結婚し、実家で両親と同居している弟夫婦に気遣いながらも私はゴールデンウィークの半分を実家で過ごしていた。
ゴールデンウィークが終わったら、健太郎が帰ってくる。独身気分が終わるのは少し惜しいけれど、早く健太郎に逢いたい。
健太郎とは年末年始に逢ったきりだ。
健太郎と付き合い始めたのは、私と健太郎が24の誕生日を迎える少し前だった。
その頃の私は、取引先の人しか名前を知らないような小さな会社に勤めていたフツーのOLだった。健太郎は一部上場の大手企業に
勤めてはいたけれど、フツーの会社員だった。
しかし、私たちが付き合い始めて1年ほど経った夏、あるビジネス雑誌が健太郎のいる海外事業部を取り上げ、記事のナビゲーター役で
健太郎が雑誌に載った頃から少しずつ変わり始めた。健太郎はそのビジネス雑誌を出している出版社の別の雑誌担当者の目に止まり、男性ファッション誌に
顔を出すようになり、半年ほど前からは時々女性ファッション誌にも載るようになっていた。
振り返って見るようなカッコイイ男というわけではないだろうけれど、健太郎に逢った事のある私の友達はみんな健太郎の事を褒めていた。
確かに私も初めて見た時は、背が高くてカッコイイなと思ったけれど。
当の私はと言えば、たまにお声掛かりはあってもどこにでもいるフツーの女。たまたま電車で隣りに座った女の子たちが健太郎の載ったページを見て、
「この人、カッコイイよね。やっぱり、彼女もすごくキレイな人なんだろうね」と話しているのを聞いてしまった。きっと彼女たちは私が健太郎の彼女だと知ったなら、
ロコツに驚いてくれるのだろう。そして、雑誌を彩るモデルのような女の子が健太郎の彼女なら納得するのだろうと思うと、すごく落ち込んだ。
私の前での健太郎は、所謂「イイ男」として何度か雑誌に載る前と何も変わらなかったけれど、私は不安でならなかった。
「ね、モデルの子たちってやっぱり生で見てもかわいい?」
私は健太郎が載っている雑誌を見ながら何気ない振りをして訊いた。
「あー、やっぱりモデルって感じだね。センスなんかも違うなって思うし」
「ふーん、そうなんだ・・・ケータイの番号やアド、交換したの?」
「この前、雑誌の人たちと飲みに行っただろ。その時に来てた子たちとは交換したよ。飲み会の話は朝美にもしたよな?」
「聞いたよ。でも番号を交換したなんて、今初めて聞いた」
「怒ってるの?仕事、どうですか?みたいなメールがたまに来てそれに返事はするけど、朝美に言えないような話はないよ。付き合ってる彼女がいるって話もしてあるし」
「ふーん・・・そう」
「朝美、怒ってるの?だから、何もないって。何かある事を期待するなら彼女がいるなんて、都合の悪い事を言うわけないだろ?」
「それはそうだけど・・・」
「じゃあ、ついでだから言うと最初に雑誌に載ってから、彼女いるんですか?良かったらお付き合いしませんか?系の申込は10件以上あったよ」
「うそぉ?!」
「まじ。全部お断りしたけどね」
「そうなの?」
「そうなのって・・・お前、何考えてんの?オレが他の女と付き合ってもいいの?」
「良くはないけど・・・」
「何、ふてくされてんだよ?オレは何も変わってないって。どうしたら身の潔白を信じてくれる?」
「別に健太郎を疑ってるわけじゃないよ・・・ただ・・・」
「ただ?」
「ただ・・・自分に自信がない・・・んだよね。どこにでもいるフツーのお姉ちゃんな外見。スタイルだって取り立てていいわけじゃない。
仕事だって、健太郎みたいに海外出張なんてカッコイイものもないし」
「それがどうしたっていうんだよ?」
「電車の中で・・・健太郎が載ってる雑誌を見てた女の子たちが、やっぱり彼女はすごくキレイなんだろうね、って話してた。健太郎だって、どうせ付き合うなら見た目はいい方がいいでしょ?」
「お前さ・・・朝美よりキレイな女や仕事がデキル女なんて数え切れない程いるよ。お前にとってはそれがコンプレックスなのかもしれないけど、オレにはお前が考える程の意味はないね。
オレはお前を、オレの彼女って誰にでも紹介できるよ。でも、それだけじゃ不満だって言われてもどうしていいかわかんねーよ」
「いじけてる・・・んだよね、きっと私。モデルとかさ、別世界のような人たちが健太郎の周りにいるようになって、どこにでもいるお姉ちゃんには何の勝ち目もないってわかってるから余計にふてくされて。
ヒガミ根性もいいトコだよね」
「この前飲んだモデルの子たち、周りで飲んでた女の子たちとは何か違うなって感じだったし、次の店に行こうって歩いてれば中には彼女たちを振り返って見てるヤツもいた。飲んでて楽しかったし、
いい子たちだと思う。でも、それ以上は知らない。別に知らなくてもいいと思う。何度か一緒に飲んでたまにメールが来てっていう相手と、ずっと一緒にいるお前を比べたって仕方ないだろ?
お前はさ、新しく知り合いになった男が、自分好みの優しくてカッコイイヤツだったら、すぐにそっちに乗り換えるわけ?」
「そんな事はないけど」
「だったらオレも同じだって。それとも、オレの気が変わるかもって思ってるの?」
「それは・・・ある・・・かも・・・」
「じゃあさ、朝美、お前この部屋引き払ってオレんとこ来いよ」
「え?」
「今のオレのワンルームじゃ狭いから、もっと広い部屋に移ればいい」
「一緒に住む・・・同棲ってコト?」
健太郎の事は本当に好きだけれど、同棲はイヤだ。きっと私の生活は健太郎を中心に回るようになる。それは別にかまわない。でも、その中心になる健太郎がいなくなったら・・・
同棲の末、別れてボロボロになった友達を思い出すと私には手放しで喜べる話ではなかった。
「出張、残業でお前に負担がかかるだろうけどさ、でもオレは結婚してるなら一緒に生活したいと思うよ。新婚早々に別居結婚なんて、オレには考えられないね」
言葉もなく健太郎の方を見ると、健太郎は何?というような顔で私を見返した。
「それって・・・」
「無理にとは言わないよ。オレがそれでもいいかなって思っただけだから」
「健太郎・・・」
「ま、そのうち返事をくれればいいよ」
それから7ヶ月後、私は須藤朝美から川田朝美になった。
名目上の9時出勤 6時退社、週休2日とは程遠い健太郎の仕事。私も今までの仕事を、正社員ではなくアルバイトという形にしてもらった。
3LDKのマンション。今まで私たちがそれぞれ住んでいた部屋の3倍以上の広さ。早く子供が欲しいと健太郎は言うけれど、私はしばらくは健太郎と2人だけの生活を楽しみたいと思っていた。
新婚生活が半年ほど経った頃、健太郎に異動の話が出た。異動と言っても半年くらいの間だけ。でも、場所はNY。多忙になったNY支店の応援に行ってくれと言われたらしい。
「多分、半年くらいで帰れると思うけど、もしかしたら延びるかもしれないな」
「そうなんだ。NYに赴任なんてカッコイイね」
「そうか?今回は応援だけど、そのうちオレも正式に海外に行かされるよ。で、朝美はどうする?」
「うーん、半年でしょ?延びるって言っても2年も3年も行くワケじゃないだろうし、引越も大変だから私は残る」
「ま、長くて1年ってトコだろうし、もしかしたら半年もかからないかもしれないしな。オレがいない間は独身生活を堪能してくれ」
「そうする。クリスマスから休むわけにはいかないけど、年末は遊びに行く」
「じゃ、NYでカウントダウンとニューイヤーパーティだな」
秋晴れの澄んだ空に向かって健太郎を乗せたヒコーキが飛び立って行った。
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