海のうさぎ森の魚 1/2
 海辺の森にひとりぼっちのうさぎがいました。うさぎはいつも夜になると海辺へ出て、遠くを見ていました。
 ある日の夜、いつものように空の月と海の月を見に海辺へ来ると何かが光っていました。
 うさぎが光っているものの所へ行くと、それは波に打ち上げられた銀色の魚でした。うさぎはそっと両手で包み海へ帰してあげました。銀色の魚はうれしそうにくるくるとうさぎの足下を泳いでいました。
 「君はとってもきれいだね。お月さまみたいだ」
 しばらく泳いでいた銀色の魚は最後にぴょんとうさぎの方へ飛び跳ね、深い海へ帰っていきました。
 「また会えるといいな」
 うさぎは銀色の魚が帰って行った海を眺めていました。
 次の日の夜もうさぎは海辺へ来ました。海辺に来ることはいつもの事だったけれど、あの銀色の魚に会いたかったのです。
砂浜に座って遠くを見つめていると、海の上で何かがきらっと光りました。あの銀色の魚でした。
 うさぎはうれしくなって海の中へ入って行きました。
 「来てくれたんだね。また、会いたいなって思ってたんだ。会えてうれしいよ」
 それから毎晩毎晩、うさぎと銀色の魚は一緒にいるようになりました。雨の夜は海に行けないので、うさぎはずっと銀色の魚の事を考えていました。
 うさぎは夜が来るのが待ち遠しくてたまりません。ひとりぼっちのうさぎには、銀色の魚に会う事だけが楽しみでした。
 うさぎはいろんな事を銀色の魚に話しました。銀色の魚は言葉の代わりに飛び跳ねたりしてうさぎに返事をしていました。
 ある日、うさぎは銀色の魚の目を見て言いました。
 「ずっと一緒にいれたらいいのに」
 銀色の魚もじっとうさぎの目を見つめていました。

 次の日の朝早く、うさぎは森の奥へ走っていきました。ずっと前に海辺で会った大きな鳥が言っていた事を思い出したのです。
 「この森を抜けるとまた森がある。またその森も抜けて行くんだ。そうやって、6つの森を抜けると7つめの森の入り口だ。だけど、7つめの森は半分まで行くと太陽の光も入らない真っ暗な森だ。 その森の奥に何でも願いを叶えてくれる魔女がいるんだとよ。ウソか本当かはオレも知らないけどな」
 うさぎは自分のいる森から先に行った事がありません。それに大きな鳥が教えてくれた事も本当なのかわかりません。
 でも、うさぎは走りました。もし、本当に何でも願いを叶えてくれる魔女がいるなら銀色の魚とずっと一緒にいられるようにしてもらいたかったのです。
たくさん走って、何度も転んでうさぎの足はキズだらけになりました。ジンジンと足が痛みましたが、それでもうさぎは諦めずに走り続けました。
 6つめの森を抜ける頃には、もう空は暗くなり始めていました。
 ー7つめの森は半分まで行くと太陽の光も入らない真っ暗な森だー
 大きな鳥の言葉を思い出したうさぎはとても怖くなりました。太陽の光すら入らない森に暗くなり始めた今から入っていかなければならないのです。
 うさぎは目を閉じて大きく深呼吸をしました。そして、勇気を出して7つめの森へ走り出しました。
 本当は怖くて怖くて仕方がなかったけれど、魔女に会って願いを叶えてほしかったのです。
 どれくらい走ったのでしょうか、遠くにぼうっと小さな明かりが見えました。
 魔女の家だ!そう思ったうさぎは最後の力を振り絞って走りました。
 「あらまぁ、かわいいうさぎちゃんだねぇ。どこから来たんだい?こんな森の奥に来るなんて迷子かい?今、シチューができたところだから中へお入り」
 うさぎは、おどおどと中へ入りました。
 「おやおや、こんなにキズだらけになって。薬も付けてあげなきゃね」
 「あの・・・」とうさぎは言いかけました。
 「キズだらけの足ってことは、ずっと走って来たんだろ?お腹も空いてるはずだ。話はシチューを食べてからでもできるだろ? 私はね、お腹が空いているんだよ。ん?魔女が作ったシチューだから変な物が入ってると思ってるのかい?魔女だって、自分が食べるものには変な物なんて入れないのさ。ほぉら、いい匂いだ。採れたてのきのこのシチューだよ。たんとお食べ」
 うさぎは朝から何も食べていなかったのでお腹がぺこぺこでした。魔女が作ったシチューは本当においしかったのです。
 食事が終わると魔女は棚から薬を出して来ました。
 「足をお出し。この薬はどんなキズでもすぐに治る薬だよ」
 魔女に薬をつけてもらうと、ジンジン痛かったのが治まってきました。
 「さぁて、お前の話を聞こうかね」
 「あの・・・僕・・・僕を泳げるようにしてください。ここへ来れば何でも願いを叶えてくれるって聞いたから・・・」
 魔女はふぅっと肩で大きく息をつきました。
 「お前は自分の言ってる事がわかってるのかい?お前はうさぎだよ。魚じゃないんだ。泳げなくたってなーんにも困らないだろう?
 「泳げるようになりたいんです。魚みたいにずっと海の中にいられるようになりたいんです」
 「おかしな子だねぇ。私にできない事なんてないよ。でも、ただで、というわけにはいかないよ」
 「・・・どうすればいいの?」
 「そうだねぇ。新しい指輪が欲しいと思ってるんだよ。お前のしっぽはかわいいねぇ。そのしっぽならいい指輪ができそうだよ」
 「しっぽ・・・しっぽをどうするの?」
 「なぁに簡単さ。はさみでチョンと切るだけだよ」
 うさぎは何も答えられませんでした。
「ふふふ。そんなにすぐには答えられるもんじゃないね。夜のうちに薬は作っておくから、今日は泊まっておいき。そこのドアを開けるとベッドがある。疲れてるんだからぐっすり眠って、朝もう一度考えればいいさ」
 うさぎは言われた通りにベッドに横になると一日中走った疲れですぐに眠ってしまいました。

 「おはよう。よく眠れたかい?木いちごのジャムと勿忘草の紅茶で朝食だよ。ジャムも紅茶も私の手作りなんだから
 「あの・・・」
 「うさぎちゃん、私は食事は楽しい時間にしたいんだ。わかるかい?私にとっちゃ、薬の話なんておもしろくも何ともないんだよ。それより、お前の住んでいる所の話をしておくれよ」
 うさぎは、ごめんなさい、と言って毎日ひとりで海を見ていた事、銀色の魚に出会った事を話ました。
 「ふふふ。お前は何も知らないんだねぇ。 3つめの森の最後に大きな大きなかしの木があっただろ?そのかしの木の一番太い枝が伸びてる方へ行けばお前の仲間が住んでるよ。私に薬を作らせる必要なんてないのさ。お前はひとりぼっちがいやだったんだろう?」
 うさぎはコクンと紅茶を飲みました。
 「さ、後片づけはお前がやっておくれ」
 きゅっきゅっとうさぎはお皿とカップを洗いました。



 


 
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