遅めの朝食を食べお昼近くまで2人でコタツで何となく過ごし、タロウにお昼ご飯をあげて私の部屋に戻った。
私の部屋でも何となく過ごしている。
「何だか、いろんな事が一気にあった年末年始だったな」
「そう?」
「年末って言うよりクリスマスからかな。あっという間に今日まで来ちゃって、明日から仕事だなんて信じられない」
「そう言われればそうかもしれない」
「今度の週末は慎もいないし、連休だから金曜の仕事帰りにそのまま実家に戻るね」
「ゆっくりしておいで」
「うん、そうする」
「時計、いつ買いに行こうか?」
「私はいつでもいいけど。そんなに欲しいの?」
「いや、欲しいっていうか・・・」
「何よ?私に買ってあげたいって事?」
「それは別にかまわないんだけど・・・」
「だから、何?はっきりしないヤツだな」
「だからさ・・・今までオレは真由にプレゼントをして、真由もオレにくれて。真由はオレが贈った指輪なんかをいつもつけてくれてるの知ってるし
、オレも一番持ち歩くケータイに犬のヤツをつけてるけど・・・」
「もう、ちゃっちゃと話してよ」
「贈った、贈られたで一方通行のような気がするんだよ。クリスマスはお互いに相手の事を考えてそれぞれにプレゼントを選んだ。それは相手の事を想って選ぶわけだからいい事だと思うんだ。
相手を想わなきゃ選べないしね。うーんとさ、うまく言えないんだけど同じ物を持つってさ、同じ空間を共有できなくても同じような時間は共有できるんじゃないかと思って。
時計なんてまさに時間を刻むものだし。・・・やっぱ、オレって乙女チック?」
歯切れの悪い言葉を一つ一つ話し、最後に照れ笑いの慎。
「慎くん、かわいい」
私は頭をなでてあげた。
「うるさいよ。やっぱり言うんじゃなかったよ」
「でも、田辺はちょっと感動したよ。そういう考え方もあるんだね。そんな風に考えた事なかった。同じ空間や時間の共有って言われたら、今こうして一緒にいるように目の前に相手がいる事って
思っちゃうもの。慎ってたまに感動的な事を言うよね」
半褒め、半けなしの私の言葉に慎はふてくされたフリをしていた。
「いつでもいいんだけど、今日はパスさせて。今日は夕方慎が帰るまでここにいよう」
「そうだな。次に顔を合わせられるまで、3週間近くあるしな」
「向こうにはいつ行く予定なの?」
「トライアウトはリーグ戦が終わってから。3月20日過ぎに飛行機に乗るよ。その時はテストだけで、合格したら6月頃に契約交渉。10月から向こうのシーズンが始まるから本格的に行くのは9月だね」
「いいなぁ、海外」
「遊びに行くワケじゃないの」
ゆるゆると冬の午後の時間は流れていった。何もせずコタツで何となくな話。時折出てくるあくび。
「白うさぎと黒うさぎの子供はぶち?灰色うさぎ?」
「どっちかなぁ。私、うさぎなんて飼った事がないからわかんない。でも、どうして?」
あれ、と慎はTVの方をアゴで指した。TVの横に並んで座る白うさぎと黒うさぎ。かわいくて何となく買ってしまった5cm程の小さなぬいぐるみ。
「ぱんだうさぎはいるから、シマウマにならなきゃいいんじゃない?」
「男は下半身で少しだけ物を考えて、女は子宮で物を考える」
「何それ?」
「前に何かで読んだような。それともオレが勝手に作ったのかも」
「わかるような気もするけど。まだ母親になってないから私は頭で考えてるかな」
「オレも難しい事はパス。でも、しまうまうさぎは欲しいな」
「さて、おやつの時間だ。コーヒー入れよっと」
ゆるゆるとゆっくり流れていても確実に時間が過ぎていく。あと2,3時間もすれば慎は帰るだろう。こんなにゆっくりできるのはしばらくおあずけ。
でも、私はこのまま時間が止まればいいとは思わない。昨日はずっと夜のままだったらいいのにと思った私なのに。また少し大人になれたかな。
「おはよう、真由。どうだった休みは?」
「楽しかったよ。美幸は?」
「貯金すると言っておきながら、地元の友達と初売りアーンド飲み三昧」
「テルくんは?」
「昨日逢った。風邪で寝正月だったらしい。ちょっと、この休みの成果を聞かせてよ」
「別に成果って程のものは・・・大晦日に私の部屋で年越えして、元旦に慎のお母さんに食事に呼ばれたくらい」
「慎ママに?!嫁入り間近って事?」
「慎のお兄さん家族が来るのがずれちゃって、用意してた食べ物が余っちゃうからおいでって、それだけよ」
「で、ママ受けはどうだった?」
「慎のお母さんって加瀬まりこ似の美人なのよ。びっくりしちゃった。フツーに話せたから嫌われてはいないのかなとは思うけど」
「元旦に彼女を連れて行くなんて慎くんもやるねぇ」
「田辺、前原、そろそろ仕事始めてもらってもいいかぁ」
「はーい。すみません」
休みボケで回らない頭で何とか午前中を乗り越え、4人でランチに出た。
「私ね、結婚する事にしたの。6月に式を挙げるから、みんな来てくれる?」
「黒田さん、あめでとう。いつ決まったの?」
「クリスマスにプロポーズされて、この休みにお互いの両親の顔合わせをしたの」
「仕事は辞めるの?」
「迷ってる。辞めたくはないけど、家事と両立できるかわからないし。彼はわりと出張が多いから、家に一人でいるよりは仕事をして友達に会ってた方が
いいだろうとは言ってくれてるけど」
「いいなぁ。私なんて当分結婚のケの字もないよ」
「中ちゃんは木村くんとはうまくいってるんでしょ?」
「ぼちぼち、かな」
「黒田さん、今度はどんな名前になるの?」
「橋本和美です」
うふふ、と黒田さんは嬉しそうに笑っていた。
「前原さんや田辺さんの所はそういう話は出ないの?」
「私?当分結婚する気ないし、家事なんて絶対に無理っ」
「私も付き合って半年だもん。まだそんな話はないない」
結婚なんてねぇ。慎は9月には日本からいなくなるっていうのに。
何となく休み前より黒田さんがキレイになったような気がする。満たされてるって感じかな。
同じ女として、他人の結婚は単純に羨ましい。以前は結婚より結婚式の方が羨ましかった。真っ白なドレスや白無垢に憧れない女は少ないだろう。
でも、今は結婚式より結婚自体が羨ましく思える。一緒にいようねって事の精神的なつながりだけでなく、事実として形として残せる事に。
華やかな話でランチタイムは終わり、午後は睡魔との戦いになんとか打ち勝ち、やっと終業終了の時間が訪れてくれた。
「疲れたよぉ。お腹も空いたし。真由、ご飯どうするの?」
「美幸は?」
「どうしよう・・・って、だから聞いてるんだよ。作りたくないし、今日はコンビニって気分じゃないし」
「じゃあさ、お弁当買ってうちで食べない?私、コタツ買ったんだ」
「コタツ?いいねぇ。やっぱり冬はコタツだよね。実家でしみじみそう思った」
「明日の洋服は貸すから、泊まっていけば?」
「よし、では行きましょう」
本当はコタツなんかより、慎が行ってしまうだろう事を美幸に聞いて欲しかった。グチや泣き言ではなく、単に事実として。慎と私を知っているのはテルくんと美幸しかいない。
私たちを知らない誰かよりも知っている誰かに話したかった。返事は、そうなんだ、の一言でいい。ただ聞いて欲しかった。
電車を降り、私がお弁当屋さんに並び、その間に美幸はコンビニで歯ブラシなどを買っていた。
「おお、コタツだ」
「新しい恋人のコーくんです。お茶入れるから座ってて」
あったかいお茶を運び、私たちはお弁当を食べ始めた。
「黒田さん結婚か。彼女ならいい奥さんになりそうだよね」
「そんな感じ。11月のプチ異動で中川さんと黒田さんと森くんが来たんだよね。もっと仲良くしておけばよかったかな」
「仕事が違うから黒田さんたちはほとんど定時上がりできるしね。でも、辞めるって決まったわけじゃないし」
「いやぁ、黒田さんなら辞めるんじゃない、いい奥さんになるために。で、おけいこ事なんか始めて優雅な新妻ライフよ。見た目もお嬢だし」
「見た目は関係ないでしょ。今度4人で飲みに行こうよ。いつもお昼だけだし」
「飲みならいつでも参加の前原美幸です。あのさ、前から気になってたんだけど慎くんってお金持ち?高給取り?」
「さあ?どうして?」
「その指輪、結構高そうだし。クリスマス、いくつプレゼントをもらったの?」
「何でよ?」
「女がクリスマス明けに新しい物を身に付けてるのは、プレゼントされた物でしょ?ああ、バングルをもらったのねって思ってたらマフラーなんかも変わってたし」
「美幸、チェック厳しい」
「女は女のチェックに厳しいのです。合コンだって、先に自分以外の女をチェックしてから男のチェックだよ」
どこかで聞いたようなセリフ・・・・
「バングルと白のマフラーと黒のマフラーと手袋のセットを頂きました。マフラーは私のコートが白だから白の手袋とお揃いにしようとしたら、お揃いは黒しかなくて
迷ったから両方買ったんだって。高給取りなのかは知らないけど、普段はあんまりお金を使わないらしいよ」
「そういう男大好き。やっぱり、慎くんいいわ」
「美幸だって、そのピアスとネックレスはテルくんからでしょ?」
「あら、バレてた?」
「だって、美幸の趣味じゃないもん。リボンとハートモチーフなんて」
「ちょっとかわいすぎだよね」
「毎日してて何言ってるの?美幸はテルくんに実はベタ惚れなのよ」
「うーん、それはよくわからないけど、気を遣わずに一緒にいられるね。テルは慎くんと違って一浪してるから1つ上って気もしないし」
「気を遣わないのが一番だよ」
「慎くんって健気に気を遣うタイプだよね」
「こっちがびっくりするくらい」
「で、順調だと」
「今はね。でも・・・慎ね、日本を出ちゃうんだ・・・」