Believe you 12

 目が覚めたのは10時半過ぎだった。はしゃいで飲んだせいか体がだるい。美幸も同じようだった。
 「コーヒー、紅茶、カップスープ、何がいい?」
 「できれば、紅茶。うぅ、だるい」
 返事をすると美幸はコロンとソファに横になり、クッションを抱えていた。
 甘い香りのストロベリーティを運ぶと美幸はむっくり起きあがった。
 「いい匂い。真由っていいよね」
 「何が?」
 「こういう物もちゃんと用意してあって、部屋もいつ来てもきれいにしてあるし。何かにつけ、しっかりしてるよ。 私もちゃんと・・・・貯金しよ」
 「貯金を貯めないと結婚できないんでしょ?」
 「あれは、テルの話。実家暮らしなんだから、貯められなきゃしょうがないでしょ」
 「美幸の貯金は?」
 「一人暮らしで生活費がかかるんだから、私の話はしてない」
 「しっかりしてるわ、美幸は」
 「真由はいい嫁になるよ」
 「そう?でも、貰い手がなきゃしょうがないでしょ。それに30までは結婚はいいと思ってるし」
 「30?」
 「私も美幸と同じ。仕事も自分の時間も手放せないよ。それに、美幸みたいにプロポーズしてくれる人もいないし」
 「慎くんは・・・まだ無理か」
 「問題外よ。私の事も大事にしてくれるけど、やっぱりバレーだもの。別にいいんだけどね」
 「淋しくない?」
 「全然淋しくないって言ったらウソになるけど、それ程でもないかな。1,2月の方がもっと逢えないだろうし」
 「東京での試合はないの?」
 「東京で試合が入ってるチームもあるけど、慎たちが東京でやるにはベスト4に入らないと。1月半ばに横浜でやるのが一番近場かな」
 「そうなの?横浜に応援しに行こうよ。慎くんに内緒で。私も慎くんが打つトコ見てみたい」
 「行く?土曜日の午後だよ、確か」
 「行く行く。テルも生で慎くんがバレーしてる所、ずっと見てないって言ってて、身近な有名人なんだから見なきゃねって話してたのよ」
 「有名人?」
 「そりゃそうでしょ。日本代表よ」
 「実感ないよね」
 「ま、確かに。あ、今度一緒に写真撮ってもらおう。サインももらっておかなきゃ」
 そっか、そうなんだよね。慎は一般人であって一般人じゃないんだっけ。すごい人なんだ、そっか・・・
 「明日は何時にするの?」
 「慎くんが何時に戻ってくるかだね」
 「私、時間を聞くの忘れちゃった」
 「いいよ、適当で。私も日中は帰る準備と掃除で家にいるし。わかったら連絡して」
 お昼にお鍋の残りで作った雑炊を食べ、2時頃美幸は帰って行った。ウィンドショッピングでもしない?と誘われたけれど、私は部屋にいる事にした。
 軽く掃除をし、パソコンと読書で午後の時間を潰し、夜も何となくダラダラと過ごしていた。
 もうすぐ今年も終わる。
 2月が始まった頃、約8ヶ月付き合った彼にふられた。好きで付き合っていたはずなのに思った程痛手がなかったのは、別れが突然やってきたのではなく 少しずつ私の中に積もっていたからだろう。
 それから4ヶ月後、慎と出逢った。そして、私は変わった。自分でも本当にそう思う。慎の目に私はどう映っているのだろう。当然、慎は以前の私を知らない。 いくら私が変わったと言葉で伝えてもリアリティに欠ける。慎に逢って自分に素直になれるようになった。それだけでも、慎にわかってほしいと思う。
 大きな1年だったと思う。慎の事だけでなく、知っているつもりでいた美幸の知らなかった部分を知り、何にしても前向きになれるようになった。そして、恋の切なさも知った。 誰かを心から好きになれるってすごい事なんだ・・・
 1年を振り返るようなTV番組を眺めていたせいか、少し感傷的になっている自分がおかしかった。
 恋する私って、ちょっとかわいいかも。
 TVはジーンと来る場面を映し出していてそれは私の目にも映っているのに、私は一人でくすくす笑っていた。人非人だな。
 TVにも飽きてネットで遊んでいるとケータイに着信があった。週に一度聞くか聞かないかの着メロ。慎からだった。
 「どうしたの?」
 「忘年会が終わってこれからホテルに戻るんだ。飲んでても外は寒いよ」
 「酔っぱらい?」
 「少し。明日、そっちに戻らないでこのまま家に戻っちゃうやつとかいるから、みんなで今年最後のお食事会だよ」
 「楽しそうだね」
 「楽しいよ。ヤローばっかりだけど」
 「慎、結構酔ってるでしょ?」
 「どうして?」
 「だって、普段は周りに人がいる時に電話なんてしてこないのに」
 「そう?あ・・・」
 「こんばんわ。昨日はどうも。ヤスでーす」
 「こんばんわ」
 「今日はね、慎打ちまくりだったよ。オレ、セッターなんだけどさ、エースのガオさんにトス上げようとしてるのに、 オレに持ってこーいなんて大声出されたら、慎に上げちゃうじゃんね。お前はサブだろっつーの、ね」
 「そうなんですか」
 「そうそう。でも、アタック決めまくりで。今日はストレートで勝っちゃいましたぁ」
 「よかったですね。お疲れさまでした」
 「今度、試合見においでよ。オレの華麗なトスワークを見せてあげるから。なんて言ってもオレもサブなんだけど」
 「東京での試合、楽しみにしてますから」
 「今期は優勝するよぉ。花束持って待ってなさーい」
 「電話返せって。ヤスの方が酔ってるよ」
 「楽しそうでいいじゃない」
 「明日は夕方にそっちに着く予定だけど、忘年会って何時から?」
 「まだ決まってない。夕方に着くなら、8時頃にしようか」
 「それなら平気かな。もし遅れるようだったら連絡する」
 「待ち合わせの場所が決まったら、メールするから。慎・・・愛してるって言ってごらん」
 「もういい加減にしろ」
 「てへへへ。じゃ、明日ね」
 「うん。おやすみ」
 上機嫌の慎。慎が笑っていると私まで笑ってしまう。単純な私。
 美幸にメールを入れ、またパソコンに向かった。何となく、松木慎と入力し検索をかけると数サイトヒットした。チームの公式サイトと個人のファンサイト。
 一体、どんな事が書いてあるのだろうと一番上のファンサイトを開いてみた。  慎のプロフィールや写真、管理人のコメント、掲示板とよくあるサイトだったけれど、慎が大学生のころからのファンだったという事で、 慎の学生時代の写真も載っていた。
 今より少し若い慎。私の知らない慎だった。練習もよく見にいくらしく、練習の合間の写真がよく載せてあった。
 そう言えば、私は練習なんて見に行った事などなかったっけ。練習どころか試合もない。今まで遠征ばかりだったから仕方がないけれど、やはり横浜での試合は 美幸たちが行けなくても一人で行こう。
 プロフィールをクリックすると公式サイトに載っているような誕生日や身長の他に追っかけでゲットしたような情報があった。載っている車種、家族構成、タロウの事、好きな食べ物 etc この人、本当に慎のファンなんだと呆気にとられてしまった。
 掲示板には、遠いから行けないけど生で慎が見たいと書き込んであった。ファンサイトだから、悪口を書いて来る人はいないけれど、読んでいると芸能人のファンサイトを見ている気がしてくる。 慎は私が思っているより、人気があるらしい。
 2つめの書き込みは、今日の試合の事だった。

     今日の慎くんはアタック決まりまくり!マジ、カッコよかったぁ
     試合終了後、選手通用口で待ってて、慎くんの好きな青い色のタオルを
     プレゼントしました。待ってる時は寒くて仕方なかったけど「ありがとう」って
     言われて気分はもう真夏!
     思い切って、彼女はいるんですか?と聞いてしまいました。
     慎くんは笑っているだけでしたが、それっているって事ですよね〜(涙)
     でも、これからも慎くんのことは応援しまーす!

そして、やっぱり彼女はいるんだ、ちょっとショックというようなレスが2,3続いていた。
 私は引き出しからタバコを出し、火を着けた。約1月ぶりのタバコ。別に吸いたくなったわけではないけれど、手が伸びた。パソコンのディスプレイに煙を吐く。
 慎は芸能人とは違った手の届くアイドルといった所だろう。代表としてTVにも映ったし。ファンサイトがあるのは慎だけではないだろう。でも・・・
 慎に会いたい、と書き込んでいる人たちに私は優越感などまったく感じなかった。逆に、慎が遠い存在に思えてしまった。彼女たちより私と慎の距離の方が近いのに・・・

 「慎、もう彼女に言ったのか?」
 「いや、まだです。この前、言いそびれちゃって。この休み中には言おうとは思ってますけど」
 「そうか。ま、がんばれよ。じゃ、よいお年を」
 「ガオさんも」
 「じゃあな」
 「ガオさん」
 「あ?」
 「来年もよろしく」
 「こちらこそ、よろしくな」

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