砂の城 6/6
 「じゃあ、どうして?!」
 ゆきは声を出さずに泣き、首を横に振るばかりだった。
 一度は感情を抑えた僕だったが、一向に理由を言わないゆきにいらついてきてしまった。
 「一体、何なんだよ!ゆきが別れたいって言うならそうする。 ただ、理由を聞かせてくれって言ってるだけだろう?僕にはその理由を聞く権利はあるはずだ! 言えないような理由なのか?だったら、嘘でもイヤになったって言ってくれればいいだろう! 好きだけど一緒にいれないってどういう意味だよ?!好きでもない男と結婚でもするって事かよ?!」
 それでもゆきは泣きながら首を横に振るだけだった。
 「ちゃんと言ってくれよ!」
 ゆきの態度に怒りを感じた僕は、思い切りテーブルを叩いてしまった。
 「・・・・いや・・・・やめて・・・」
 ゆきはあの時と同じように真っ青になった。僕を見る目がひどくおびえていた。
 「ゆき?ゆき?!どうしたんだ、ゆき?!」
 「いやぁ、やめて!お願い、もうやめて!何でもするから、もう殴らないで!」
 ゆきは力の限り僕の腕から逃げようとしていたが、男の力には勝てず必死にもがいていた。
 「ゆき?僕は一度も手を上げた事なんてないだろう?何の事を言ってるんだ?」
 もがくゆきの両肩をつかみ落ち着かせようとしたが逆効果になってしまった。
 お願い、もうやめて、許してと叫びながら、ゆきはますます僕から逃げようとしていた。
 必死になって僕の腕から逃げようとするゆきに爪を立てられてしまい、僕が片腕を放してしまった瞬間、 勢いの余ったゆきは倒れ込みダイニングテーブルにこめかみをぶつけてしまった。
 「・・・・ゆき?・・・・大丈夫か、ゆき?」
 抱き起こし、何度か名前を呼んだがゆきの返事はなかった。
 5分後、マンションの前に救急車が止まり、玄関のチャイムが鳴った。



 
 「ねぇ、コーヒー何にする?私、アーモンドフレーバーにしたいんだけど、マサトもそれでいい?」
 かまわないよと、僕は読みかけのチャンドラーから目を上げた。
 キッチンからアーモンドのいい匂いが漂ってくる。
 「はい、どうぞ。ね、ワタナベさん、お天気がいいから午後はウィンドショッピングにでも行かない?あ、キムラさんが観たいって言ってた映画、先週末公開だったよね。 それ、観に行く?」
 病院に運ばれたゆきは脳しんとうと診断され、念のためと言う事で3日入院し無事退院できた。
 あの日の事を忘れてしまったのか、ゆきは以前のよく笑うゆきに戻っていた。
 ただ、ゆきの中の何かが壊れてしまった。壊れたのが心なのか、心の奥に閉じていた扉なのかわからないけれど。
 もう何度も言ったセリフをゆきにまた言ってみる。
 「ゆき、僕の名前は直人だよ」
 「何?今更?わかってるわよ。ヘンなの」
 そう言ってゆきは子犬のようにコロコロと笑った。
 僕はゆきが入院した翌日、興信所にゆきの調査の依頼をした。返された結果は、最初にゆきが話してくれた通りだった。
 誰にも知られない所でゆきは心に傷を負ったのだろうか?それとも自分の世界に生きているのだろうか?
 どちらにせよ、僕にはたいした問題ではない。
 僕の隣でゆきが笑っている。その事実だけで十分だ。
 雨が降ってもホームレスにならないように、僕とゆきの砂の城を守る。
 そう決めた僕は、今とても幸せを感じている。






                       fin
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