待ち合わせ通りに4人は顔を合わせられた。
「荷物になっちゃうけど。はい、お土産」
「わーい、慎くんありがとう。ういろうだぁ」
「駅で買ったから、こういうのしかなくって」
「いつもお土産買うの?」
「おふくろがうるさいからさ。あれが食べたいとかお土産は何だとか。玄関開けた第一声がおかえり、お土産は?だもん」
「親孝行だね」
「催促されて買うのに親孝行なの?」
「そういう事にしておけば?慎、いつもありがと」
「あ、そうだそうだ。慎くん一緒に写真撮ってもらっていい?」
「いいけど、どうして?」
「いつビッグスターになるかわかんないじゃない。だから今のうちに。真由、ちょっと慎くん借りるよ」
美幸はテルくんにカメラを持たせ、噴水をバックに2ショットの写真を撮っていた。そのあと、通りすがりの人に頼んで4人で並んだ写真を撮った。
私は笑っていたけれど、昨日の慎のファンサイトを見てポコッとできた心の中のしこりをまた感じていた。
目に止まった店に入り、オーダーが済むと美幸はバッグから手帳を出してきた。
「ね、慎くん、またお願いなんだけど」
「今度は何?」
「あのね、ここに美幸ちゃんへってサイン書いて」
「サイン?そんなのないよ」
「名前を書いてくれればいいよ」
慎は手帳を受け取り、字はあんまりキレイじゃないんだよねと言いながら書いていた。
「美幸、お前、バカだろ?」
「何でよ?いいじゃない。慎くんは絶対今以上に有名になるよ。手の届くうちに写真撮って、サインももらっておくだけよ」
「それがミーハーだっつーの」
「あんた、そんな事言ってるとね、慎くんがビッグになった時、安藤テルオ?知らねーなとか言われちゃうよ」
「オレは輝久だっつーの」
「知らないだろうけどね、慎くんって結構ファンがいるのよ」
「お前、そうなの?」
「少し、じゃない?でも、一番人気はやっぱりエースの長尾さんだよ」
「知ってる。ガオさんって呼ばれてる人でしょ?あの人もカッコイイわ」
「美幸ちゃん、詳しいね」
「ネットで見ただけ。慎くんのチームの公式サイト見つけてさ。あとは個人名で検索かけるとファンサイトがヒットするじゃない。ね、ココだけの話、そのガオさんって彼女はいるの?」
「いるよ。キレイな人だよ」
「そっか・・・じゃ、小山さんは?」
「ヤマさん?彼女はいないけど」
「けど、何?」
「奥さんと子供がいる」
「やっぱりイイ男は売約済みだよね。ちぇーっ」
「お前は何を狙ってるんだ?」
「うるさい、もう飲むぞ。私も一度でいいから有名人と付き合ってみたいよ。ちょっとなら苦労してもいいね」
「まずはお前のその性格を直してからにしろよ」
「やかましいよ、テルオ」
「輝久だっつーの」
ワイワイと4人で楽しみ、美幸が明日帰省するので忘年会はこの店で終わりになった。
「じゃ、真由、慎くん良いお年を」
「美幸とテルくんも。来年もよろしくね」
「こちらこそ、だよ。真由ちゃん」
駅で今年最後の挨拶を交わし、私たちは別れた。
「真由、今日泊めてもらっても平気?」
「いいよ。でも、お家は大丈夫?」
「全然大丈夫。出掛ける時におふくろに、どうせ今日も帰って来ないんでしょって言われちゃったし」
「今日・・・も・・・」
「別に気にする事ないよ。高校生じゃないんだしさ。それより真由、何かあった?」
「どうして?」
改札を入り電車に乗り込むと、すぐに発車になった。いつもならこの時間はギュウギュウ詰めなのに、あまり混んではいなかった。
何か考え事でもあるの?とまた慎が訊いてきた。
「飲んでる時はフツーだったけど、美幸ちゃんと写真撮ってる時とか、何か浮かない顔してたから。美幸ちゃんと写真撮ったのまずかった?」
「そんなの気にしてないよ」
「じゃ、何?」
「やだなぁ、慎には何でもバレバレだ」
「そういう事だ」
「昨日ね、ネットで遊んでたら慎のファンサイト見つけてね。それ見てたら、慎って私が思ってるよりすごい人なんだなって。そう思ったら何か少し落ち込んだの。それだけ」
「オレなんかよりもっと人気があるヤツはいっぱいいるよ。大阪の金井って同い年のヤツがいるんだけど、アイツなんか代表でスーパーエースだし、見た目もいいからすごい人気だよ。
うちのチームじゃ、ガオさんが一番人気なんじゃないかな」
「昨日、慎の好きな色のタオルをプレゼントされたんだって?」
「そんな事まで書いてあったの?真由、ヤキモチ焼いてるの?」
「ヤキモチじゃなくてさ、みんな慎に対して一生懸命なんだと思って。大学生の頃から追っかけしてたり、試合だけじゃなくて練習も見に行ったり」
「ま、試合より練習を見に来る方が話せたりするからね。でも、真由が気にする程の事じゃないよ」
「そうなのかなぁ」
「真由はオレに一生懸命にはなってくれてないワケ?」
「そんな事はないけど・・・」
「だったらいいじゃん。オレの寝顔を見られる女は、真由とおふくろだけ。ヤローはいっぱいいるけどね」
「私ね、ファンの人たちに優越感を感じるどころか、逆に慎が遠い人に思えちゃったんだよね」
「応援してくれる人たちは本当に大事だし、期待に応えなきゃって思うけど、真由とは別の位置にいる人だちだよ。変な真由、気にしすぎ。さ、降りるよ」
駅を出ると雪が降っていた。
「雪だね。こんな時期にめずらしい」
「積もればおもしろいけど、すぐに止むんだろうな」
「コンビニでおでんでも買って帰ろう」
「飲み直し?部屋に酒はあるの?」
「それも買いましょう。雪見酒だ」
「止むと雪見酒にならないから早く帰ろう」
ベランダに出る窓のカーテンを開け、灯りはロウソクにして慎と2人雪見酒。でも、1時間もすると雪は止んでしまった。
外は濡れただけ終わってしまっていた。
「移動もあったし、何だか今日は疲れたな」
先に慎にシャワーを使わせ、私がシャワーを終えて部屋に戻ると慎はソファで寝息をたてていた。
「慎、風邪引くよ。お布団に行こうよ。ほら、起きて」
うん、と子供のように目を擦り、慎はのそのそと歩いて布団に潜り混んでいった。
慎の寝顔を見ていると自然にほほえんでしまう。
そっか。どんなに一生懸命になっても、こんな慎を見られるのは私だけなんだ。
私は、少しだけ優越感を感じた。
「真由、正月は実家に戻らないの?」
ブランチに作ったスパゲティを食べながら慎は訊いてきた。
「まだ決めてない。気合い入れて帰る程の距離じゃないからいつでも帰れるんだよね」
「もし、戻らないなら一緒に初詣に行こうよ」
そんな事を言われたら、余計帰る気にならないじゃない。
「うん、行こうか。電車も混んでるだろうし、慎のいない週末にでも帰る事にする」
「今日は帰るけど、明日の夜にまた来るよ」
「年越しそばはどうする?」
「片づけとか面倒だろうから、別にいいよ」
「じゃ、お雑煮だけでいいね」
午後は、2人で買いだしに出掛けた。買い物かごを持って買い物をしていると、奥さん、旦那さんに買ってやってよとおじさんに声を掛けられた。
奥さんと呼ばれて恥ずかしいなと思っているのに、そっと盗み見ると慎は何とも思っていないようだった。
買い物袋をカサカサ言わせながら私たちは歩いた。
「今年も終わっちゃうんだね。あっという間だったな」
「また1つ年を老るわけだ。やだなぁ、おじさんになるのは」
「何言ってるの?まだそんな年じゃないでしょ」
「そんな事言ってると真由もあっという間におばちゃんだよ」
「おばちゃんになったら、開き直るからコワイ物なんて何にもなくなるからいいの」
「そういう考え方もアリなわけね」
部屋に戻り、前に撮ったビデオを観て慎はまた明日、と帰って行った。
1人になり、年末は戻らないと実家に伝えるため電話をすると下の弟の良文が出た。
「友達と約束があるから、今回は戻らないってお母さんに言っておいて」
「友達、ね。どうせ、男だろ?」
「何言ってるの?かわいくないヤツ。あんたこそ、彼女できたの?」
「ボク、幸せですからほっといてください」
「ああ、そう。それは良かったですね。ちゃんとお母さんに伝えてよ」
「ラジャー。あ、親父がさ、真由は結婚しないのかって言ってたぜ」
「はぁ?当分しないよ。でも、どうして?」
「貴がさ、結婚しそうな雰囲気だから」
「貴之が?」
「近々ってわけじゃないけど、来年中にはするんじゃないかな」
「ふーん、そうなんだ」
「おっと、彼女から電話だ。じゃな、真由」
良文は自分の都合でさっさと電話を切ってしまった。
貴之が結婚か。良文はまだ大学生だけど、もしかしたら結婚は私が一番最後かも。とりあえず、30過ぎたら人生についてまじめに考えよう。
夕飯は作るのがやけに面倒でカップラーメンで済ませてしまい、TVの年末番組もつまらないので早々に布団に入ってしまった。
疲れているわけではないのに目が覚めると10時半を過ぎていて、私は11時間も寝てしまっていた。起きてコーヒーを入れ、パジャマのままダラダラとしていた。
お昼になってもたいした空腹感がなく、3杯めのコーヒーと昨日買ってきたパウンドケーキを食べながらTVを眺めていた。
妙な脱力感。やはり疲れているのか、それとも単なる休みボケなのか。何もせずただぼんやり、ダラダラ。しばらくこの生活ができるかと思うと嬉しい反面、
社会復帰ができるのだろうかと思ってしまう。
お昼の番組が終わったので、着替えて今晩の酒の肴と明日のお雑煮の準備にとりかかった。が、1時間半もするとそれもすべて終わってしまった。
ソファに寝そべり、パラパラと雑誌を見ていた。
今年最後の日の今日は天気がよくないし、寒い。どんよりとした曇り空で太陽が顔を出す見込みはなさそうだ。せめて、雪でも降ってくれれば気分が盛り上がるのに。
一度読んだ雑誌はすぐに飽きてしまい、パソコンに向かったけれどネットサーフをしてもおもしろいサイトがなく、チャットをする気にもなれなかった。またソファに寝そべり、今度は
本に手を伸ばす。時間はまだ3時半にもなっていない。30分程読書をすると眠くなってきてしまった。寝過ぎで眠いらしい。ダラダラさ加減と暖かい部屋が睡魔を増長させる。
どうせ1時間くらいで目が覚めるだろうし、それから夜の用意をしても十分間に合う、と私は睡魔に負けた。