授業が終わり、サオリと大学近くのカフェでお茶をしながらゼミの話をしていた。
ちょうどオーダーしたミントティとコーヒーがテーブルに置かれた時だった。
「ねぇ、ちょっといい?」
Noという返事は返させない雰囲気のトモミだった。
「ご注文はいかがされますか?」
「ミルクティを」
まったく表情を変えずにトモミが言った。
美人でスタイルがいいトモミ。その彼女が無表情に怒っているのは、なかなか迫力がある。
キレイに色づけされた指先に細いタバコを挟み、火をつけながらトモミは言った。
「ねぇ、サオリ、どういう事なの?」
「何が?」
サオリはミントティを注いだカップを両手で挟み、トモミを見ずに言った。
「席を外した方が良さそうだね」
気まずすぎる空気に僕は熱いコーヒーを一口飲んで言った。
「別に。気にしなくていいわよ、アツシ」
この空気で気にするなと言われて、気にしないでいられるほど僕は寛大ではない。
「何の話かはわかってるわよね、サオリ?」
「何が?」
サオリは同じ言葉を返した。
「何がじゃないでしょ?全部わかってるんだけど?」
「わかってるって何が?」
「いい加減にしてよっ!」
トモミ程美人と言われないにしても、フツーにかわいいというレベルのサオリ。そして、周りには気さくで温厚と言われているサオリ。そのサオリがこんな態度をとる事に僕は内心驚いていた。
不機嫌そのものにタバコの煙を吐くトモミ。黙ってミントティを飲みながら外を見るサオリ。
僕の居心地の悪さはマックス状態だった。
無言の、空気の止まったテーブルにトモミの頼んだミルクティが置かれた。
「ここまでしらばっくれて、こんなに図々しいとは思わなかったわ、サオリ」
「え?」
「え?じゃないでしょ?そっちがそのつもりならいいわよ、言ってあげる。マサユキの事だけど、どういうつもり?」
「どういうって、どういう意味?」
「本当にさ、いい加減にしてくれない?全部バレてるって言ってるでしょ?」
トモミの彼氏のマサユキとは学部が違うから、時々見かける程度でどんなヤツなのか僕は知らない。そのトモミの彼にサオリが手を出したという事らしい。
サオリが?サオリが軽はずみにそんな事をしたなんて、僕には信じられなかった。
「あのさ・・・・」
やっとサオリが自分から口を開いた。
「トモミさ、マサユキの事はもういいって言ってたよね?この前飲んだ時だって、あーでもないこーでもないってマサユキの文句言ってたよね?誰にだって欠点はあるんだから、良い所もちゃんと見てあげなきゃって私が言ったら、
良い所なんてもうわかんないってトモミ言ってだよね?飲んでたし、その時はそうかって感じだったけどさ。
でも、その後だってマサユキのグチや悪口ばかりだったじゃない?もう好きじゃない、別にいつ別れたってかまわないって言った事、トモミ憶えてる?
だから私、訊いたじゃない?本当にいいのって。そしたらトモミ、もういいよって。
それは強がりでしょ?私の前で素直になれなくても、マサユキには素直にならなきゃって私が言ったら、どんな返事をしたか憶えてる?マサユキにはサオリみたいな性格の女の方が合うのよ。さおり、マサユキと付き合えばって。違う?」
静かに1つ1つ言葉を出したサオリは、最後の違う?の所で、初めてトモミを見た。
「・・・・何も違わないけど」
苦虫を噛み潰したようにトモミが答えた。
「その時私、訊いたよね?じゃあ、マサユキの事もらっちゃってもいいの?って。本当にもらっちゃうよって。私、おふざけ調子でトモミに訊いてなかったよね?
サオリとマサユキがいいなら、別に私はかまわないけどって言ったのはトモミじゃない?
なのに今になってマサユキに手を出したなんていうのっておかしくない?それとも、もういらないけどまだ別れてないからって言い訳するつもり?
トモミの気持ちを私は何度も確認した。本当にいいの?って。今更、あれは全部冗談でしたなんて私は納得できない」
多分、サオリの話は誇張なしで本当なんだろう。だから、トモミは何一つ反論できないでいる。あの気の強いトモミが。
「ねぇ、トモミ。トモミは私にどうしろっていうの?」
「・・・・もう、勝手にすれば?サオリだけじゃなくて、マサユキだってもうそのつもりなんでしょ?お望み通り、今日にでも別れてあげるわよ」
「どうして?」
「はぁ?何が?」
同じ言葉を今度はトモミが言った。
「別れたくないならどうしてあんな事言ったの?どうしてもっとマサユキに優しくしなかったの?トモミはキレイでスタイルもいい。だからって、男がみんなトモミの思い通りになるわけじゃないのよ?」
「別れるって言ってるんだから、もういいでしょっ。サオリのお説教なんて聞く気はないから。アツシ、邪魔して悪かったわね」
じゃあ、とトモミは細いヒールをコツコツと鳴らして店を出て行った。
「変な修羅場見せちゃったね、ゴメン」
サオリは僕に申し訳なさそうに笑った。
「ま、貴重な体験って事でいいんじゃない?」
「あはは、そうかもね。・・・・私さ、トモミの事キライじゃなかったんだよね。美人でスタイルもよくて頭もキレる。そういう自分をわかってるから、トモミはいつも自分に自信があった。そういうトコ羨ましかったなぁ。
プライドの高さは、ハナにつく時もあったけどさ。プライドっていうか、トモミはプライドと体裁の違いがわかってなかったんだよね。もう口きく事もないんだろうな・・・」
独り言のようにミントティを見つめながらサオリは言った。
「今回ばかりはトモミの自業自得ってヤツだろ?これからサオリとトモミがどうなるかわかんないけどさ、とにかく、マサユキくんとやらとはうまくやれよ。
これですぐにダメになりました、なんて事になったら、トモミに鼻で笑われるだけだし。人を大事にするって事をサオリはわかってるから、しばらくは大丈夫だろうけど」
「そうだね。アツシはマサユキの事知らないんだっけ?」
「見かける程度だね」
「フツーにいいやつだよ、今度、一緒に飲みに行こう」
「ああ、いいよ。サオリ・・・・」
「うん?」
「がんばれよ」
「うん」
少し複雑な表情をしながらも、サオリはいつものサオリの笑顔でうなづいた。
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