「そろそろ新しい出会いがあってもいいんじゃない?」
始まりは美幸のこの一言だった。
当時4ヶ月前にフリーになった私は、就職2年目でやっと仕事の面白味もわかり始め特別彼が欲しいとは思っていなかった。
彼がいたならいたで楽しいだろう。でも、今はいなくても平気。その程度だった。
「ご紹介お見合い?普通に飲みに行くならいいけど、そういうのはなぁ」
「そんなに肩苦しく考えなくていいって。ただの飲み会。アイツと私が友達を連れてきたって感じよ。で、気に入れば付き合うっていうか
次に逢えばいいし、ちょっとな・・・なら適当に断ればいいよ。私も写真でしか見た事がないけど、顔はまあ、いい方かな。ただ背は高いよ。実業団でバレーやってるんだって」
「えー、そういう人なの?ヤダよ」
「普通の人間だって。TVに出まくってるジャニーズと逢えって言ってるわけじゃないんだから。だいたいジャニーズなら、私が一人で逢うけどね」
「どうせなら、普通のサラリーマンとかにしてよ。そんな別世界の人なんて」
「別世界?とりあえず、飲みに行くよ。時間と場所はこっちで決めていいね?イイ男だったら、テルとトレードしてくれ」
「ばーか」
そしてその週の土曜日に飲み会は決行された。
付き合う人はいつも自分で見つけるというか、誰かの紹介で男の人に会った事など一度もなかった私は異常なくらい緊張していた。
隣を歩く美幸にそれを悟られないように何度も、ただの飲み会、ただの飲み会と自分に言い聞かせた。が、全く効果はなかった。
それどころか、逆に意識しすぎて心臓のバクバクを早めてしまった。
「真由さん、緊張してます?」
「当たり前でしょ、そりゃ。フツーに緊張しますよ」
この緊張のどこがフツーなんだ?
「楽しく飲めりゃ、それでよし。そんな感じよ。ね、もしさ意気投合しちゃったら私たち消えようか?」
「何言ってんのよ!ちょっと、そんな事やめてよね」
「交流を深めるには2人きりの方がいいでしょ?」
「ダメダメ!もしね、お互いにいいかなって思ったとしても、今日は最後まで4人よ」
「どうして?」
「別に意味はない。4人って言ったら4人なの。もし、2人で逢う縁があるならこの次でいいよ」
「縁・・・ね。あんたって時々古風な言い方するよね。はいはい、わかりました。ただ、こっちが仕組んで消える事はないけど
そっちがそういう雰囲気になったら消えるかもよ」
「そうなれば、ね」
「おし!決まりだ。テルたち先に店に入ってるって言ってたんだけど、もう来てるかな」
美幸はバッグからケータイを出し、テルくんに電話を始めた。
「今入ったとこだって。テルが店の前で待っててくれるって。さ、いざ出陣じゃ。写真で見るよりイイ男だったらどうしようかなぁ」
美幸はワクワク、私はドキドキといった感じだった。エレベーターを降りるとテルくんが立っていた。
「真由ちゃん、久しぶり」
「うん、久しぶりだね。でも、美幸からよくノロケ話を聞かされてるから」
「へへ、何それ?今日はさ、知り合いを増やすって程度で、ね」
「うん」
予約された店に入ると土曜の夜のせいか、まだ7時過ぎだというのに空いているテーブルは1,2つしかなく、すでに出来上がりかけのお客もいた。
「一応、彼女の美幸とその友達の真由ちゃん」
「どうも。一応彼女の美幸です」
初めまして、と私もペコッと頭を下げた。
「松木です」
イスから立ち上がって挨拶をしてくれた”松木さん”はテルくんより頭一つ大きいほど背が高かった。そして、大きな体に似合わず小犬のような笑顔だった。
「デカイでしょ?コイツ190cmもあるから、オレがちびっこに見えちゃうよね。あ、慎って呼んでやってね」
「早くオーダー取ろうよ。私はお腹が空いてるんだよ」
美幸に催促されテルくんは、はいはいと私たちにメニューを渡し店員に4人分のビールを頼んだ。
私の心臓のバクバクはまだ続いていた。
「とりあえず、乾杯なんだけど何に乾杯する?」
「何でもいいよ。・・・じゃ、美幸ちゃん今日もかわいいねにカンパーイ!」
美幸がジョッキを前に差し出した。
「カンパーイ」
美幸の音頭で飲み会はスタートを切った。テルくんが一気に半分ほど飲み干し美幸に言った。
「美幸、今度お前にいい物買ってやるよ」
「えー何?誕生日でもないのに急にどうして?いい物って何?」
「鏡。あんま、調子に乗るな」
「くーっムカツク。ヒドイよね?慎くん、このへなちょこに何か言ってやってよ」
「お前も調子に乗りすぎると捨てられるぞ、へなちょこテル」
「お前まで言うかよ?いいよ、その時は真由ちゃんがいるから。ね、真由ちゃん」
「私?」
「淋しいリアクションだねぇ、真由ちゃん」
「やめとき、真由。テルのイビキはタダ者じゃないから」
「うるせーよ」
「でも、美幸はもう馴れたでしょ?」
「先に寝た者勝ちよ。でもこの男、子供並に寝付きがいいんだよね」
「お前、まじでぶっ飛ばすよ」
「お?やるか、このへなちょこ」
「へなちょこ言うなっ」
周りの賑やかさと美幸たちの会話とアルコールが私の緊張をほどいていってくれた。
テルくんと慎くんは高校のクラスメイトだという。そして、2人の高校時代の話に4人で大笑いした。
私と慎くんに気を遣っているのか、美幸もテルくんもいつもよりおしゃべりだった。私の緊張感も全くなくなり、いつの間にか自分から話の中に入り、慎くんにも話しかけていた。
「そういえば真由ちゃん、オレのケータイの番号とアドレスって知ってたっけ?」
「ううん、知らないよ」
「じゃ、教えておくよ。淋しくなったらいつでも電話して。その代わり真由ちゃんのも教えてよ。美幸にいじめられたら、泣きながら電話するから」
「何それ?そんな事したら、美幸に殺されちゃう」
「もしもしー私はオニですか?真由がイヤじゃなかったら教えてやって。知り合いなんだから知っててもおかしくないでしょ」
「私は別にかまわないけど」
「そう?ありがと。じゃついでにさ、お情けで慎のも登録してやって」
私はテルくんと慎くんとケータイの番号とアドレスを交換した。
「もし。変な電話がかかってきたらテルくんだと思うからね」
「えー、オレじゃなくてきっと慎だよ」
「オレかよ?そういう事するのはお前しかいないだろう?」
「みーんなでオレの事いじめるんだね。ハンカチくわえてキーって気分」
「テル、古過ぎ・・・」
美幸の冷たいツッコミにまた4人で笑った。
ちょっと失礼、と私がお手洗いに立つと私も、と美幸もついてきた。
「真由、楽しい?」
「うん、楽しいよ。でも、テルくんのケータイなんか教えてもらっていいの?」
「別に。真由とテルは知り合いだし。それに、全部私とテルの打ち合わせ済みだもん」
「は?打ち合わせ?」
「そうよ。今日はお互い無礼講でバカに徹して2人を盛り上げようって」
「どうりで2人ともよくしゃべると思った」
「ケータイの番号なんかは、その時の状況で決めようって事でさ。真由も慎くんもフツーに話してたし、ま、いいかと思ったんだけどマズかった?」
「そんな事ないけど。でも、いつそんな合図を出したの?」
「へへへ、バッグを落としたでしょ?あれがゴーサイン。私も慎くんの事は全然知らないんだけど、チャラチャラ女に番号やアドを訊くタイプじゃないらしいのよ。
だからね、ああいう感じで交換しておけばお互い違和感ないかと思いまして。いらないならあとで消せばいいわけだし」
「完璧な計画ですね」
「無理にくっつけようとか、そういうんじゃないのよ。それは誤解しないで。私もテルもせっかく飲んで知り合うきっかけになるなら楽しい方がいいって考えなだけだから。
これからの事は真由と慎くんが決めることだからね」
「ありがとう、美幸」
「ありがとう?真由、気に入ったって事?!」
「だ、だから、気に入るとかそこまではまだだけど、今の所はイヤじゃないよ」
イヤじゃない・・・か。
「そお?私は気に入ったけど。はっきり言って写真で見るよりかっこいいわ。あの身長もポイント高いし」
「美幸、そうだったの?」
「私ね、実は背の高い男が好きなのよ。172しかないテルは、今まで付き合った男の中で一番ちびっ子だわ」
「172がそんなに低いわけじゃないでしょ。あーあ、テルくんに言っちゃおう」
「ウソ、ウソでーす。140足らずの男と買い物にも行きました」
「それは親戚の子でしょ」
「はい、すいません。で、これからどうする?」
「うーん、終電に間に合う時間までならいいよ」
「OK!終電逃したら、私とテルとで3人で川の字で寝よ」
「意地でも帰るわ」
「相変わらずかわいげのない失礼な女ね。さて、お色直しも終わったし戻ろうか」