始まったばかりだと思っていた今年はもうひと月が終わろうとしている。横浜で逢ったきり慎とは顔を合わせていないが、毎日の電話かメールで
あまり離れているような気はしなかった。
あの試合での慎を見てから私も仕事をがんばろうとやたら仕事に燃えた。頭を抱える事が出てきても、よし、と取り組める。そんな風に単純に感化されてしまう自分がおかしかった。
今日は一月最後の土曜日。カレンダーに書き込んだ慎の予定は、鹿児島となっている。
天気もいいし、冷蔵庫の中身も淋しくなってきたので買い物をと私は外へ出た。快晴のお天気で暖かい。鹿児島も晴れかなと軽い足取りで歩き始めた。
時間もあるというか、何の予定もないので買い物をする前にショッピングセンターの中を一回りする事にした。よく立ち寄るアパレルブランドショップでは、もう春物が出始めている。春色の明るい洋服たちを見ていると、2月という寒い1ヶ月が残っているのを忘れてしまいそうになる。
順々にショップを見て回り、インテリアショップに立ち寄った。この店の小物はいつ見ても、つい買ってしまいそうになるものばかりだ。
入り口際の物から1つ1つ見ていくとフォトスタンドがいくつか並んでいた。そしてその中に素敵なブルーのフォトスタンドがあった。形容しがたいとてもきれいなブルー。
そう言えばクリスマスや美幸たちと撮った写真をまだ慎に渡してなかったっけ。写真と一緒にこのフォトスタンドを誕生日プレゼントとして渡して慎を驚かせよう。
一目惚れしたそのフォトスタンドとラッピングバッグを手に私はレジへ向かった。
買ってきた物を冷蔵庫や棚に片し、その間に温めておいたコタツで私はフォトスタンドを箱から出した。ブック型のそれは左右に1枚ずつ写真が入れられる。どの写真を入れようか、ととても迷った。
恥ずかしい気持ちの他にこんな事をして慎はどう思うのだろうかと少し心配な気持ちもあった。
押しつけがましいかな・・・図々しいかな・・・・
決めた。写真は一枚だけ入れよう。
街のイルミネーションをバックに撮った1番写りのいい1枚を左側に、右にはメッセージを入れる事にした。気に入らなければ慎が中身を抜けばいい。
半分開き直り、メッセージを書くペンを探した。
Happy Birthday,Shin
Take it easy
But take a chance
I love and believe you
from mayu
改めてメッセージをと思うと何も言葉が浮かんでこない。でも、Happy Birthdayだけではシンプルすぎるような気がする。何となく思いついた言葉を書いてみたが、英語があっているのか自信はない。
ま、いいやと納得し、写真とメッセージを入れ、ラッピングをした。淡いブルーのラッピングバッグに身を包み、ロイヤルブルーのリボンでおめかしをしたプレゼント。
私も大胆になったな。2人で撮った写真を入れるなんて。・・・でも、やっぱり写真は入れない方がよかったかな・・・
思う事が右に左に飛ぶ。けれど、キレイに結べたリボンをほどくのはもったいないから。言い訳じみた理由をつけ、私はプレゼントを棚に置いた。
クリスマスの次にやってくる女の子のイベントはバレンタイン。クリスマスとは比べ物にならないけど、やはり街が明るい。
いつもの4人で仕事帰りにデパ地下でそれぞれ会社用のチョコを買い、食事をしていた。
「私たち4人からは必ずチョコをもらえるのよね」
「会社の女の子からなんて色気も何もないけど、最低でも4つは収穫があるって大きいよね」
「奥さんや子供にも見栄が張れるよ」
「去年のお返しって、どんなだった?」
「クッキー、ハンカチ系が多かったかな。あ、私たちのデスクにいるテリアの貯金箱は課長から。奥さんが買ってきたんだろうけどね」
「かわいい趣味。気が利くよね」
「夫を立てる妻にならなきゃだめよ、黒田さん」
「ええ?!でもホワイトデイで奥さんのセンスがわかるなんて、イヤよね。私だけじゃなくて、みんなもいづれは人事じゃないのよ」
「いづれ、ね」
みんな恥ずかしいのか、誰も彼の分はチョコを買おうとはしなかった。それともチョコではないものをあげるのか・・・?
慎の誕生日にもバレンタインにも少し早い今日、慎に久しぶりに逢う。明日から慎は移動でまた2週間近く帰ってこない。
「ごめん、待った?」
「いいえ」
珍しく約束の時間に遅れた慎。慌てた様子で私の方に向かってくる慎を私は笑って見ていた。
「出がけに電話が入っちゃって、ごめん」
「5分なら待ったうちに入らないよ。それにいつも私が待たせてる」
「オレがいつも早めに来てるから。気にする事はないよ」
やっぱりそうだったのか。時間通りに来ても、必ず慎がいるわけだ。
タロウの新しい首輪を買いたいというので、デパートのペット用品フロアへ行った。
たくさんの首輪が並ぶ中、当然慎はブルーの首輪を選ぶのだろうと黙って見ていた。しかし、慎が手に取ったのは赤い首輪だった。
「赤、なの?」
「ん?今日、タロウと公園に行ったら、タロウがじっと見てる犬がいて。前にも何度か見かけた犬なんだけどさ、その子が赤い首輪してたんだよね。じゃあ、お揃いの赤い首輪にして
きっかけでも作ってやるか、と親心」
「タロウは見てるだけなの?」
「うん。近づこうとはしなかったね。向こうはタロウより小さい犬だったし。遠慮したのか、見つめるだけの恋なのか」
「でも、その子本当に女の子なの?」
「多分。連れてたおばさんが、ハナちゃんって呼んでたし」
「タロウとハナコ?お似合いね。仲良くなれるといいね」
「タロウが兄貴似だったら、速攻アプローチだろうけど」
「慎似だったら?」
「尻に敷かれる」
「ちょっと、どういう意味?失礼ね。慎似だったら、ぼんやり坊ちゃんよ」
何だそりゃ、と慎は笑っていた。
買い物を終え、最上階のレストラン街へ行った。通された窓際の席からは、夜景がきれいに眺められる。
「試合はどう?」
「あと3つ勝てば、ベスト4入りは確実だね」
「足も治ったし、怪我には気を付けないとね」
「ああ。でも、あの試合、来てるなんてマジ、びっくり」
「美幸も中川さんもカッコイイ、カッコイイってずっと言ってたよ」
「ははは。最後、アタックを決めて試合終了だったらもっとカッコよかったんだけどな。それにしても、よくあそこで待ってたね」
「テルくんが探してくれたの。待っててもなかなか出て来ないし、帰ろうって言ったんだけど3人が待つって。私に気を遣ってくれたみたい」
「オレも真由もみんなに感謝だよな」
「本当だね」
慎は黙ってうなづき、外の灯りを見ていた。
「はい、どうぞ。ちょっと早いけどバレンタイン」
「そっか・・・そういう時期なんだな」
「ファンの子たちから、チョコはもらえるんでしょ?」
「今年はどうかなぁ。開けていい?」
「どうぞ、たいした物ではございませんが」
「いえいえ・・・お、タオル。キレイな色だね。明日、持って行くよ。ありがとう」
「選んだ私が言うのもなんだけど、キレイな色でしょ?ついでに自分用に別の色も買っちゃった。そのショップのバイヤーがイタリアで
見つけてきた物だから次はいつ入荷するかわからないんだって」
「イタリア、か・・・」
「慎はヨーロッパに行く予定だから、行ったらいつでも手に入るのかもしれないけどね。ま、行くまではそのタオルでヨーロッパ気分を味わって」
「・・・すごい、さ・・・自分勝手なのはわかってるんだけど・・・真由に向こうに行く話をされると何かつらいな」
「どうして?」
「真由に一緒に行こうって言ってやれないから」
「ばかね。一緒に行こうって言えたとしても、私が、うんと言う保証はないでしょ?」
「そっか、そうだよな。真由には真由の人生があるもんな。オレが振り回しちゃだめだよな」
「もうっ、冗談で言ってるのに。慎がついてこいっていうなら、ついていくよ。・・・多分」
「多分?」
「はっきりとはその時にならなきゃ、言えないでしょ。でもね、ついて行って慎のお荷物にはなりたくないなぁ」
「お荷物?」
「やるべき事、やりたい事がたくさん出てくるのに、私の事も気にしてなきゃいけないなんて、お荷物よ」
「それはないと思うけど」
「9月に行く時点では慎はまだ地に足が着いていない。初めての事ばかり。そして、新しいチームメイトとも仲間にならなきゃいけない。私だったら、きっと自分の事で頭がいっぱいよ。
それに日本語の通じる相手がいたら言葉を覚えるのが遅くなるよ」
「真由に言われると、そうなのかもしれないって思えてくる」
「ホンット、前向きというかシンプルというか」
「あ、バカだって言いたい?」
「その件に関しましては、ノーコメントで。でも、そういう慎だからトライアウトを考えられたんだよね」
そうなのかな、と慎は笑っていた。いつもの小犬のような笑顔で。
店を出た私たちは駅へ向かった。慎と逢う時はプレゼントしてもらった手袋はバッグの中でお休み。繋いだ手から伝わる慎の体温が空いた手までも温かくしてくれる。
「じゃ、気を付けて。風邪引かないように」
「うん。これ、クリスマスに撮った写真と美幸から」
私は封筒に入れた写真を慎に渡した。
「電車の中で見るよ。楽しみ」
「それから・・・これ」
私はもう一つの包みを出し慎に渡した。
「何、これ?」
「ハッピーバースデイ」
「・・・・時計もらったよ、オレ」
「プレゼントはいくつもらっても嬉しいでしょ?」
クリスマスの時に慎が言った言葉をそのまま返してみる。
「うん、ありがとう」
「まだ少し早いけどね。当日渡せないから、今日でカンベンして」
「別に謝る事じゃないでしょ?いないのはオレの都合だし。覚えててくれたんだ、ありがとう」
「期待しないでね」
慎の嬉しそうな顔を見ると、やはり写真は入れない方がよかったかも、と今更ながらに後悔してしまう。開けてびっくりとはこの事よね、と自嘲する私だった。