6時間の恋

 9時過ぎ、お茶じゃ何となく物足りないような気がして自販機でスポーツドリンクを買っていると声を掛けられた。
 「おはよう」
 「あ、おはよう。今日は暑くなりそうだね」
 声の主は良美さんだった。子供同士が幼馴染で、私も良美さんにはいろいろとよくしてもらっている。
 「ホント。またシミとシワが増えちゃうよ」
 私は良美さんと並んで歩き始めた。
 ゆいとアコちゃんは去年は同じクラスだったけれど、2年生になった今年は別のクラスになってしまい2人ともひどく残念がっていた。
 空は、昨日の雨がウソのように雲一つなく澄んでいる。
 予想気温25度の今日は、運動会。
 「ね、お昼の場所はどうするの?」
 「もう今からじゃ日陰なんて取れないから、テキトーに空いてる場所に」
 「もしさ、玲ちゃんがよければうちのトコ来ない?両家のジジババがダブルで来るから年寄りばっかりだけど」
 「私は気にしないけど、お邪魔じゃないの?」
 「平気、平気。玲ちゃんが気にしなければ全然オッケイ」
 「いいの?」
 「いいよ。場所はもうダンナに早くから取りにいかせてあるから。ただ一番前のトコだから日陰じゃないんだけどね」
 「お邪魔しちゃおうかな・・・」
 「うん。一緒にお昼食べようよ。子供たちもその方が喜ぶし」
 

 「こんにちわ。お邪魔させていただきます」
 「マコが仲良くしてもらっているゆいちゃんのママ」
 「いつもマコがお世話になってます」
 「いえ、こちらこそ仲良くしてもらってますので。良美さんにもよくしてもらっているので、助かってます」
 遅刻をしてきた私たちのごあいさつが済んだ所で、赤組白組の応援合戦が始まった。
 ぼんやりと周りを見渡すと、お父さんとお母さんがたくさんいる。
 子供の運動会なのだから当然なのだけれど、私はそう思った。
 そう、絵に描いたようなお父さんとお母さんたち。
 良美さんのダンナさんもスーツ姿の時とは、全然雰囲気が違う。
 隣りに陣取ったTシャツにハーフパンツのどこかのお父さんはハンディカムの調整をしている。
 反対側を向くとかわらしく着飾った若いお母さんが、同じくらいの年のお父さんと子供に手を振っている。
 暑くないように、日焼けしないようにと半袖のTシャツに長袖のシャツを重ね、ストレートのジーンズを合わせただけのそんな私が言うのもおかしいのだろうけれど、 お父さんとお母さんというのは、男と女という人種とは全然別物なのだと改めて思った。
 別物というか、配偶者の前以外では男や女であってはならないのだろう。
 セックスやジェンダーの差でしか男と女ではあってはならないのかもしれない。
 ただ、周りのお父さんたちを見ていると、もしかしたら元夫は少しはカッコよかったのかもしれないとふと思った。
 「ね、ゆいちゃん、リレーの選手でしょ?すごいよね」
 「たまたまじゃないの?」
 「えーだって、クラスで4人しか選ばれないんだよ?去年もリレーに出てたじゃない?マコなんて私に似て遅い、遅い。亀さん状態よ」
 そんな話をしていると、卒業アルバムに載せるために学校から依頼されたカメラマンがいる事に気づいた。少し離れた所で私たちに背を向けて写真を撮っている。
 一眼レフというのだろうか、いかにもカメラマンといった大きなデジタルカメラを両肩に下げている。
 シャツに黒の細身のジーンズ。後姿を見ただけでも、そのカメラマンは若いのだろうと思えた。
 場所を変えるためにそのカメラマンは私たちの方へ歩いてきた。
 軽く無精ひげを生やした彼。今人気のスポーツ選手に似ているような気がした。
 すごくカッコイイとは思わなかった。私の好みの顔立ちというわけでもないような気もする。
 だけど、私はカメラを持つ彼を見ていた。彼から目が離せなかった。
 彼は、場所を決めると写真を撮り、また移動する。
 私はゆいが出ている時以外は、ずっと彼を目で探していた。
 仕事に行く時とは言わないまでも、もう少しキレイなカッコをしてくればよかった・・・・
 周りのお母さんたちと完璧に同化している自分の服装を私は少し悔やんだ。

 午前の最後のプログラムの低学年のリレーが終わり、お昼の時間になった。
 「ねぇ、ママ、ゆい結構早かったでしょ?」
 「そうだね。がんばって走ってたね」
 「ね、ゆいママ、マコね、白組なのに、ゆいが走る時は、赤組のゆいの事応援しちゃった」
 「そうなの?ありがとね」
 「でも、リレーは白組が勝っちゃった。えへへ」
 「勝ったって・・・・・マコ走ってないじゃん?」
 「いーのっ!もう、パパうるさーいっ!」
 みんなで団欒のお食事タイム。
 私も楽しくて笑っている。なのに、どこか上の空でいる。
 彼はどうしているのだろう。
 学校でお弁当を用意してもらっているのだろうか。  それとも、彼女の手作りのお弁当を持ってきているのだろうか・・・・・
 考えても仕方のない事をぼんやり思う。
 そして、そんな自分がみじめに思えた。
 
 
 
 
 
                                  
 
 
 
 
 
 

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