予定通りコタツで昼寝をして目が覚めると3時だった。慎からの電話はまだない。私は起きあがりもせず、横になったままぼうっとしていた。
明後日から仕事か。起きられるかな。いろいろあった休みだったな。今日は慎の家にお泊まりに行くし。今度の週末は連休か。慎もいないし、金曜の仕事が終わったらそのまま実家に帰ろう。
その次の土曜は慎たちが横浜で試合をするから内緒で見に行く。できれば美幸たちも一緒に行ってくれないかな。そしてその次の週末は慎の誕生日プレゼントを買いに行く。
半分寝ぼけ状態でカレンダーを見ていると、あっという間に今月の週末の予定が決まってしまった。
それにしても慎の誕生日プレゼントは何にしたらいいんだろう。半年も一緒にいれば自然と好みもわかってくるけれど、いざプレゼントとなると考えてしまう。慎は香水もアクセサリーもつけない。
洋服も特におしゃれに気を遣うタイプではない。慎の外見的な事で思い出す事と言えば・・・ジーンズはインディゴブルーが好きと・・・時計。慎は右利きなのに右腕に時計をする。
−みんなが左にするから、オレは右。
そんな単純な理由で高校生の頃から右腕に時計をしているらしい。
そうだ、時計にしよう。お揃いで自分の分も買っちゃおうかな。でも、お揃いだとわかったら慎はどんな顔をするのだろう。お揃いって事をやけに嫌う人もいるし・・・黙ってお揃いにするのは一方的で
押しつけがましいかも。慎に話してから買う?あの慎の事だから、内心イヤでも口には出さないだろう。それに開ける楽しみが減ってしまうのはプレゼントの醍醐味半減。
うーん、どうしよう・・・今悩んでも仕方ないか。買いに行った時に決めよう。
やっとコタツから這い出し、昨日慎が買ってきてくれたお菓子をつまんでいるとようやく慎から電話が入り私はお出かけの準備を始めた。
「何なの、その荷物は?」
「パジャマとか歯ブラシとか。お泊まりセット」
「女の子は大変だね」
「シャワー借りちゃマズイかな?」
「どうして?使えば?」
「だって、髪の毛が落ちてたりしたらお母さんに・・・」
「細かいねぇ。義姉さん、真由と同じくらいの髪の長さだから平気だよ、きっと」
何だか、とってもいけない事をする気分。まじめなんだか、気が小さいのか。反面、それを楽しんでいるもう一人の私。
コンビニに寄り適当に買い物をし、慎の家に向かった。
「お邪魔します・・・」
「だから、誰もいないって」
「礼儀ですから」
リビングの一番南側にあるコタツの上には、かわいいキャラクターのついたお菓子がのっていた。
「姪っ子たちが忘れて行ったから、オレが食べてたの。夜さ、カレーでいい?
晩飯にっておふくろが作っていったの。よかったら真由ちゃんにもどうぞって小声で言われたよ」
バレバレなのね・・・
2人でコタツに入り、お菓子をつまみながらダラダラしていた。
「あーあ、明後日から仕事か。朝起きられるのかなぁ」
「オレも体がまなってる。飛べなくなってたら、どうしよう」
「食べてばっかりだったから、太ったかもね」
「それはオレだけじゃないでしょ?」
「私は平気です。どの洋服を着てもウェストがきついなんて事はないもん」
「1週間でウェストがきつくなるくらい太ったらヤバイだろ」
「言えてる。と言いつつ、お菓子をつまんじゃうんだよね」
ふと慎の右腕を見ると今日は時計をしていない。どんな時計だったか何となくは覚えているけれど、細かい所をチェックしようと思っていたのに。
「慎、今日は時計をしてないんだね」
「真由を迎えに行くだけだったから。どうして?」
「ううん。今見たらなかったから。それだけ」
「真由って、時計いくつ持ってるの?」
「3つだよ」
「3つ以上あるでしょ?」
「これね、ベルトが付け替えできるの。赤とピンクと水色」
「女の子色だね」
「黒ベルトは別に持ってるから」
「クリスマスの後にさ、ガオさんが新しい時計をしてたの。彼女からのプレゼントっすか?って訊いたら、ああ、なんてフツーに照れもせず答えられちゃって。あまりにも自然に答えられると冷やかしもできないよな。
ガオさんの彼女ってうちの会社の広報部の人でチームの公式サイトも担当してるんだよ。29日の試合は年内最後だったから仕事も兼ねて見に来てて。ガオさんたちは公認だから彼女も忘年会に出たの。そしたら、ガオさんと同じ時計してるんだよ。
ほぉって感じだったね」
何てタイムリーな話題。タイムリー過ぎるわ、まったく・・・
「慎もそういうのに憧れるわけ?」
「憧れって程じゃないけどガオさんたちを見てたら、何かいいなって。オレって少女趣味?」
「わかりました。買ってあげましょう」
「何で?いいよ、別に」
「来月誕生日でしょ。時計をプレゼントしますよ。私も時計にしようかと思ってたしね」
「真由の分は?」
「ペアウォッチにしたいなら、ご要望にお応えしますよ」
「じゃ、真由の分はオレが買うよ」
「いいって。このバングルだって高かったんだし、そんなにお金使わせちゃ申し訳ないから」
「いいよ。家に食費入れる以外、ガソリン代と真由に逢う時と練習帰りにみんなでメシ食うくらいしか使ってないし」
一瞬、慎が真顔になった。
「言い訳してもいい?」
「何を?」
「トライアウトを受ける事」
「言い訳するような事じゃないでしょ。最初に慎が話してくれた時はふぅんってしか思わなかったけど、一緒にいて慎ならいつか行くだろうって思うようになったし」
「後悔したくないんだ。やりたければ場所が変わったとしてもずっと続けられるわけじゃない。1つでも上に行くには体力とテクニックだけじゃだめだと思うんだ、経験も必要だって。
でも、経験を積むには時間が必要になる。時間をかけてるうちにオレより後から来たヤツに追い抜かれるかもしれない。現にオレだって今のポジションはシゲさんから奪ったようなものだし。
けど、それは仕方ない事だってわかってる。どんどんメンバーが入れ替わってチームが成り立っていくんだから。けど、いつオレがそのチェンジされる立場になるかわからない。どんなに努力したって、オレより上のヤツがいるなら
勝つためには誰だってそいつの方を使う。1つでも上に行きたい、1分でも長くコートに立ちたい、1本でも多くアタックを打ちたい。そのためには時間をかけずにテクニックと経験を自分の物にしなきゃいけないと思うんだ。
それに海外にはオレなんて比べ物にならないようなプレーヤーがたくさんいる。そういう人たちに一歩でも近づいて、いつか追い抜いてやりたい。・・・オレは真由といる事を選ばなかった。一人よがりかもしれないけど、
真由ならわかってくれるって思ったんだ。年下の真由に甘えてる、自分でもそう思うけどね」
慎は自嘲気味に笑って私を見た。
「私は自分なりに理解してるつもりだし、私を選んでくれなかったなんて全然思ってないよ。いつかは出てくる話だと思ってた。別れ話が先かこの話が先かくらいにね。・・・前に私と自分を信じて前を向いてほしいって言った事があったよね。
私は慎のお荷物にはなりたくない。私は、離れた事でダメになるより行かなくて後悔してる慎を見てる方がイヤだな。だいたいね、慎」
「何?」
「そういう事は合格してから言え。これだけノーガキ並べて1つも受かりませんでした、なんてカッコ悪過ぎ」
「そうだよな。でも、オレは必ず行くよ。行って今よりずっと上手くなって戻ってくる」
「それにまだ誕生日が来てないんだから、あなたと私はまだ同じ年です」
笑って、寄り添って、口唇を重ねる私たちをタロウが不思議そうに見ていた。
普段私は一人でセミダブルに寝ていて、慎が泊まりに来ても窮屈に思う事はない。
でも、慎のベッドはシングル。身動きが出来ないほど狭苦しいわけではないけれど、何となく気分的に狭い。寝る位置がうまく決められなくて私は布団の中でゴソゴソ動いていた。それに、落ちないようにと壁際に私がいるので
慎は私の左側にいるもの少し落ち着かない。慎はいつも私の右側で寝ているのだ。
「やっぱり狭い?オレ、コタツで寝ようか?」
「大丈夫。それに人の家に来て一人で寝るのはヤダ」
慎と話して初めて気がついた。どうして気がつかなかったんだろう。
「枕、慎の匂いがする」
「今日、カバーもシーツも全部取り替えたんだけどな」
「毎日使ってるんだもん、慎の匂いが着くでしょ。うちのシャンプーとは違う匂い」
体の大きな慎と私とシングルベッド。お世辞にもゆったり寝られるとは言えない。
でも、狭い分だけ体が寄り添える。部屋の暖房は消してしまったから徐々に空気が冷たくなってきている。なのに、全然寒くない。
平熱が少し低めの私が、私より体温の高い慎にくっついているから。・・・きっとそれだけじゃない。
あったかいってやっぱり幸せなんだ。当たり前の事に思っちゃいけないんだ。
慎を見ると何?と言うような顔で私を見返してきた。私も笑って黙って首を振った。
腕枕をしてくれていた慎の左腕に抱き寄せられる。私も右腕を慎の肩に回す。
おやすみ。・・・ずっと夜のままだったらいいのに。
慎のほんわかしたぬくもりは私を眠りに誘っていった。