僕のカケラ 2/2
 「おはようございます。ここに来る前に気になって産婦人科へ行ってきたんですよ。奥さん、がんばってました。ちょっと陣痛が長引いてるけど、午前中には生まれそうですよ。”待っててね”って伝えてほしいって言われてきました。もう少しですからね」
 つらいだろうけどがんばってくれ、頼子。
 神様、頼むから頼子と萌々を早く楽にしてやってくれ。
 今すぐ、頼子の傍へ行きたい。でも、今の僕にはできない・・・・。
 
 僕は・・・・僕は植物人間だから。
 誰が植物人間なんて名前を考えたんだろう。確かに植物は話す事も、自分で動く事もできない。空や人が水を与えてくれるのを待つしかない。
 でも、話せなくても動けなくても、芽を出し、花を咲かせる事ができる。
 なのに、僕はただここに居るだけ。聞こえているし、感情もある。中身は以前の僕なのに、それを誰にも伝える事ができない。
 頼子の陣痛が始まったと聞いた時、僕は目を開けられるような気がした。気がしただけで開こうとはしなかった。ただ、本当に目を開ける事ができるのか、見えるのかもわからないけれど。
 うまくいけばそれが、僕が僕に戻れる最初かもしれない。反面、もしかしたらそれが、僕が僕であった最期の証になるかもしれない、と咄嗟に思ったから。
 神様は教えてくれそうにないけれど、最初ではなく最期のような気がする。何となくそんな気がするんだ。


 病室のドアが開いた。
 僕はいつの間にか眠ってしまったらしい。頼子が一人でがんばっているというのに、僕はなんてヤツなんだろう。
 「淳平、萌々ちゃんだよ」
 ・・・・え?!
 少し疲れたような頼子の声だった。
 「痛くて泣きそうだったよ。でも、萌々ちゃんに逢うんだってがんばったよ。先生にお願いして、萌々ちゃんも連れてきちゃった」
 お疲れさま、頼子。 ごめんな一人でがんばらせて。
 「萌々ちゃん、パパだよ。わかるかなぁ。・・・・・淳平・・・?・・・ね、わかるの?わかるの?!淳平っ!」
 僕は目を開けようとした。ずっと動けないままだったから目を開ける事すら容易にできない。
 真っ暗だった視界がぼんやりと明るくなった。そして、少しずつ輪郭がはっきりとしてきた。
 「淳平、わかる?私よ!見える?ほら、萌々ちゃんだよ」
 髪伸びたな、頼子。
 ちっちゃいな、生まれたばかりの赤ちゃんは。
 真っ白なバスタオルに包まれた萌々。逢えて本当に嬉しいよ、萌々。
 「淳平、目が覚めたんだね・・・・」
 泣くなよ、頼子。
 「淳平さん、これからがんばらなきゃね。淳平さんのお家にも連絡してあるから。お母さん、電話口で泣いて喜んでくれたのよ」
 すみません、お義母さん。
 萌々、抱っこしたいなぁ。どんな女の子になるのかなぁ。
 でも、どうやら時間らしい。視界が狭くなってきた。神様ってケチだな。もう少し時間をくれたっていいのに。
 「淳平!?起きてよ!ねえ、淳平!」
 こら、頼子。大きな声を出すから萌々が泣いちゃっただろ。
 萌々ってこういう声で泣くんだ。きっと、顔をくしゃくしゃにして泣いてるんだろうな。僕にはもう見えないけど。
 最期に頼子と萌々に逢えてよかったよ。
 人生最良の日だな。
 僕の名前を呼ぶ頼子の声もだんだん遠くなっていく。
 みんな今までありがとう。そう長くはないけど素敵な人生だった、とはっきり言えるよ。
 頼子、本当に好きだよ 。
 そして、僕のカケラを持つ新しい芽、萌々。
 末永く良き人生を・・・・・

 
 
 
                        fin 
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