Believe you 15

 「あー雑煮うまかった」
 元旦の今日は朝から天気が良かった。
 「どうする、うち行く?」
 「どうしよう。緊張する」
 「別にフツーの家だって。イヤなら無理にとは言わないけど」
 「イヤなわけじゃないけどさ・・・」
 うーん、と唸っていると慎のケータイに電話が入った。
 「・・・今、雑煮食ったとこ。・・・・ああ、ちょっと待って」
 どうやら電話はお母さんらしい。
 「どうする?って。来るならお昼一緒にどう?だって」
 そんな・・・全部向こうに聞こえてるじゃない。
 「お邪魔させて頂きますって伝えて」
 「じゃ、昼頃帰るよ。ああ・・・じゃ」
 正直言ってあまり気乗りはしない。一緒に食事だなんて。それも元旦から。
 「ご飯用意して待ってるってさ」
 「そう。何着ていけばいい?」
 「フツーの格好でいいよ。お宅の息子さんをくださいって言いに行くわけじゃないんだから」
 「そんな事言わないって」
 「ありゃ、100%否定ですか」
 「もうふざけないで。私、今まで付き合ってきた彼のお母さんなんてほとんど会った事ないんだから」
 「そんなに難しく考えなくたって。余らせてもしょうがないから、食いに来いって言ってるだけだし」
 「慎は今まで付き合った彼女の親に会った事ないの?」
 「オレも挨拶くらいかな」
 「だったら、わかるでしょ?もし、うちの親とご飯ってな事になったら慎は緊張しないの?」
 「・・・するかもね」
 「それと同じ。慎って変なトコ脳天気なんだもん。女親は女のチェックが厳しいし、男親は男に厳しいもんなのよ」
 「そんなもんかね」
 「そうなのっ。何着ていこう・・・あ、お土産も買わなきゃ。元旦だし、どうしよう・・・」
 「真由、出掛ける前のおふくろとそっくり」
 「もう、うるさいっ」

 「遠慮しないで食べてね」
 今までに何度かここへ来たけれど、誰にも会う事はなかった。初めて見る慎のご両親。お母さんが美人なのにはびっくりした。
 「いつも慎がお世話になっちゃって。よく食べるから食費はちゃんともらっておきなさいね」
 「いえ、こちらこそ、いつも良くして頂いていますから」
 明るくよく話すお母さんと口数は少ないけれどお正月だからとお酒を勧めてくれるお父さんのおかげで、私の緊張も程なく解けていった。
 食事も終わり、後片づけの洗い物の手伝いをして戻ると慎はとろんとした顔で横になっていた。
 「食って飲んだから、眠い」
 「慎、邪魔だから部屋に行って寝なさいよ。真由ちゃん、後で真由ちゃんが持ってきてくれたお菓子でお茶でも飲みましょう。やっぱり女の子はいいわね、お父さん」
 「そうだな。いるだけで家の中が明るくなるな」
 「はいはいはい。真由、部屋行こう。本当に眠い」
 慎の部屋はいつものようにきちんと片づけられていた。暖房をつけると、慎はベッドにドタッと横になってしまい私は慎の横に腰をおろした。
 「お母さん、美人だね」
 「そう?浅草生まれの浅草育ち。チャキチャキじゃなくてちゃっかり江戸っ子」
 「女優の何だっけ・・・・加瀬まり子、あの人に似てる」
 「たまに言われるね。それを言われると本人、上機嫌だよ」
 「だって、本当にキレイだもん。いつも思ってたんだけど、慎の部屋ってキレイに片づいてるよね。お母さんが掃除するの?」
 「しないよ。オレだよ」
 「そうなの?!お母さんがしてるのかと思ってた」
 「布団を干したりシーツを交換したりはするけど、部屋の掃除は絶対にしない。自分の部屋は自分で掃除しろって。中学の時なんか部屋がめちゃめちゃに汚かったりしたの。 でも、部屋に来て落ちてる物を平気で踏んづけて布団干して、汚いから掃除しろって一言。洗濯物もたたんで入り口においてあるから自分でしまうし。掃除なんて面倒だから、物を減らして、散らかさないようにしてって。 ま、今は寝るかビデオを見るかパソコンするかくらいだから散らかりはしないけどね。ホコリはあるけど」
 慎の意外な一面だった。
 「結構ちゃんとしてるんだね。驚いた。目をキラキラさせながらバレーの話を力説してくれたから、最初はポスターがいっぱいなのかと思ってたし」
 「そんな物貼らないよ。オレより真由の方がよっぽどちゃんとしてるよ」
 「人が来るのがわかってたら、私だって掃除しますよ。掃除機を掛けてる慎って想像するとおかしい」
 「そうかな?マジで眠い。ちょっと寝ていい?」
 「いいよ。パソコン貸してね」
 「ちゃんと返してね」
 つまらない事を言うなぁと慎を振り返るとすでにまぶたは閉じていた。
 メールチェックをし、ネットサーフで遊んでいたが30分もすると飽きてきてしまった。慎はスヤスヤと寝息をたてている。どうしようと見渡すと 部屋の隅に本が積んであった。どんなものを読むのだろうと見るとジャンルはバラバラ。おもしろそうなタイトルの短編集を手に取り、私は読書に耽っていた。
 半分ほど読み終えた時、ドアをノックする音がしたので返事をすると、お母さんが顔を出した。
 「あら、せがれはまだ寝てるの?まったく、お客さんを連れてるっていうのに。真由ちゃん、ケーキを買ってきたから食べない?」
 慎を振り返ったが起きそうにもないので、私一人で階下に行く事にした。
 「買い物に行ったら洋菓子屋さんが初売りをやってたもんだから。真由ちゃんが持ってきてくれたのは、明日健一郎の子供にあげてもいい?」
 「どうぞ。開いているお店がなかったので、たいした物じゃないんですけど・・・」
 「ううん。ちゃんとしたお家のお嬢さんだなって、感心した」
 コーヒーを入れてもらい、私は慎のお母さんと二人でケーキを食べ私の家族の事や慎の子供の頃の話をしていた。
 「あー、オレもチョコケーキが食べたい」
 2杯目のコーヒーを飲んでいるとやっと慎が降りてきた。
 「親父は?」
 「タロウの散歩。お父さんはケーキよりどら焼きだからいいの」
 「2人でなに話してたの?」
 「アンタの子供の頃の話よ。ジャングルジムから降りられなくて、お兄ちゃんって半べそかいてたとか」
 「余計な話はするなよ。ったく、人を笑い物にして」
 「だって仕方ないじゃない。お母さんと真由ちゃんができる共通の話なんてアンタの事くらいだもの」
 「じゃあ、もっといい話をしろ」
 どうやら慎はお母さんには勝てないらしい。
 「ね、真由ちゃん。今日はこれから何か予定はある?」
 「いいえ。こちらを失礼させて頂いたら帰るだけですから」
 「じゃあ、晩ご飯も食べて行って。夜はシチューにしようかと思ってるの」
 「元旦からシチューかよ?」
 「いいじゃない、お母さんが食べたいんだから。お餅はもう食べたでしょ。あとピザも取ろうかと思って」
 「親父、ピザなんて食わないだろ?」
 「お父さん?どうせまた飲むんだから、雑煮とシャケでも預けておけば平気よ」
 「ついでだから食べていきなよ、真由」
 「でも、ごちそうになってばかりじゃ・・・」
 「それは気にしないで。さっきも手伝ってもらったし。古びたオヤジと図体のデカイせがれとの食事じゃ彩りに欠けるから食べていって」
 「そんなに女の子が欲しかったら、もう一人作ればよかっただろ?」
 「確実に女の子ができるならいいけど。また男の子だったら、何人子供を産めばいいのよ?2人目は絶対に女の子と思って、どうか女の子でありますようにって 毎日お腹さすって。でも、何か男の子のような気がするなって思ったら、案の定アンタだったわ」
 「そんな目でオレを見たって仕方ないだろ?親父に言ってくれよ。ほら、帰ってきた」
 お母さんの前では慎はやっぱり子供だ。
 「あー走ったら暑い。母さん、お茶かコーヒー」
 「どら焼きもあるけど?」
 「食べる、食べる。ほら、タロウお前もおやつだ」
 「6時半くらいに夕飯にするから。慎、ピザの電話お願いね」
 「私もお手伝いします」
 「大丈夫、遊んでて。作る時より洗い物を手伝ってもらった方が嬉しいかなぁ」
 「出たな、ちゃっかり江戸っ子ババァ」
 「こっちだって好きでこんな年になったわけじゃございませんので」
 「お前ら、お客さんの前でみっともない。なぁ、タロウ」

 楽しい夕食も終わり洗い物が終わると9時近くになっていたので、私は失礼する事にした。
 「慎、ちゃんと送っていきなさいよ。女の子を乗せてるんだから絶対に事故なんて起こさないように」
 「わかってるよ」
 「真由ちゃん、よかったらまた遊びにきてね」
 「今日は本当にごちそうさまでした」
 私はまたねとタロウの頭をなで、慎の車に乗った。
 「何だか今日は一日中食べてた。お母さん、おもしろいね」
 「真由の事、かなり気に入ってたな。ありゃ」
 「どうして?」
 「前に彼女を連れてきた時は、夕飯一緒になんて言わなかったもん。その子は一人暮らしだって知ってるはずなのに。ま、正月ではなかったけどね」
 「ふうん。でも、嫌われなくてよかった。トライアウトの話はもう言ったの?」
 「まだ。この休み中には言うけど」
 「何て言うかな?」
 「うーん、親父は何も言わないだろうけど、おふくろは言うかも」
 「図体がデカイだの言ってるけど、慎かわいがられてるもんね」
 「そうかぁ?人並みだろ。タロウには負けるけど」
 「いやいやいや。それにしても、多分というか絶対、慎は行っちゃうんだろうね」
 「行くために受けるわけだから。ごめんな」
 「嫌みとか泣き事じゃなくて、すごいなぁって思うの。やりたい事があっても思うだけで何も行動に起こさない人っているじゃない。 そういう人の方が多いのに慎は、自分の目標に向かって着実に進んでいくんだもん。尊敬しちゃうよ」
 「そのために努力はしてきたし、やりたい事だけをやれる環境だからね。オレは、恵まれてると思うよ、環境も人も」
 「私もその中に入ってる?」
 「内緒」
 「最近、内緒が多くない?」
 「田辺さんのマネをしてるだけです」
 「そりゃ、どうも」
 道が空いていて、行く時より10分も早く着いてしまった。
 「明日、兄貴たちが来るから今日はこれで帰るよ。多分、明日も来れないな」
 「たまには家にいるのもいいんじゃない?私の事はお気になさらずに。明日は自堕落モードでダラダラしてる」
 「メールじゃなくて電話を入れるよ」
 「わかった。じゃ、お父さんとお母さんにありがとうございましたって伝えて」
 「了解。寒いから風邪引かないように」
 「うん。それじゃまたね」
 「おやすみ」
 慎の車が見えなくなるまで見送り、私は部屋に戻った。

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