6時間の恋 2

 午後は午前に比べ上級生のプログラムが多く、彼は忙しそうに動き回りながらカメラのファインダーを覗いている。
 また私たちの前に来た時、一瞬、彼と目が合った。
 ううん・・・・目が合ったと思ったのは私が彼を見ていたからで、彼は私がいる方を見ただけで、気のせいだったのかもしれない。
 それでも私はドキッとした。

 9時から始まった運動会は、とうとう最後のプログラムの高学年のリレーになった。
 彼は走る子供たちを正面から撮ろうと、トラックを何度も走って横切りカメラを構えていた。
 ・・・・・もうすぐ終わっちゃうんだ。
 そう思うとすごく淋しかった。
 そして、大歓声の中、リレーが終わり閉会式となっていった。
 「終わったね。ね、玲ちゃん。玲ちゃん?」
 「え?あ、ごめん」
 「どうしたの、ぼんやりして?暑さにやられちゃった?」
 「うん。そうかもしれない」
 私は、何かを取り繕うように笑った。
 子供たちは一度教室に戻って着替えてから下校する。
 先生方は遅くとも3時半までには全員下校できるようにお願いします、と最後のアナウンスが流れるとガサガサと周りのみんながシートを片付け始めた。
 「玲ちゃんどうする?子供たちの事、待ってる?」
 「どっちでもいいよ。でも、あんまり時間がかかるようなら先に帰っちゃおうか?」
 「そうだね。待ってるのも面倒だし」
 両隣の片づけが終わってからシートを片付ける事にして、良美さんは義母さんたちと夜のお食事会の話をしていた。
 私は、またぼんやりと彼を見ていた。
 彼は、子供たちが描いた応援幕を撮っていた。
 今、彼は、私の目の前、ほんの数mの所にいる。
 周りに気づかれないように、私は彼を見ている。
 もし、気づかれてもいくらだって言い訳できる。
 だって、今日初めて居合わせた父兄とカメラマンだもの・・・・・
 その時、彼が左を向いた。
 そして、私と目が合った。  今度は気のせいではなく、確実に。
 ほんの一瞬だけれど。
 その一瞬が過ぎると彼はまた何事もなかったようにファインダーを覗く。
 良美さんとダンナさんと3人でシートを片付けていると、彼が男の先生と笑いながら話していた。
 周りの音に彼の声など全く聞こえない。
 「ね、玲ちゃん。やっぱり待ってるのも面倒だから、先に帰るって声だけかけて帰ろうか?」
 「・・・・そうだね。5分で帰って来れる距離だしね」
 片付けた大きめのシートを良美さんのダンナさんの渡し、私は良美さんと教室のある方へ歩き出した。
 私は背中に彼を意識していた。彼の存在を感じていた。
 先に帰るね、と声を掛けたのに知り合いに会えば立ち話になる。
 話ながらも私の視界の中には彼がいる。
 彼はまだ先生を話をしていた。
 私の方が早く話が終わり、別の所で話している良美さんを待ちながら遠くから彼を見ていた。
 そして程なく、彼は先生と校舎の中に入って行った。
 彼は私の視界の外に行ってしまった。


 次のイベントの時に彼が来るとは限らない。
 あさってになれば、今の気持ちはなくなっているかもしれない。
 一週間もすれば、別の服を着てカメラを持たない彼とすれ違っても私は気づかないかもしれない。
 それ以前に、彼は私の存在に気づいていないだろう。
 もし気づいたとしても、彼には運動会に来ていたお母さんの一人でしかない。
 今日が今日で終わってしまう事も、もし何かの偶然があったとしても、何もない事は私はわかっている。
 私は彼の事を、カメラマンだという事以外何も知らない。
 年だって、私の方がずっと上だと思う。
 私なんかと接点を持つより、独身の若い女の先生を話していたいはずだと思う。
 ・・・・・わかってる。わかってる。
 そんな事、ちゃんとわかってる。
 それでも私は、一秒でも長く彼を見ていたかった。
 ほんの少しでも私に気づいてほしかった。
 誰にも言えない感情を胸に青い空を見上げると、ゆいの声がした。
 「ママー!」
 その瞬間、ゆいに微笑むと同時に、私は自分の現実に涙が溢れた。    
 
 
 
 
 
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