゃ花嫁さんと話せないから、いろいろ話しておいでよ。終わるのは8時半か9時だね。三次会も行くならいいよ」
「それはまた電話するから」
6時から始まった二次会は8時までの予定だったが、30分ほど時間をオーバーして終わった。黒田さんに三次会は失礼すると挨拶し、私たちは店を出た。
「もしもし、私。今二次会が終わったから」
「三次会は?」
「出ないで帰る。お店の近くのコーヒー屋さんで待ってるから、着いたら電話くれる?お店の場所はハガキの地図でわかるよね?」
「じゃ、そこにいて」
「だから、コーヒー飲んで待ってるって」
私が言い終わらないうちに電話は切れてしまった。まったく・・・と思いながら3人で歩き出すと後ろからクラクションを鳴らされた。誰?と少し不機嫌に振り向くとそこには慎がいた。
「どうして?!」
「二次会は8時までってハガキに書いてあったから。ま、着いたのは8時15分過ぎてたけどね」
「もし三次会に行ってたらどうするつもりだったの?」
「その時はその時でしょ」
「相変わらず素敵すぎるわ、慎くん」
「美幸ちゃん、テルは迎えにくるの?」
「今から家を出るトコだけどね」
「テルん家からだと、3,40分かかるよね。中川さんはどうするの?」
「私は、電車で」
「中川さんちって○△なんだよね?そしたら・・・美幸ちゃん、テルにN駅に来いって電話してくれる?そこまで乗せていくから」
「そんな、悪いからいいよ。私はテキトーに待つから中ちゃんだけ乗せてあげてよ」
「女の子を一人で残せるわけないでしょ」
「そうだよ、美幸。慎がいいって言ってるんだから」
「でも、遠回りさせちゃうし・・・」
「じゃ、美幸ちゃん、あそこの自販機でコーヒー買ってくれる?それでガソリン代って事にしよ」
「それでいいの?コーヒーで慎くんの車に乗れるなら安いものよ」
そして、4人の短いドライブが始まった。
「ね、慎くん。私、さっきから気になってたんだけど・・・時計、田辺さんとお揃い?」
「マジ?!そうなの?!相変わらず仲良しねぇ」
私も慎も笑ってごまかすしかなかった。
「木村と別の会社だったら、もっと楽に付き合えたかもしれないなぁ」
「でも、別の会社だったら出会いはなかったかもよ」
「そうなんだよね。やっぱ、社恋って面倒だわ」
「黒ちゃんみたいに早く寿退社できるようにがんばってもらえば?レッツ新妻ライフ」
「当分ないね、そんなの。それに初めて顔を合わせてから、まだ7,8ヶ月よ。それで結婚はないでしょ」
「焦って結婚しても終わるのが早そうだしね。そういや、真由と慎くんは1年経ったんだよね?」
「お陰様で明後日で1年経つね。それまで別れなければ、だけど」
そう言えば、そうだった。慎はちゃんと覚えてたのに、私は・・・・
「田辺さんと慎くんならここ2,3日で別れるなんて事はないでしょう」
「どうだろうね。真由に訊いて」
「今の所、その予定は手帳に書いてないから大丈夫だと思うよ」
「これから先も書く予定なんてないくせに、何言ってるの?」
美幸のツッコミに笑うしかなく、慎は中川さんのナビ通りに車を走らせ15分後には中川さんの家の前で車を止めた。
「本当にありがとう。助かったわ。慎くん、甘い物好き?」
「好きだよ」
「じゃ、引き出物で申し訳ないけど、これ。多分中身はケーキだろうから。とりあえず送ってもらったお礼という事で。いづれ、貢ぎ物でもしますから」
「いいよ、中川さん食べて」
「ダイエット中ですので、ご協力ください」
じゃ、月曜に会社でねと私たちは手を振って別れた。
「むぅ、中ちゃんダイエットか。私もやろうかな」
「美幸も中川さんも太ってないじゃない。気にしすぎじゃないの?」
「最近よく食べるから、お腹が・・・って、それよりテルが、そうか、慎行くのかって一人でブツブツ言ってたわ」
「電話した時さ、最後にしんみりとがんばれよって言われたよ」
「慎くんが日本を出ちゃうのも淋しいみたいだけど、オレは何やってんだろって人生哲学してた。慎は自分の道を自分で作っていくのにオレは流されるままだとかさ。
すぐに感化されちゃうんだよね」
「テルも仕事がんばってるんでしょ?アイツね、陰で努力するタイプだから、そういうの人に見せないヤツなんだよ」
「それは慎くんも同じでしょ?慎はオレの永遠のライバルだ、だって」
「安藤テルオくんにそう思ってもらえるなんて、光栄ですね」
「伝えておく。ね、みんなでファミレスでも行かない?甘い物が食べたくなった」
「美幸、ダイエットは?」
「月曜からにします」
「そろそろ着くけど、テルはどの辺かな?」
「さぁて、何を食べようかな」
「どれもおいしそうだよね」
「甘い物が食べたいって・・・おめーが見てるのはディナーメニューだろうが」
「細かい事言ってると、ハゲるよ。安藤テルオ」
「輝久だっつーの。ハゲ言うな。うち、ハゲの家系なんだから」
「いつ見ても2人は夫婦漫才だよね」
「テルが一人でやってるだけ。私はまとも」
それじゃ、オレがバカみてーだろ、とテルくんは怒っていた。テルくんと美幸を見てると楽しくて羨ましくなる。本当に仲がいいんだなと。
花嫁さんはキレイだった?という慎の一言で話は今日の結婚式へ流れていった。
「黒田さん、あ、もう橋本さんか。すごくキレイだったよ。明後日ハネムーンに出発。プーケットに1週間だってさ。羨ましい」
「真由ちゃんだって、慎が向こうに行けば遊びに行けるでしょ?」
何気ないテルくんの言葉に、私はすぐに返事をする事ができなかった。私の様子に気付いた美幸はテーブルの下でテルくんの足を蹴飛ばしていたようだった。
「遊びにねぇ。どうかな、お金ないし。宝くじに当たったら行こうかな。ね、慎」
「うん、当たったらおいで」
「ごめん、真由ちゃん」
「何が?だって、慎が行くのは本当だもん。遊びに行くったって、2,3万で行けるわけじゃないし。やだなぁ、気にしないでよ」
気にされる方が困っちゃうよ、テルくん。
「テルくんこそ、今すぐじゃなくていいから美幸の事もらってやってね」
「何ですか?その無理な展開は?」
「美幸が頭下げて、結婚してください、私の骨を拾ってくださいって言うなら考えてやってもいいけど」
「いや、結構。私は慎くんの愛人で十分です」
「お前な、知らないだろうけど、慎は鬼畜だぞ」
「ふざけんなって。変態が何言ってんだよ」
「慎くんなら、鬼畜でもいい」
「美幸ちゃん、誤解だって」
気まずくなりかけた雰囲気もどこかに消え、おいしいデザートにも私は満足していた。
「今日は、本当にありがと」
「どういたしまして」
「慎・・・最初に逢った日、覚えてたんだね」
「ずっと覚えてたわけじゃないよ。たまたま、ここで真由の電話を待ってる間ふとカレンダーを見たら、そう言えばって思い出しただけなんだよね、実の所」
思い出しただけすごいよ、慎。私なんて・・・ごめん。
「さて、髪も乾いたし、眠くなってきちゃった」
「寝よっか。明日、中川さんにもらったケーキ食べよ」
慎の腕の中は居心地がよく、私はすぐに寝付いてしまった。
この1年、いろいろとお世話になりました。ありがとう。
これからの1年もよろしくお願い致します。
慎のメールが入る前に私からメールを入れた。もっと気の利いた言葉があっただろうと送信してから苦笑いしてしまった。
1年前の今日、私は慎と初めて逢った。そして、慎の小犬のような笑顔に一目惚れした。いろいろな事があって、もう1年が経ってしまったという感じがする。
私たちの時計はあとどれくらい同じ時間を刻んでくれるのだろう。1分でも1秒でも長く刻んでくれれば・・・
私の周りは少しずつ変わっていくけれど、私と慎は何も変わらない、変わらないでいたいと思う。
秒針が淡々と刻んでいく1秒1秒は何に対してのカウントダウンなのだろう?私と慎の終わりへのカウントダウン?それとも新たな始まりのため?
カウントダウンではなく、記憶や新しい思い出のしおりであってほしい。どっちにしても私には答えはわからない。考えても仕方ないというのが私の答え。
何も考えずに楽しみましょう。何も考えずに楽しませてあげましょう。そして、少しずつ気持ちを整理していきましょう。少なくとも、慎がヒコーキに乗る日までのカウントダウンは始まっているのだから。
ケータイに残る慎からのメールを読み返していると慎からのメールが届いた。
こちらこそ、末永くよろしくお願い致します。
真由に逢えて、自分が変わったと思う。
ありがとう。感謝感謝
何言ってるの?変わったのは私の方なのに。慎に逢ってから素直になれたし、慎ががんばってるから私もがんばろうって思えるようになったのに。
なーんにも知らないんだ、慎は。感謝するのは私の方が多いのにね。