Believe you 16

 CDをかけ、届いた年賀状を読んでいると眠くなってきてしまった。早々に緊張はとけたけれど、やはり気疲れしたらしい。無理もないか。うたた寝をしてしまう前にとシャワーを浴び、11時頃にはベッドにもぐり込んでしまった。 明日は自堕落生活。どこにも行かないし、誰も来ないから1日中パジャマでいるかもと考えているうちに眠ってしまった。
 一度6時半頃に目が覚め、当然二度寝をすると9時半だった。眠くはないけれど、温かい布団から出る気にはならない。起き出したのはそれから1時間ほどあとだった。
 ソファの上には昨日読んだ年賀状とドアポストに一緒に入っていたチラシが数枚おいてあった。その中に昨日オープンしたショッピングセンターのチラシがあった。数量限定品は定価の3割ほどの値段になっている。いくら近所でも今からではそんな物は買えないなと眺めていた。
 コタツが欲しいなぁ。
 今年の冬こそは、と思っていたけれど、部屋が狭くなる事を考えると二の足を踏んでいた。そのくせ、コタツ布団のカバーは気に入った物をみつけてしまい、2ヶ月も前からクローゼットの中で眠っている。
 昨日は食べてばかりだったから、散歩がてら人混みにもまれてカロリーを消費するか。
 安直な発想だった。中は予想以上の混みようで店員が走り回っている。人にボンボンぶつかりながら見て回ると、オフホワイト色のコタツがあった。値段もかなり安くなっている。どうしよう・・・と思う間もなく、私は近くにいた店員を呼び止めていた。そして、コタツ布団なども買い配送を頼んだ。 配達時間は何時になるかわからないと言われたが、今日中なら何時でもかまわないと返事をした。
 久々の衝動買い。思っていたよりかなり安く気に入った物が買えたのだから満足。
 慎、驚くだろうな。  予定外の買い物をしたにも拘わらず、私はにこにこしながら帰ってきて、TVを観ながら遅めの昼食を食べた。
 明日からはコタツでご飯が食べられるかと思うとワクワクする。慎とのワクワクはたくさんあったけれど、自分だけの楽しみでワクワクする事なんてしばらくなかった。敢えて言うなら、ボーナスが出た時だろう。
 誰かと一緒の楽しみがあって、自分だけの楽しみがあって。自分だけの楽しみは自分で見つけるものなのだ。
 慎が行ってしまっても連絡が取れないわけではないだろうし、私は泣き言など言わずに過ごしていけるような気がすると安直で根拠のない自信に酔っていた。

 本を読んだり、TVを観たりぼんやりと残り少ない休暇を過ごしていると、6時過ぎに電話が鳴った。待ちに待った電話だ。10分後、玄関のチャイムが鳴り季節限定の恋人が到着した。
 今までおいてあったテーブルを寝室に運び、ダンボールと格闘しながらコタツを出し、布団にカバーを掛けたりとワクワクしながら孤軍奮闘していた。準備OK。スイッチを入れるが中は当然まだ温かくない。温まる間に夕食の用意をしようと冷蔵庫を開けたが、 コタツで雑煮、それが日本の正月ってもんだと独り言を言いながら、お餅を出した。キッチンから見た部屋はさっきより大分狭くなっている。おとなしくドンと鎮座するコタツを見るだけで温かくなるような気もする。
 できあがったお雑煮を運び、コタツに入るとほんわかと温かい。お雑煮がやたらおいしく感じるし、ヒマ潰しにつけたつまらないTVもおもしろく感じてしまう。
 私って単純。でも、コタツの温かさは気持ちまで柔らかくなる。気分がいいのでシャワーではなく、バブルバスで1時間以上遊びまたコタツに肩まで入りコロコロしていた。今日はこのままここで寝てしまおうかとウトウトし始めた時、慎からの電話に叩き起こされてしまった。
 「何してたの?」
 「別に」
 今日さ、とお兄さん家族が来た事を慎は話し始めた。
 「具合悪いの?」
 「どうして?どこも悪くないよ」
 「何となくそんな感じだったから。誰か来てるの?」
 「でも・・・もうだめかも」
 「何が?」
 「私じゃなくて、私の体がぬくもりに溺れてるの」
 「何言ってるの?」
 「離れたくても、私の体が放さないの」
 「酔ってるの?」
 「飲んでませんよ。体が溺れてるだけ。気持ち良すぎ」
 「はぁ?何言ってんだよ」
 私との会話に慎はイライラしてきたらしい。
 「教えてほしかったら、13800円払え」
 「何だよ、それ?」
 「別に。今TVで言ったから私も言ってみただけ」
 「じゃあ、今から13800円持って行くよ」
 「ええ?今日は家にいたらいいじゃない。もう10時半だよ」
 「オレに行かれちゃまずいワケ?」
 「そんな事はないけど。また今度にしよう」
 「・・・わかったよ。じゃあ、またね」
 慎は怒ってしまったらしく、さっさと電話を切ってしまった。少しふざけすぎたかな。あとでメールで謝ろう。それにしても、久々のコタツは私の身も心もできたてのカスタードクリームにしてくれる。 電話で眠気も失せてしまったが、それでも私はコロコロしてTVを観ていた。この番組が終わったら、メールするか。
 11時過ぎまでTVを観ていた記憶はあったのにいつの間にか眠ってしまい、また慎からの電話にたたき起こされてしまった。
 「今、玄関の前にいるから開けて」
 予想もしない第一声だった。インナーロックを外しドアを開けると、不機嫌そうな慎が立っていた。
 「ど、どうしたの?急に来るなんて」
 「オレが来ちゃまずい?」
 「そんな事ないけど・・・」
 「じゃ、中に入っていいんだろ?」
 慎は私が返事をする前に入って、部屋のドアを開けた。
 「・・・・・・こたつ?」
 私を振り返り呆気にとられた顔をしている慎。
 「もしかして・・・わざわざ確かめるために来た・・・の?」
 「ちょっと車に戻るから、コーヒー入れて」
 私がお湯を沸かしていると慎が戻ってきたが私に声を掛ける事もなく、コンビニの物らしき袋をカサカサさせて部屋に入って行った。
 「はい、コーヒー・・・」
 上目遣いに慎を見て、怒ってる?と訊いてみた。別にと慎はコンビニの袋からお菓子を出し食べ出した。
 「やっぱり怒ってるんだ・・・ごめんね」
 「まさか、コタツの事だとは思わなかったよ。体が溺れてるとか意味深な事言ってさ」
 「やっぱり確かめにきたんだ。慎、かわいい」
 「うるせーよ」
 「で、この買い物は何?」
 「一日部屋にいるって言ってたから、何か買って行ってあげようと思ってコンビニに寄った」
 怒っているのか、気に掛けてくれてるんだか。おかしな慎。
 「これ、今日買ったの?」
 「うん。衝動買いしてしまったわ。私の季節限定の恋人、コーくんです」
 「コーくんねぇ。オレも去年コタツを部屋に置こうかと思ったけど、よく考えたらオレ冬はほとんど家にいないんだよね。で、下のコタツでゴロゴロしてると邪魔って言われるし」
 「うふふ、いいでしょ?私はコーくんのぬくもりに抱かれて幸せよ」
 「確かにコタツは幸せ感じるな」
 「寝転がってウトウトするたびに慎からの電話で叩き起こされたよ。本当に来るなんて思わなかったし。焦ってすっ飛んで来るなんてね」
 私は含み笑いをして慎を見た。
 「もう何度もうるさい。買ってきた物、持って帰るぞ」
 「あークルミパンをください」
 しばらくすると慎が横になった。
 「慎、足が邪魔」
 「どこに行ってもそれかよ。でも、コーくんは真由よりオレの方が好きだって」
 「そんなハズありません」
 「1時になったら帰るよ。兄貴たち明日帰るし。あ、明日泊めてくれない?それともうちに泊まりに来る?」
 「どうして?」
 「オレ以外のみんなで兄貴の住んでる所の近くの温泉にお泊まりするんだって。おふくろ、オレに言い忘れてたくせに後はよろしくねだとさ」
 「タロウのゴハンはどうするの?夜は出掛ける前にあげても、朝は慎が帰ってくるまでおあずけだよ。かわいそうに」
 「後はよろしくね、はそういう意味ね。じゃ、真由泊まりに来ない?」
 「お母さんたちがいないのを見計らって行くなんて、何かいやらしくない?」
 「そうかなぁ。仕方ない、タロウのためにコンビニ弁当でも食うか」
 「それに慎のベッド、シングルでしょ?私と慎じゃ寝られないよ」
 「そうでもないよ」
 「あーそれって、どういう意味ですか?」
 「昔、彼女が遊びに来た時に並んで昼寝をしただけです。下におふくろがいるのに変な事できるわけないでしょ?あ、もしかして真由さんヤキモチですか?」
 「違いますぅだ」
 「ヤキモチ焼いてんだ、真由。ふうん」
 「ふうんって、何よ?」
 「内緒。あーコーくんのぬくもりにオレも溺れそう。エアコンじゃイマイチ物足りないんだよな。いいなぁ。もう、ここをオレんちにしちゃおうかな」
 また横になりTVを観ながら慎は言った。意味なんてない、ただの冗談だとちゃんとわかっている。でも、少し痛かった・・・
 「だーめよ。家主は私なんだから。私が稼いで成り立っている私のお城なんだから」
 「では、家主様の許可が下りた時だけ一夜の宿を貸して頂くというのはどうでしょう?」
 「うむ、それなら許す」
 慎と一緒の生活。きっと毎日が楽しいだろう。でも・・・
 「明日、本当に来ない?おいでよ。オレも5日から練習が始まるし、9日には移動だからゆっくり時間がとれるのは明日と明後日しかないし」
 「うーん・・・ま、いっか。行く」
 慎が向こうに行ってしまう前に一度くらい慎の部屋にお泊まりしてもいいよね。慎のお父さんお母さん、ごめんなさい。
 「午後、迎えにくるよ」
 「タロウのゴハンの時間までに戻ればいいんでしょ?とりあえず、コーくんでお昼寝してから行こうっと」
 「ダメだよ。オレが寝るんだから」
 「そんなの自分ちでやってよ。誰もいないんだから」
 「ケチ、じゃあそうするよ。さて、そろそろ帰るか」
 「起きたら電話して」
 夜は布団で寝るようにと言い残して慎は帰っていった。私は、言われた通りベッドに入り、体も心もあったかいまま眠りについた。

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