水色金魚 1/4

 本日の予想最高気温 36度。
 昨日もそうだった。今年の夏は暑い。梅雨が明けた途端に真夏になったと言っていい夏だった。
 部屋の窓もドアも全開にしているのに、風なんて一つも入って来ない。
 こんな調子だから暑くて寝てもいられない。夏休みだというのに朝は、いつものように7時に起きて親と一緒に朝ゴハン。
 部屋にエアコンを付けてくれと頼んでも、大学に行かせるのにどれだけお金がかかると思ってるの?就職するなら付けてあげるわよ、と 母親は洗い物をしながらこっちを見ずに答えてくれる。
 「公平、今日も図書館に行くの?」
 「ああ、行くよ」
 「じゃ、エアコンなんていらないじゃない。お母さん、生まれてこの方自分の部屋にエアコンなんてあった事ないわよ。今朝はパンだったから これお昼代ね」
 母親は財布から千円札を出し、テーブルに置いた。
 「浪人させる余裕はうちにはないんだから、しっかり勉強してくださいよ。じゃ、お母さん仕事に行くから」
 「はいはい、行ってらっしゃい」
 両親が仕事に出掛けると、この家唯一のエアコンのリモコンを手に取った。そして、ゴロッと横になり暑くて寝不足になってしまった分を取り戻す。 一眠りして昼食をテキトーに済ませ、午後は図書館で受験勉強。親は午前中からがんばって勉強をしていると思っている。
 快適室温で気持ちよく寝ていると電話が鳴った。コール音にびっくりして飛び起きたから、心臓がバクバクいっている。舌打ちし、半分ふてくされながら 電話に出た。
 「はい」
 「あの、私、公平くんと同じクラスの安田と申しますが、公平くんはいらっしゃいますか?」
 「え?あ・・・自分・・・ですけど」
 「あ、小野くん?安田ですけど・・・わかる?」
 「あ、うん。安田さんでしょ?どうしたの?」
 本気で驚いた。2年から同じクラスだから話した事はあるけれど、電話をする程の仲ではなかったし・・・
 「ねぇ、今日って何してるの?」
 「今日って言うか、午後は毎日ヒデと恭介と図書館で勉強してるよ」
 「そうなんだ・・・私も・・・行っていいかな?」
 「え?!」
 「やっぱり、迷惑かな?」
 「い、いや、そんな事ないよ。安田さん頭がいいし、わかんない所があったら教えてもらえるし」
 「私が行っても平気?」
 「大丈夫だよ。1時頃から図書館にいるからテキトーにおいでよ」
 「うん、ありがとう。じゃ、ご一緒させてもらうね」
 電話を切った後も少し心臓のバクバクは続いていた。が、顔はニヤけていた。
 安田さんから電話が来た。午後は一緒に図書館で勉強する。
 理由なんてどうでもいい。男子からかわいいと評判の安田さんと学校以外の場所で一緒にいる。受験勉強もまんざら捨てたモンじゃない。

 「こんにちわ。私も一緒にいい?」
 1時半を過ぎた頃、彼女がやってきた。初めて見る彼女の私服姿にまた心臓がドキッとした。
 「あ、安田さん・・・ああ、そういう事ね。どうりで公平が入り口の方ばっか気にしてると思ったよ」
 恭介が、ははんと言った顔で僕を見た。
 「何?何?どういう事?!」
 「ヒデ、うるせーよ。図書館ではお静かに」
 「何だよ、恭介。オレだけ知らねーのかよ?」
 「ま、ま、話は後で。安田さん、来たばっかで悪いんだけど、ココ教えてくれる?」
 「何だよなぁ、もう・・・」
 ヒデはブツブツいながら、問題集と格闘し始めた。
 閉館までまじめに勉強し、帰り道4人でファーストフード店に行った。
 「綾ちゃんはさ、どうしてオレじゃなくて公平なワケ?」
 恭介はいつの間にか彼女を綾ちゃんと呼んでいた。
 「え?」
 「え?じゃなくてさ、綾ちゃんから電話したんでしょ?公平にそんな勇気ないもん」
 隣で聞いていた僕は顔が赤くなった。
 「さすがね、藤本くん。伊達に彼女がたくさんいるわけじゃないんだ。いろんな免疫がある人は違うね」
 「そう?」
 「そうよ。南高の藤本恭介って言ったら、カッコイイって有名よ。中学の時の友達に同じクラスだって言ったら、本気でうらやましがってたもの」
 「紹介してくれればいつでもどうぞ。ただ、他の女の子とも遊ぶのをご理解頂ければ、だけど」
 「恭介、お前さ、何人彼女いるの?」
 「オレ?誰とも付き合ってないし、彼女もいない。みんな仲良しの女の子」
 「ヤル事はヤルくせに?」
 「ま、それは、いろいろと」
 「オレにも誰か紹介してくれよ」
 「いいじゃん、お前、桃ちゃんかわいくなったし」
 「桃ちゃん?」
 「ヒデの妹。東高の1年なんだ」
 「へぇ、鈴木くんって妹がいるんだ。初耳」
 「2年から同じクラスだけど、安田さんと学校以外で話すのって初めてだよね?」
 「うん、そうだね」
 「で、今日は急にどうしたの?」
 「うん・・・・・」
 彼女ははポテトを1本つまんで、外を見ながら口に持っていった。
 「私ね、2学期から別の学校なんだ」
 「え?!転校するの?!」
 僕は彼女の言葉に過剰に反応してしまった。
 「うん。みなさんご存じのようにうちは母子家庭じゃん。かといって、別にかわいそうな家じゃないのよ。お父さんがいないのはかわいそうかもしれないけど。 うちのお母さん、結構な高給取りだしね。お母さんにはさ、ずっと付き合ってる彼氏がいるの。私にも良くしてくれる人でね、すごくいい人なの。再婚したいなら すればって、何度も言ったんだけど気にするなってばっかりで。で、その人が仕事の都合で少し遠くに行く事になっちゃったの」
 「綾ちゃんも一緒に行くんだ?」
 「うん。転校したくないって言ったら、お母さんの事だから自分も行かないって言うに決まってるもの。10年間母子家庭をしてきて、私は苦労なんて感じた事は ないけど、お母さんは大変だったと思うの。私が大学に合格したら考えるなんて言うけど、私はお母さんが再婚するチャンスだと思うのね。お母さんもその人も私に心気を遣って 再婚しないのを私はわかってたし。せっかくのチャンスだもの、花を咲かせてあげましょって娘心でね」
 「・・・・・そっか」
 「だから、今のうちに楽しい思い出作りなどしてみましょうって、事で」
 「せっかく安田さんとこうやって仲良くなれたのに残念だな」
 「ばーか、ヒデ、明日引っ越すわけじゃないんだからさ」
 「そっか。じゃ、それまでは仲良くしようね、安田さん」
 「こちらこそ」
 「じゃあさ、夏の思い出作りって事で、海に行こうか?」
 「海?」
 「そ、そ、夏は海だろ?受験勉強の息抜きって事で、1日くらい遊んだって何も変わりゃしねぇさ」
 「私、行きたいな」
 「よし、じゃ決まり」
 「この4人で行くの?」
 「うーん、それじゃオレとヒデが淋しいから・・・オレも誰か誘うよ」
 「オレ、誘うヤツいねーよ」
 「桃ちゃん連れてこい」
 「何が哀しくて妹と海に行かなきゃなんねーんだよ?」
 「桃ちゃんが一緒だったら、親も安心するだろ?お前んち、親がうるさいし」
 「公平までそういう事言うか?いいよ、オレの恋人は参考書だよ」
 ヒデがふてくされた所で、恭介のケータイが鳴り、恭介は店の外に出ていってしまった。
 「安田さん、あんま時間がないかもしれないけど、公平の事よろしくね」
 「ば、ばか、何言ってんだよ!」
 彼女は少し照れたように笑っていたけど、僕は顔が赤くなっていた。
 
 
 
 
 
                                  
 
 
 
 
 
 

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