Believe you 24

 バレンタイン当日は土曜日なので、前日の金曜に会社のみんなにはチョコをお渡しした。
 木村くんは、本当にいいんですか?とやけに感激してくれていた。こんな木村くんを見ていると、一緒にいたくなる中川さんの気持ちがよくわかる。
 何か、放っておけないのよ。よく中川さんは木村くんの事をこう言っていた。
 「美幸、これ、テルくんに」
 「テルに?いいの?」
 「うん。いつもお世話になってるから」
 「テル、すっごく喜ぶよ。ついでだから、直接本人に渡しなよ。今日、お好み焼きを食べに行く予定なんだ」
 「2人の間に私が入るの?バレンタインに?邪魔過ぎぃ」
 「今更何よ?人は多い方が楽しいんだって。じゃ、中川さんたちも誘えば平気?」
 「私以外に人がいるなら、いいけど」
 美幸はテルくんのメールをし始めた。
 「女の子は多ければ多いほどよろしいそうです」
 結局、お好み焼きの鉄板は、テルくん、美幸、中川さん、黒田さん、木村くん、私の6人で囲んでいた。テルくんにチョコを渡すととても喜んでくれた。
テルくんと木村くんはすぐに意気投合し、テルさん、木村の仲になっていた。
 「木村とテルくんって似てるのかも」
 テルくんのおもちゃになっている木村くんを中川さんは嬉しそうに見ていた。  飲み足りないとテルくんと木村くんが騒ぐので、次の店に移動していると慎からメールが入った。
 「慎から?」
 そうだよ、と答えるとテルくんは自分のケータイを出してどこかに電話をしだした。
 「あ、オレ。今、平気?オレは酔ってるから平気じゃないんだけどね。あのさ、今日だけもらっちゃっていい?・・・何をって、キミの大事な物 ・・・は?じゃねーよ。いいのかぁ?もう酔ってベロベロだぞ。オレの理性もベロベロだぁ」
 「ちょっと、テルッ、もしかして慎くんに電話してるの?ちょっと貸せ。もしもし慎くん?美幸です、こんばんわ・・・嘘だからね、テルが言ってる事は。あとで5,6発ぶん殴っておくから。ごめんね。じゃ、真由に代わるね」
 「もしもし?」
 「びっくりしたよ、テルから電話なんて。3人で飲んでるの?」
 「6人。中川さんとその彼と黒田さん。みんな同じ会社なの」
 「楽しそうだね。いいなぁ、オレも行きたかったなぁ」
 「ごめんね」
 「いいよ。オレなんて毎日合宿状態でワイワイやってるんだから」
 「今度みんなで一緒に飲もう」
 「うん。誘ってよ」
 「じゃ、テルくんに代わるね」
 「慎、早くオレを抱いてくれよ・・・今更何言ってんだ?オレとお前の仲だろ?・・・そうそう、ただの友達ね。淋しいな、お前は。 お前の優勝が決まったら、みんなで祝杯だ。いいか、必ず勝てよ・・・ああ、じゃあな。愛してるわ、慎ちゃん・・・じゃ、またな」
 へへへと上機嫌なテルくんは美幸にどつかれまくっていた。
 2軒目の居酒屋でもテルくんと木村くんははしゃいでいた。
 「木村くん、嬉しいんだね」
 「何が?」
 「だって今まで社内の人には秘密だったわけでしょ。それが会社の人の前で彼氏、彼女でいられるんだもの」
 「そうか、そうだよね。私はそれほど気にしてなかったけど、木村は気にしてたのかな」
 「2人でいる時も、木村って呼んでるの?」
 「2人の時は下の名前だよ。ただあんまり下の名前で呼ぶのに馴れちゃうと、会社でポロッと出そうだから田辺さんたちの前でも木村って呼んでるの」
 「社内恋愛は気苦労が絶えないねぇ」
 「社恋禁止じゃないから隠す必要はないんだけど、別れた時が面倒だし、木村がロクに仕事もできないくせにって目で見られるのは可哀想だから」
 「さすが姉さん女房だね」
 何でも分かり合えている美幸とテルくん。お互いに人生を預け合えた黒田さん。彼よりもずっと大人な中川さん。3人ともすごいなと思う。それに比べて私は・・・
 慎に甘えてばかりで。自分が変わったけれど、それは自分のためであって、慎のために私は何ができているのだろう。いつもしてもらうばかりで。
 中川さんは今晩は木村くんの部屋にお泊まりなので私は一人で電車に乗った。
 一人になると無性に慎の声が聞きたくなった。別に私だけ淋しいなんて思ってない。ただ、どうしてもどうしても慎の声が聞きたかった。
 一駅毎に停まる電車にイライラして、早くしてよと心の中で悪態をついてしまう私だった。ようやく改札を出る事ができ、私はすぐにケータイを取り出した。
 「どうした?何かあった?」
 慎の声だ。
 「何でもない。何となく、電話したかったの」
 「本当に何でもないの?」
 「うん、大丈夫だよ」
 「それならいいけど。ごめんな」
 「何が?」
 「みんな、彼連れの飲み会だったんでしょ?」
 「黒田さんの彼は来てないよ。それに慎が謝る事じゃないよ」
 やだなぁ、慎にバレてるよ。羨ましかったんだよね、みんなが。
 「今度は一緒に行こうね」
 「ちゃんと誘ってくださいな。でも、楽しかったんでしょ?」
 「楽しかったよ。だから、今度は慎も一緒に楽しもうね」
 今日の事を一通り慎に話し電話を切った。電話を切る頃には、もう部屋の前だった。
 シャワーを終え、慎にもらったバングルと時計と指輪をコタツの上に並べた。
 みんなが羨ましかった。うん、確かにそういう気持ちがあった。けれど、一緒にいられない慎を責める気持ちなんて砂の粒ほどもない。 これだけは本当。これだけは慎に誤解してほしくない。慎が行ってしまったら、こんな事はよくある事になるのに。今からこんなだなんて、先が思いやられる。
     I love and believe you
 私から慎へというだけでなく、私自身への言葉なのかもしれない。信じてるという事は、不安にならないでほしいし、自分も不安定にならない事。
 きっと今日の事で慎はまた考えてしまうだろう。
 私は慎の声を聞く事で不安定になった気持ちを落ち着かせる事ができ、今はこの数時間の自分の気持ちの変化を冷静に考えている。
     Stay With You
 慎が選んだこの言葉の意味が初めてわかったような気がする。今までは単に恋愛言葉の一つとしか思っていなかったけれど、例え寄り添いあって笑いあえなくても 想う気持ちはいつも傍にいる、そういう事なのだろう。
 気がつかなかった私はホントに自己中心的。自分がイヤになる。でも、もう大丈夫。考え込んでいるかもしれない慎の不安定さを元にもどさなきゃ。
 私は慎にメールを入れた。

 慎が戻ってきている少しの間、仕事帰りに3,4時間慎との時間を過ごす生活に慣れてしまった頃、リーグ戦は決勝戦を迎えた。慎たちは2月の半ば過ぎにはベスト4入りを決めていた。
 決勝戦の前日、優勝がバレンタインのお返しの1つと慎は言っていた。
 お返しとか私のためではなく、慎自身のために勝ってほしかった。あと1週間もすれば慎はトライアウトを受けに日本を出る。自信をもって飛行機に乗ってほしい。
 今はそれしか考えられなかった。
 「真由、このセットを取れば優勝だよ。もう、ドキドキ」
 「私もだよ。相手に点が入る度に泣きそうになるよ」
 優勝という二文字をかけた気迫がコートからひしひしと伝わってくる。2セットめを落とした慎たちはセットカウント2−1で4セット目を闘っている。
 ひと月ぶりの慎の真剣な顔。慎は勝つ、必ず。
 そう思っているのにミスがある度に私は逃げ出したい気分になる。
 「大丈夫だよ、真由ちゃん。慎は必ず勝つよ」
 いつものおふざけ調子のテルくんではなかった。
 優勝まであと2点。でも、相手チームとの点差も2点。十分に逆転可能な点差。お願い、このまま・・・私の手は無意識のうちにぎゅっと握られていた。
 ブロックが決まり、会場に歓声と悲鳴にも似た嘆息が響く。あと1点。あと1点で終わる。
 「ここでさ、慎くんが最後にバックアタックを決めて優勝したらドラマだよね?」
 「現実はそこまでうまくできなないでしょ?」
 慎は今、本来のポジションの真後ろにいる。エースアタッカーがネット際にいるのだから、最後のトスは慎には上がらないだろう。それでもいい。ここで1点を 取れるなら誰が決めても、相手のミスでも何でもいい。私はそう思っていた。
 レシーバーからセッターへボールが繋がる。私たちが座っている席からは、どこにトスが上がったのか正確にはわからなかった。
 でも、慎は飛んだ。慎のバックアタックはブロッカーの手によって止められ、相手コートに落ちる事はなかった。ネットを越えられなかったボールは、観客席の方へ飛んでいった。
 試合終了。
 「真由、真由!決めたよ、慎くん。慎くんが最後に打ったよ」
 私は半ば呆然としてコートを見たままだった。
 「真由、わかってる?!慎くんたちが優勝したんだよ」
 「・・・勝った・・・んだよね?・・・勝ったんだ・・・よかった」
 プツッと緊張の糸が切れ、泣けてきてしまった。
 「真由ちゃん、慎に優勝パーティだって伝えておいてよ。オレも電話するけど」
 「うん、わかった」
 私は鼻をスンスンすすりながら、半泣き半笑いで答えた。
 長かったような、短かったような3ヶ月が終わった。
 一度ベンチに戻った慎は、バレンタインの時に贈ったタオルで汗を拭いていた。そして、時折観客席に目を向ける。私たちを探しているのかもしれない。 手を振ろうかなと思った瞬間、美幸が私の腕を掴んで立ち上がった。大声で慎の名前を呼ぶテルくんの声に気付いたらしく、慎は私たちの方に手を振った。 そして、親指を立て笑顔を見せてくれた。
 おめでとう、慎。私も慎と同じくらい嬉しいよ。

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